第15話 ダメ犬
「じゃ、お題を振ってきた犬飼からね。確かにアタシも、みんなとは腹を割って話し合ってみたかったんだ。ほら、アタシたちって何にも知らない同士じゃない? 聞きたかったけどタイミングを逃していたっていうか、聞きづらいって言うか、特に……ほら、自分はどんな【ヴァルハラ(理想郷)】に行きたいのとか……ね」
宮瀬の言うとおり、確かに気軽に話せる内容ではない。
身の上話とも少し違って、もっと自分の奥深くというか、ナイーブでセンシティブな部分をさらけ出さなければならないのだから。
ある意味、僕が考えた百億円稼げる最高に面白いゲーム――いわゆる『黒歴史ノート』を公開するよりもキツいかも知れない。
けどそれ以上に、みんなはどうしてここに来たのか、みんなはどんな【ヴァルハラ】を望んでいるのか、それを知りたい。
だけど……重い話は嫌いだ。
話を重くするのも嫌いだ。
だから極力シンプルに、三行にまとめて僕の身の上話をした。
『中学の時に、他愛も無い理由で妹とケンカした』
『妹が家を飛び出し、飲酒運転の車に轢かれて、両足が動かなくなる』
『僕は責任感から、バリアフリーがしっかりしている高校に入学して、兄妹で通っている』
そして僕が求める理想郷の条件もまた、三行にまとめて話した。
『妹の足が動くようになっている世界』
『家族、または僕と親しい人が二度と事故に遭わないようにする世界』
『wi-fiが繋がっている世界』
一通り話し終えた僕は、「フツーで面白みのない話だけど、これでお終いだよ」とおどけて締めくくった。
少しでも雰囲気を明るくしたかったからだ。
僕が話している間、宮瀬は俯き、終始黙ったままだった。
呆れているのかな?
それとも間違った理想郷だと怒られるのかな?
宮瀬は……泣きながら僕を抱き締める。
予想外過ぎる行動に、僕はフリーズした。
「この、犬飼のクセに……! 何よ……! 妹のために頑張る兄貴とか……ちょっとカッコ良すぎるんじゃないの……!?」
抱きついたまま、腹をポスポスと叩いてくる。
優しいのか乱暴なのかハッキリしてくれ。
「アタシの家族には……そんな人、居なかったな……。みんな自分のことしか考えてなくて、家族なのに誰もアタシのことを考えてくれなかった……」
宮瀬は、自分の過去をとつとつと語り出す。
自分の傷を他人に話すのは、凄く難しいことだ。
僕が話したのは、何度も助けてもらったからだ。
宮瀬を信頼しているから。
大事なことを話そうとしているのは、宮瀬も同じように僕のことを信頼してくれたからなのかも知れない。
だけど、言わなくちゃ。
嬉しいけれど、その前に一つ大ことなことを言わなければ。
「あのさ……一つお願いがあるんだけど、いいかな?」
僕の胸元で、宮瀬が静かに頷く。
「出来れば……その、三行にまとめて話してもらえると嬉しいかな」
「……は? さ、三行に……まとめる?」
「うん。重い話は本当に苦手なんだ。だから僕みたく、三行にまとめてもらえると――」
「この……ダメ犬!!」
腰と腕のひねりを利用した、密着した状態からのゼロ距離パンチ。
それがモロに肝臓に突き刺さる。
「うぐぅっ!?」
「信っっっじらんない!! この、バカ犬!! あのね、大事なシーンをカットして話せってどういう神経なのよ!? 女の子はね、とにかく自分の話をしたい生き物なのよ!! それを苦手だから聞きたくないだのと、三行にまとめろだのと……!!」
ヤバイ。
よく分からないが、逆鱗に触れてしまったらしい。
怒りの形相で仁王立ちする姿は、金剛力士像も裸足で逃げ出す恐ろしさだ。
「い、いや、その逆って言うか、大事なシーンだけをうまーくまとめて話して欲しいっていうか……!」
「うるさい!! キャンキャン吠えてないで、大人しくお座りして聞きなさい!!」
怒り心頭の宮瀬が足を踏み鳴らすと、稲妻と共に地面に亀裂が走った。
ダメだ。
もう何を言ってもお終いだ。
僕は跳び上がるように正座をし、何でも聞きますからどうぞ、という真摯な顔と姿勢を取る。
……どう見ても過去話をする体勢じゃないよな、これ。
完全に説教する人と叱られる人だわ……。
宮瀬は鬼のようにウガーッと怒りながらも、自分の過去について語り始めてくれた。
僕のお願いをガン無視するのは気が咎めるのか、何とか頑張って簡潔に話してくれているようだ。
しかし、要点をまとめて話すのは苦手らしく、結局普通に話すのと変わらない長さになっていた。
宮瀬には悪いが、無理矢理三行にまとめるならこういうことらしい。
『中学の時から有望視された陸上選手だったが、父親はFXに失敗して失踪。母親は顔も知らない男と共に蒸発。里親として、遠い親戚の叔父に預けられることとなった』
『一度は陸上を諦めたが、叔父が全面協力してくれたお陰でインターハイにまで出場することが出来た』
『高校でもインターハイは確実と言われていたが、叔父が病気で死んでしまい、そのショックで陸上への熱意を失ってしまう』
そして、自分が何のために走るのか分からなくなった時に、この地へと誘われたのだという。
よくある話と言えば、よくある話だ。
だが、当の本人からすれば、そんな簡単な言葉で片付けられないのも事実だろう。
意外だったのは、宮瀬が望んでいる理想郷だ。
条件は、たった一つだけ。
『叔父が病気で死んでいない世界』
家族が元通りになることも、お金持ちになることも理想郷には要らないのだという。
望むのは、叔父にインターハイで優勝した姿を見せること。
自分の実力だけで優勝することがアタシなりの恩返しなのだと、強い眼差しで語ってくれた。
※
お互いの身の上話が終わる頃には、辺りはすっかり夕暮れになっていた。
「そろそろ帰ろうか? ……後で目薬を貸すよ」
「うん……ありがと」
真っ赤になった目を、宮瀬は何度もこすっている。
結局、僕が強くなる方法は分からずじまいだったけど、宮瀬の話を聞けて良かったと思う。
抱えていた望みと痛みを知れたことで、仲間としての絆が強くなった気がする。
宮瀬もどこか晴れやかな顔をしているから、きっと同じ気持ちなのかも知れない。
「……そうだ。インターハイの話をして思い出したんだけど……アタシは走る前に、必ずスパイクの調整と整備をしていたんだ。陸上のスパイクって、実はネジ式になってて、一本一本取れるのよ。大事な試合前には必ず全部外してから丁寧に磨いて、穴の部分の砂を一粒も残さないように掃除してたっけ。この<雷神トール>も、毎日ちゃんと磨いているんだ。その……上手く言葉に出来ないけど、大事にしてあげれば犬飼の武器も応えてくれるようになるんじゃないかな? ……多分でゴメンだけど」
武器を大事に扱う……か。
言われてみれば確かに、僕はこの武器を手に入れただけで満足してしまっていた。
ろくに整備もしていないし、そもそも<剣神シグルズ>がどんな神様なのかすら知らない。
「……そうだな。まずはそこから始めてみるか」
宮瀬のように強くはなれないかも知れない。
けれど、僕は僕なりの、僕だけの戦い方がきっとあるハズだ。
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