第24.5話 未来戦術『SASAYAKI』

 俺は咳払いをしてナインを見渡した。


「君たちは織田信長を知っているかな?」

「もちろんよ。日本で一番有名な武将だよね」 と渚。

 よかった。この世界にも織田信長は存在するらしい。

「その通りだ。かつて織田軍は南蛮由来の新兵器『火縄銃』を使って武田軍を圧倒した。しかし当時の火縄銃には致命的な弱点があったんだ。“装填に時間がかかりすぎる”という欠点だな」


 俺は黒板に、銃を構えた兵の絵を描いた。


「それとこれとなんの関係があんだよ」

「まあ聞け。――その弱点を補うため、信長は火縄銃部隊を複数列で配置した。1列目が打ち終えたら2列目が交代で射撃に回り、攻撃を終えた1列目は弾の装填に入る。2列目が撃ったらさらに交代し、3列目が撃つ。最後列が撃った後には装填を完了した1列目が撃つ――こうして切れ目のない攻撃を実現したんだ」


 俺はナインを見渡す。皆真意を測りかねているといった表情だ。


「二神姉妹とジョー&冥子。我々の主要得点パターンはこの2組だ。この“1列目”と“2列目”をあえて分割して配置することで、どこからでも点が取れる多段式のオーダー」

 俺は口をつぐみ、もったいぶって間を取った。


「名づけて――『ツインチャンス打線』だ」


「格好いいですわ!」と歓声を上げる麗麗華。

「さすがねエージ。これも『未来戦術』なの?」

 渚が目を輝かせてたずねる。

「ツインチャンス打線は……うん、まあ、そうだな。未来でも最先端中の最先端戦術だ」

 俺は言い淀んだが、ごり押しでごまかすことに決めた。聞こえだけよくてその実穴だらけとされる『ツインチャンス打線理論』だが、真の目的はそこではない。


「で、どうして私が遊撃手でジョーが捕手なのかしら?」と、さらら。

「今回、相手は全員外国人。しかも、ジョーの同僚ときてる」

「それがどうかしたの?」

「未来戦術……『SASAYAKI』というものがあってだな。未来の野球では、捕手はただキャッチングをしたりリードしたりするだけじゃない。常にバッターにしゃべりかけ、相手の気を削ぐ、というのも大事なんだ」

「本当に?」

 さららの眉が吊り上がる。

「ほ、本当だ。ほかにも『BOYAKI』とか『TATSUKAWA』とも呼ばれているぞ」

 だから、英語が話せて理解できるジョーが適任なんだ、と俺。

「ジョーの器用さはさららも知っているだろう? 急造キャッチャー・急造ショートには変わりないが、俺にはそのリスクを負うだけのメリットがあると考えている。ま、何かあればすぐチェンジするからさ」

「……まあ、いいけど」

 なんとか納得したさららの姿に、気づかれないように安堵の息をつくジョー。


 よし。これで準備はすべて整った。


「じゃあ準備はいいな、行くぞ……みんな!」

「ええ!」「望むところだぜ」「がんばるよー!」

 口々にナインがグラブを手に席を立つ。ジョーが不安げな視線を俺に投げかけた。

 (大丈夫だ)俺は腰元で皆に気づかれないように親指を立てる。


 この試合、なんとしてでも勝つ――俺はキャップを深くかぶり、食堂を後にした。

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