第57話 ラグナロク~残酷な真実~


 全てを覆すような言葉に、僕は息を呑んだ。


「何を……何を言っているんだ? お前は、そのために裏切ったんじゃないのか……? 仲間を殺したんじゃないのか……?」

「いかにこの神器をもってしても、死者が生者を操ることは出来ない。だが本来神器とは、神々が作った特別な武器を指す。だがこれは……【流るる神々】は、弱った神がその存在を維持するために顕現化したモノだ。つまり……魂はまだ生きている」

「まさか……まさか……!?」


 僕は、愕然とした。

 沙霧と呼ばれていた男は、かしこまったように仰々しく頭を垂れる。


「私の本当の名は、フリュム。軍勢を率いて【ラグナロク】の開戦を勤めた、巨人族の一人だ。『沙霧 真』という人物は……もうどこにも存在していないのだよ」



 ◇----------◇



 綺花と梓との決闘は、より激しさを増していく。


 掴み、蹴り、殴り、防ぎ、放ち、避け――。

 一瞬たりとも気の抜けない攻防戦が繰り広げられている。

 だが、相性の悪さからか、経験の違いからか、梓は確実に綺花の気力と体力を削っていく。


 分の悪さを感じている葉月は、綺花をサポートを何度も試みる。

 しかし、穂乃華の遠距離攻撃によって、それはことごとく遮られてしまう。


 穂乃華から仕留めようとしても、青と白の甲冑たちが盾になっており、攻撃が全く通らない。

 無論、その数を相手に葉月から接近戦を挑めるハズもなく、ジリ貧な状況が続いている。


「ミッフー! このままじゃヤバイよ! 何とかならないの!?」


 このままでは負けると感じた綺花は、悲鳴に近い声で叫んだ。

 綺花が戦闘中にこれほどの弱音を吐くなんて、葉月は初めて聞いた。

 それだけ事態が切迫しているのだろう。


 葉月はどうするべきか悩んだ。

 この状況を打開する方法は……実は一つだけある。


 ただしそれを実行するためには、自分のトラウマと真っ正面から向き合わなければならない。

 また同じ悲劇を繰り返してしまわないか、怖くて堪らない。


 だが……だがそれでも――!


「……綺花! よく聞いて下さい! 今から貴方に、『勝利のルーン』を刻んだボールを渡します! それを使えば、一時的にですが<雷神トール>の能力が飛躍的にアップするでしょう! ただし、足への負担も強く、効果が現れるまでに時間がかかります!」


 葉月は大声でそれを伝えた。

 作戦の内容が敵に丸聞こえだが、伝える手段はこれしかない。


 今は『短距離選手』という生き物になろう。

 綺花の言ったとおり、全ての悩みを置き去りにしてがむしゃらに走ろう。

 例え、同じ過ちを繰り返すことになっても。

 今は……綺花と一緒に勝ちたい。

 葉月は、そう決意した。


 葉月は七つある<戯神ロキ>の内、四つに『勝利のルーン』を刻み込む。


「綺花! これを!」


 そして、綺花に向けて力の限り投げた。


「させないよ! 【ドゥーヴァ(沈める水)】ちゃん、集中豪雨!!」


 穂乃華は投げられたそれらに対し、進路を遮るように激しい雨を降らせて撃ち落とす。

 だがそれは、ただの黒い石だった。


 葉月は、穂乃華が【流るる神々】を使うのと同時に走り出していた。

 投げても無駄なのは分かりきっている。

 だから、最初からこうする気だった。


「アズちゃんの決闘はジャマさせません! 【コールガ(激しい水流)】ちゃん、水鉄砲発射!」


 今度は直接葉月を狙って球体状の水を勢い良く放つ。

 それは葉月の肩に当たり、小さな身体は簡単に浮かび上がる。

 だが、葉月は歯を食いしばって踏み止まり、再び走り出す。


「綺花! 受け取って下さい!」


 葉月は四つの黒いボールを宙に放り投げ、そのまま梓にタックルする。


「今すぐここから離れて、木の陰でそれを使って下さい! 早く!!」


 予想外の出来事に、梓は呆然としていた。

 だが、小さな身体ではすぐに返されてしまうだろう。


 綺花はためらう。

 大切な友達をここに置いて行ってしまっては、なぶり殺しにされてしまうかも知れないのだから。


「……綺花。どうか私の信頼を……裏切らないで下さい」


 自己犠牲の末に裏切られたというのに、都合の良い言葉だと思った。

 だがそれでも、綺花を信じたい。


 大切な仲間だから。

 大切な……友達だから。


 その言葉で綺花は、弾かれたように走り出す。

 流れる涙を拭いもせずに。


 ようやく状況を理解した梓が起き上がり、葉月を引き剥がして綺花の後を追いかけようとする。


「させません!」


 葉月は梓の足にしがみつく。

 梓は体勢を崩し、片膝を地面に付ける。


 葉月はすぐに起き上がり、前に立ち塞がる。

 服も顔も土だらけだ。


「退け」

「退きません」


 梓は強引に退けようと右ストレートを放つ。

 葉月はクロスガードで防ぐが、小さな身体は簡単に吹き飛んでしまう。

 たたらを踏んで地面に着地するが、葉月は再び立ちはだかる。


「退け!」

「絶対に退きません!!」


 梓は葉月の右袖を掴んで引き寄せる。

 体勢を崩した葉月の右肘に全体重を乗せ、地面に叩き付ける。


 ボキリと、腕が折れた音がハッキリと聞こえた。

 鋭い痛みと、脳が痺れるような衝撃が葉月に襲いかかってくる。


 だがそれでも、葉月は倒れない。

 避けようともしない。


「もう……やめてくれよ……」


 先に音を上げたのは……梓の方だった。

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