第21話
「というわけなんですけど……」
幸はわたしの報告に耳を傾けながら、うんうんと頷きます。
「じゃあ、氷花先輩は佐川先輩が犯人ではないかもしれないと考えてるの?」
「そういうことになりますね」
ですが、それだと犯人候補が完全に不明になってしまいます。
「そういえば、幸さんは犯人に思い当たりがあるかのようなことを言っていましたよね。それは誰なんですか?」
「……」
そう尋ねると、幸は視線を床へと落としました。彼女はそのまましばらくの間、何も言わずに顔をうつ向けていましたが、やがて決心がついたのか口を再び開きました。
「……氷花先輩は一つ見落としていることがあると思うんだ」
わたしが見落としていること?
「最初の夜、新宮さんが刺された夜のことを覚えてる?」
おぼろげな記憶を漁り、その夜の出来事を一通り思い浮かべてみます。
「わたしたちが怪談大会を開いている最中に、何者かが新宮さんを殺害し、彼女の遺体をわたしたちが見つけた。大まかなあらすじはそんなところですね」
「その時にアリバイがあった人は?」
「三つの部屋に分かれていたので、他の部屋にいた人たちがどこで何をしていたのかはわからなかった。なので、同室だったわたしと幸さんと律子を除いた誰もが犯人になりえたはずです」
今のは律子の受け売りですが、それは矛盾が見当たらない実に単純かつ明快な観測。何か問題点があるとは思えません。
「うちと氷花先輩と律子先輩が犯人ではない理由を詳しく覚えてる?」
わたしをとある考えへと導こうとしているのか、 幸は連鎖する質問を次から次へと投げかけてきます。
「一階の浴室でシャワーを浴びてから、わたしたちは部屋に戻りました。その時はまだ死体はありませんでした。そしてそれ以降、わたしたち三人は部屋から出ていません。つまりわたしたちが犯行を起こしたのは不可能、という理由ですよね?」
同室だったという事実がお互いを信頼させるきっかけとなったのです。
「部屋に入ってきた順番は覚えてる?」
「えーっと、確か……」
さすがにそこまで細かいことは覚えていませんが……わたしが入った時には、もうすでに誰かがいたような気がするので、少なくともわたしが最初ではなかったはず。わたしのあとに誰かが入ってきたような気もするので、最後でもないはずです。問題は幸が先か律子が先かですが、そもそもそれと事件の犯人に関連性はあるのでしょうか?
「わたしが二番目だったのは思い出しましたが、あとはよく覚えていません」
「最初に上がってきたのはうち。次に来たのは氷花先輩。最後は律子先輩だよ」
言われてみれば、確かにそうだった気がしてきます。怪談大会をしようと宣言しながら駆け込んできた律子の姿が、うっすらと脳裏に蘇りました。
「ですが、それとこの事件の犯人にはどういう関係があるんですか?」
「あの夜は誰もこの部屋から出て行っていない。だから、うちらは犯人にはなりえない。でも、それは最後に入ってきた人の視点からしか成立しない考えなんだよ」
「つ、つまり……」
律子が部屋に戻ってから、誰も外へ出ていない。つまりその部屋にいた人間は犯人ではない。ですが、それが成り立つのは律子の視点からだけ。
「うちは律子先輩なのかもしれないって思ってる」
「冗談ですよね? 律子が新宮さんを殺してから、何食わぬ顔で二階へ上がってきたと言うのですか?」
「うちも正直信じられないよ、そんなの。でも、それも可能性の一つだと思うんだ」
ですが……、だって……、そんな馬鹿げたことが……。けれど辻褄は合っています。 律子はわたしたちが犯人ではないと確信できるが、それはわたしたちが律子を疑わない理由にはなっていなかったのです。
「律子先輩をもう一人の犯人候補として推理を続けるよ。美々ちゃんがいなくなった時、律子先輩が何をしていたか覚えてる?」
美々さんが消えたあの日。律子は瀬高さんと一緒にうさぎを捕まえるための罠を作っていたはずです。
「瀬高さんと一緒にいたんですよね」
「でも、それは律子の口から聞いた言葉だよ」
なるほど。もし彼女が犯人であった場合も、あの場面ではそのように嘘をついていたはずです。
「亡くなってしまった瀬高さんに、事実確認を求めることはできませんし……」
ちょっと待ってください。
もし律子が真犯人だと仮定し、美々さん消失時のアリバイが嘘であるとしたら、瀬高さんは律子にとても不都合な存在になるのではないでしょうか? 瀬高さんはうっかり崖から落下してしまったのではなく、わたしたちの探偵活動に気づいてしまったので、アリバイが否定されると危惧した律子に突き落とされてしまった。そう考えることが可能です
これ以上ないほどの状況証拠が積み重なってきました。
「それに、聖堂先輩とうちが熱を出した前日。料理当番はうちと聖堂先輩だったけど……」
「律子はうさぎ肉を調理していましたね」
「うん。そして今回の佐川さんだけど、自殺していた佐川さんを最初に見つけたのは律子だよ」
信じがたいことですが、幸の考えは理にかなっています。律子が真犯人である可能性は確かに存在するみたいです。しかし……、納得できません。律子が理由もなくこんな残酷なことをするはずがありません。それは律子と共に一生を過ごしてきたわたしが一番よく知っています。
「律子と話をしてきます」
わたしは律子に会いに行かなくてはなりません。この事件の真相を解明するために。
「直接聞くのは危険かもしれないよ。うちも一緒に行こうか? その方が安全かも」
「心配しなくても、わたしと律子の縁です。何も悪いことは起きませんよ。それに……家族内のいざこざに幸さんを巻き込みたくないですからね」
水平線の向こう側から顔をわずかに覗かせる太陽。その光が窓を貫いて部屋を淡く照らしました。わたしは自分のバッグからなるべく暖かそうな靴下を選び、壁に掛けてある灰色のセーターを引っ張り落とし、百歩譲ってかろうじて外行きと言える格好に着替えます。
「あ……」
バッグの底には律子からもらったポケットナイフが入っていました。必要になるとは思えませんが、備えあれば憂いなしと言いますし一応持っていくことにしましょう。
「幸さん。万が一、わたしが朝の八時までに戻らなかった場合は、一人で逃げてください。迎えが来るまで、森にでも隠れていればどうにかなるはずです」
心配を煽るような発言はしたくなかったのですが、幸が帰らないわたしを待つことによって、最悪の展開を招いてしまうことは絶対に避けなければいけません。
「……気をつけてね」
不安げな眼差しでわたしを見送りながら幸はそう言いました。
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