第19話 ダメ犬返上
弾かれたハズの剣が、まるで生きているように――さながらそれは獲物を狙う蛇のように、あり得ない軌道を描きながら白い甲冑に振り下ろされ、短剣ごと右腕を切り落とした。
「初めて攻撃が当たった!? けど、今のって……!?」
右腕を失った白い甲冑は、大きく体勢を崩す。
僕はたたみ掛けるように、もう一度剣を振り下ろす。
白い甲冑は片腕にも関わらず、軽々とその攻撃を弾く。
だが、再びあり得ない軌道で食いかかる。
弾いても無駄だと悟ったのか、今度は振り下ろされる直前で身を引いてかわす。
しかし、蛇は三度もあり得ない軌道を描き、喉笛目がけて飛びかかる。
「無駄だよ。アンタはもう、この剣の『呪い』から逃げられない。斬られるまでこの攻撃は、絶対に終わらないんだ」
白い甲冑は何度も必死に弾き返すが、剣の威力は衰えず、何度も何度もあり得ない軌道で食いかかっていく。
「凄い……!! これがその剣の、本当の力ってヤツなの……!?」
「多分、ね。ヴァルキリー先生から教えてもらったんだ。これに宿っている<剣神シグルズ>は、数多くの魔剣を振るった英雄だって。竜殺しの名が付くぐらい強いらしいけど、それは魔剣を持って初めて成立する強さなんだ。だから、特殊な刀油で刃紋を塗り替えることによって、英雄が使った魔剣の記憶を引き出したんだ。この<三呪の剣ティルヴィング>もその一つ。効果は見ての通り。当たるまで終わらない攻撃、だ」
『呪い』のかけ方は至ってシンプルで、刀油でもある赤い液体を敵に付けるだけで完了だ。
それがマーキングとなり、剣はまるで生きているように自動追跡してくれる。
これだけ聞くとバランスブレイカーでチート級の威力だが、魔剣は往々にしてデメリットが付き物だ。
この<三呪の剣ティルヴィング>にも、極力使いたくない大きな理由が二つある。
一つは、もし三回当たっても仕留められなかった場合、逆に僕が呪われ、敵の攻撃が三回は絶対に当たるようになってしまうこと。
そしてもう一つは――。
「その刀油は、悲しいことに『ごほうびポイント』を消費しないと貰えないんだよね。しかもそれが良いお値段でさ……」
「あー、そりゃまた贅沢な必殺技だね……」
いろんな意味でハラハラしながら見守っていたが、白い甲冑はついに弾き損ね、頭から左脇腹にかけて斬撃が通る。
ゴポリと黒い液体が溢れ出し、白い部分はもう胸から上だけになっていた。
悔しそうに短剣を地面に刺した後、白い甲冑はピクリとも動かなくなった。
「これで終わり? これで本当に終わりだよね?」
宮瀬はおっかなびっくりに周囲を見渡す。
サーチ&デストロイな勇ましさは見る影もなく、もう出てこないでと両手を合わせて祈るほどだ。
こんなにも弱々しい宮瀬を見るのは初めてだ。
《報告。【ウールヴヘジン】の殲滅を確認。防衛成功とし、戦闘を終了とする。各人、【流るる神々】を持って教室へと帰還せよ》
ようやくヴァルキリー先生の放送が流され、僕らは安堵のため息をもらす。
緊張の糸が切れ、二人ともその場にへたり込んでしまう。
「よ、良かったー……。本当にアタシ、もうダメかって覚悟してたよ……」
自分を支える気力すらないのか、宮瀬は僕の肩に寄りかかり、全体重を預けてくる。
甲冑を蹴り飛ばしていたとは思えないほど身体は軽かった。
それに……微かに肩が震えている。
「本当に、怖かったんだから……」
宮瀬は、僕の服をぎゅっと掴んだ。
よっぽど怖かったのか、その声は潤んでいた。
「宮瀬……」
こういう時って、どうすれば良いんだろうな?
どんな言葉なら、宮瀬は元気になるのかな?
必死に考えたけど、僕にはセンスがないのか、何も浮かばなかった。
――けれど、ただ無性に――。
僕は、宮瀬の真正面に向き直す。
潤んだ瞳が、僕を見つめていた。
「……あっ」
「……え?」
それに気づいてしまった僕の視線は、引き寄せられるように下がっていく。
宮瀬の瞳も自然とそれを追う。
白い甲冑に服を切られ、更に踏まれたせいだろうか。
上着が大きくはだけ、ブラはちょうど真ん中のヒモが切られており、小ぶりながらも形が整ったキレイな――。
「き……キャーーーー!! み、見るなーーーー!!」
どこにそんな元気が残っていたのか。
宮瀬は両腕で胸を隠しながらタンッと飛び上がり、美しい前宙をしながら僕の脳天にかかと落としを決める。
ダイナミック過ぎる照れ隠しに、僕の顔面は地面に沈み込む。
「今の悲鳴は……!? そこに居るんですか、宮瀬!? 今助けますから、伏せて下さい!!」
トドメと言わんばかりに、黒いボールはピンポイントで僕の所に投下される。
「ちょっ!? 待て待て!! 敵はもう――!!」
ここには居ない、と言い終える前に『く』の字のルーンが光り輝き、超近距離で爆発する。
「ぎゃあああぁぁぁーーー!!」
僕の身体は高く舞い上がり、今度は落下の衝撃で全身が沈み込んだ。
爆風で黒焦げになった僕を、大道寺は胸ぐらを掴み上げて無理矢理立たせる。
「テメェ……! ま、まさか……見たのか!? オイ!! 見たのか、って聞いてんだ!? うわあぁぁぁーーん! こんちくしょぉぉぉーーー! ラッキースケベとか羨まし過ぎんだろ!! 死ね!! 死んでしまえ、このリア充が!!」
僕の首にヒモを巻き付け、大道寺はギリギリと締め上げてくる。
ぐえぇ……普通に苦しい……!
初めて武器らしい使い方がこれかよ……!
その後、衣服を直した宮瀬が必死に止めてくれたお陰で、何とかサスペンス劇場な展開は避けられた。
……充分すぎるごほうびで、今日は眠れそうにないなぁ……。
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