陽菜と冬華

 朝起きて、眠い目を擦りながらスマホの画面で時間を確認する。時刻は九時を回ろうとしていた。 今日は月曜日。昨日までの学園祭の振替のため学校は休みになっている。

 LINEに通知があったので、確認すると『十時にいつもの駅前のカラオケ屋に集合ね!』という内容が冬華から来ていた。送信時間夜中の三時って……冬華いつまで起きてたんだろう。

「え!? 十時!? ヤバっ! もう準備しなきゃ!」

 私は飛び起きて慌ててベッドを降りると、何か躓き派手に転んだ。

「あいたた……もう……なに……」

 振り返り躓いた何かを確認するが、床に物が散乱し過ぎていて特定できなかった。

「さすがにそろそろ片付けないとヤバいかな……」

 部屋には脱ぎっぱなしの服や、出しっぱなしの本、飲みかけのペットボトル等が散乱していて足の踏み場も……は一応確保している。

 靖人が暫く来ないとこの有様だ。片付けくらいは出来るようにしておかないと、将来絶望的に困ることになりそうな気がしてならない。もしくは、昨夜見た番組に特集され兼ねない。

「帰ってきたら片付けようかな」

 口だけはそういいつつも、多分いつものやらないパターン。私は明日からも本気を出さない。

 

 とりあえず準備を済ませ、勢いで家を飛び出した。

 十時五分前に待ち合わせ場所に到着すると、冬華が一人で待っていた。

「お! 既読付いたけど、返信無かったから寝坊して遅れるかなーって思ってたけど時間通りだったね」

 うん、乗ってきた電車に乗ろうとした時、一度扉が閉まった時は軽く絶望した。駅員さんが開けてくれて助かったけど。

「冬華一人?」

「え? そうだよ」

 返信をしなかったのは時間がないのもそうだったけど、本当は靖人も一緒なんじゃないかと思っていた。もし、靖人がいたら断るつもりだったし、そのやり取りをするのに余計な時間使わせるのも気がひけた。待ち合わせ場所に行って、靖人がいたら直接断る方向でいこうという算段だった。

「陽菜とのカラオケ久しぶり! もう開店時間だから入ろ!」

 半ば強引に冬華に手を引かれてカラオケ屋へ入る。

 冬華は演劇をやっているからか、歌がとても上手い。発声の仕方が全然違う。もう聞き専に徹したいくらい、いつも聴き惚れている。

 私の歌唱力は……下手じゃないと思うけど、冬華と一緒だとどうしても劣ってしまう。

 急に誘ってきた理由とか、ちょっと気になることはあった。しかしカラオケという性質上、あまりゆっくりおしゃべりをする雰囲気ではなかったので、とりあえず私は冬華とのカラオケを三時間楽しんだ。


「あー、久々に思いっきり歌ったわー! ちょっとスッキリした。ね、陽菜! お昼どこで食べようか?」

「この前、駅の反対側にパンケーキ屋さんできらしいの! 私そこ行きたい!」

「あー、あそこかあ……今の時間って、まだ結構並んでるんじゃない? 凄い人気みたいだし。私お腹すいちゃった。あんまり待たないで食べられるところがいいな」

「じゃあ、ここでいいんじゃない?」

 私たちはカラオケ屋の隣にあるファミレスへ入ることにした。平日なので家族連れが少なく、店内は比較的空いていた。

 奥のソファー席に座りメニューを開く。私はこのファミレスで食べるものはいつも決まっているので、メニューを確認してからすぐ閉じる。

「うーん……何にしようかな……こう、和洋中取り揃えられるとやっぱり悩んじゃうよね……って陽菜はもう決めたの?」

 メニューと睨めっこしている冬華は、運ばれてきたお冷を飲んでいる私に言った。

「うん、オムライス」

「あー、うん……オムライス……ね。私は和食な気分になった、急に」

 冬華はなんか微妙な反応だった。オムライスになんか恨みでもあるのだろうか。


 結局冬華は豚しゃぶ定職を頼み、食事が目の前に運ばれる。

 食べながらいつも通りの他愛のない話をしていたが、ある程度区切りのいいところで、私は気になっていた事を切り出した。

「そういえば、なんで今日急に私を誘いだしたの?」

「え? 最近陽菜と遊んでなかったなーと思って。無性にカラオケ行きたい気分だったし」

「夜中の三時に思いついた感じ?」

「そうそう! 思い出したようにカラオケ行きたい! ってときあるじゃん。ハッと目が覚めて、あ、コレ陽菜とカラオケいかなくちゃ! ってなったからLINE送ってまた寝たの」

「カラオケ行きたい! っていうのは分かるけど、夜中に目覚めることはないなあ……」

 というか私は一度寝たら朝まで起きない。電話とかかってきても気付ける自信はない。

「最近服とかも買ってなかったし、ご飯食べたらちょっと付き合ってよ!」

「いいけど、私の行きたいお店も付き合ってよね!」

「もちろんそのつもり」

 二人で笑って食事を再開する。


 正直、私じゃなくて靖人を誘えばいいのにと思ったけど、そこは口に出さないでいた。

 気付くと冬華は食べる手を止め、目を細めて私をジーっと見ている。

「え? 何?」

 その視線に気付いた私は冬華に問いかける。

「ていうかさ、最初からちょーっと気になってたんだけど、もしかして『私じゃなくて靖人を誘えばいいのに』とか思ってない?」

「……別にオモッテナイヨ」

 動揺したつもりはなかったが、なんかカタコトの様なイントネーションになってしまった。その反応を見た冬華は片手を頭に乗せ、目を伏せていた。

「あー既視感…………既視感だわ……」

 とかブツブツ言っている。他にどんな人がこんな反応をしたんだろう。

 すると冬華は伏せていた眼をカッと開いた。

「陽菜気にしすぎ! まあ、靖人との時間を作ってくれようとしてくれるのは嬉しいんだけどさ……でも、それで避けられるような事されると寂しいよ……陽菜も大切な親友なんだから、陽菜ともちゃんと遊びたいんだよ!」

「冬華……」

 私は二人の邪魔をしてはいけないと思っていたけど、それは冬華から避けることになってしまっていたのか。もちろんそんなつもりは全くなかったけど、私の安易な考えは、結果として冬華に余計な気を遣わせていたらしい。

「学校でもいつも通りでいいんだよ。朝は一緒に学校いこ」

「うーん、でもやっぱり冬華と靖人が二人っきりの時は、間に入りにくいかな……」

「あー、やっぱりそうなっちゃうか。二人とバランス良く付き合っていくのは難しいなー」

「冬華の気持ちは嬉しいんだけどさ。でもやっぱり、今は靖人との時間を大切にして欲しいって思うよ。冬華も部活終わって今が攻め時なんだから!」

 この気持ちは本心だ。私はやっぱり二人の事を応援したい。


「んー、正直に言うとさ。今日は陽菜に聞きたいことあったんだよね。私、靖人の知らないことまだまだ沢山あるんだなーと思ってさ」

「知らないこと?」

「うん、昨日家で夕飯作って御馳走したんだよね。でもあんまり美味しく出来なくってさ。靖人からもっと美味しくなるアドバイスもらっちゃたよ。靖人料理出来るんだなー、料理出来る人に食べさせるならもっと練習しておけばよかったなーとか思ってた」

 冬華は苦笑いを浮かべる。

 昨日の学園祭閉会式終了後、二人の姿が見えなかったから一緒にいるものだとは思っていたけど、冬華の家に行っていたのか。料理……私には未知の領域だ……。

「それに、昨日はその後も失敗しちゃったから、今日は靖人とは顔合わせづらかったし」

「え? 昨日なんかあったの?」

 冬華の表情はどこか寂しげで、遠くを見ているようだった。

「部屋に連れ込んでチューしようとしたら拒否された」

「え!!!??」

 もちろん驚いたが、えっと……なんか冬華と靖人がそうなる経緯をうまく想像できない。

「冬華……ソレ……話、端折ってない?」

「端折ってない。まとめたの」

「じゃあ、今の言葉だけでどんな感じか想像してみて」

「…………ごめん、端折った。でもやっぱりまとめるとそんなとこ」

「そうなんだ……」

 冬華、思っていたよりガンガン攻めてるじゃん。靖人の奴、冬華のキスを拒んだなんて許せない。あの時は、簡単にしたクセに……


「ねえ、陽菜。靖人とキスしたことある?」

「え? ないよ」

 私は出来るだけ平静を装う。しかし冬華は真剣な顔つきで、真っ直ぐ私の眼を見ていた。

「ホントにホント?」

「ホントにホント」

 ジーっと私の眼を見続ける冬華。

「ジーーーーーーーーーーーーーーーー」

 ついに声にまで出して眼力を上げてくる冬華。私は耐え切れずに目線を逸らしてしまったが、敗北宣言をしてしまったようで正直に白状する。

「したこと……あります……ごめんなさい」

「そのキス、どんな感じだった?」

「え!!?? ちょっと! そんなことまで話すの!?」

「うん、大事なこと」

 冬華の表情は依然と真剣なものだった。ただの興味本位や嫉妬心で聞いてるんじゃない、ということが伝わってきた。

「うーん……小学校一・二年生くらいの時かな……? なんか皆で遊んでて、靖人と二人になった時に、呼ばれて振り向いたらそのままちゅってされた感じ……だったような気がする……」

 既に曖昧な記憶だけど、こうやって口に出すのは凄く恥ずかしい。

「靖人から……? 靖人、なんか言ってた?」

 冬華はグイっと身を乗り出す。

「言ってたような気もするけど良く覚えてないんだよね……した事あるのはその一回だけ。まあ、小学生低学年の話だから、キスのカウントに入らないかもしれないけど」

 私はそう言いながら照れ隠しに笑う。

「……そうなんだ」

 冬華は口元に手を当ててなにやら考え込んでいる様子だった。

「で、私の赤裸々なファーストキス(ノーカン?)の話は、なんかお役に立てたでしょうか?」

 ここまで話したので、出来れば聞かれた理由くらいは聞いておきたい。

「あ、一方的に聞いててごめん」

 冬華は姿勢を正し、私に向き合った。


「私は昨日、靖人にキスを拒否された。うん、やっぱり拒否よりも拒絶って言った方がいいかな。でもそれは、靖人の意思とは無関係に、反射的に拒絶された感じだった。その時の靖人の顔……何かにもの凄く脅えてたように感じたんだよね。だから私は、キスにトラウマでもあるんじゃないかと思ったんだけど……陽菜がしたのは関係なさそうだね」

 靖人がキスにトラウマ……? 私自身にもちろん心当たりはないし、その靖人にもイマイチピンとこない。

「このままだと、私は一生靖人とキス出来ないんじゃないかと震えております。陽菜はいいなー。もうしちゃってるんだもんなー」

 冬華はソファーに深くもたれかかる。

「いや……だから、あれはカウントしていいか微妙だし……」

 そこを羨ましがられてもちょっと困る。

「ああ、あと他にもちょっとあってね……靖人さ、好きになる感情が分からないって言ってるけど、昨日の靖人からはそういう感じ、しなかったんだよね……」

「え? 冬華の事好きになってきてる感じ?」

「ううん、それは全然。悲しいくらい全くだよ」

「えっと……じゃあ、どういうこと?」

「私の感覚だから必ずしもそうっていうわけじゃないんだけど、分からないっていうより、自分から誰も好きにならないようにしてるって感じがした」

「靖人がそうなることを望んでるってこと?」

「うん多分、無意識で無自覚だと思うけど。キスかなんかにトラウマがあって、恋愛感情塞ぎ込んじゃったのなら辻褄が合うなーとか考えてたんだよね。靖人、昔女関係で揉めたりした?」

「私はそういうの知らないかな……女の子との距離感って気付いたころから今と同じスタンスだったし。なんか急にガラッと変わるような事はなかったと思うけど……」

「私は陽菜が一番怪しいと思ってる」

 冬華は私を睨みつけてくる。

「それこそ絶対ないよ! 私たち、ずっとこんな感じだもん!」

「えーーー……キスしたくせに……」

「そこ掘り返さないで! ナイナイ! 絶対ない!」

 今までの記憶を総動員しても、まるで心当たりがない。自信を持って無いと言い切れる。

 ただ、他の子に関しては、私は靖人の全てを網羅しているわけではないので、知らないことがあってもおかしくないとは思う。それでもやっぱり、心当たりは見当たらないけど。

「ふーん。まあ、とにかく、このまま一緒にいるだけじゃ、靖人には好きになってもらえないんだろうなって思ったのが正直なところ。ホント、不落の壁にぶち当たっちゃった気分だよ……」

 不落……誰かさんにもそんな言われようがあったけど、誰のことだったか忘れた。

「そこんとこどう思います? 『不落の令嬢』さん」

 そういえば私だった。

「頑張って! 応援してる!」

 私は満面の笑みで全力で丸投げした。

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