第25話 ブラストル&エクスプレス
「絶好のベースボール・デイじゃないか」
ペニー少佐がコーンパイプを満足そうにくゆらせた。俺は少佐の目を見据えたままオーダー表を交換する。
「ホウ、これはまた変わったオーダーを組んできたものだな。ジョーがキャッチャーか」
サングラスをずらし、興味深げな視線でオーダーを見つめるペニー少佐。
「ええ。いつも同じ打順とは限りませんよ」
俺は精一杯の皮肉で答える。
「相手に情報が流出しているということもありますから」
『ツインチャンス打線』はもちろん、サンライズのデータが筒抜けという状況下で編み出した苦肉の策であり、正攻法ではないゲリラ的オーダーだ。計算上での得点効率は本来の打順よりも格段に落ちる。
「Hmm、情報戦とはいい心がけだ。そんなエージ・アオシマにプレゼントをやろう」
ペニー少佐がポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「……これは……!?」
俺の目が驚愕で見開かれる。なぜ、こんなことを……!?
「ついでにもうひとつ。同じものを、先ほど君たちのベンチに貼っておいたよ」
少佐がニヤリと笑って告げた。
俺は振り返ると、一塁側のサンライズベンチに向かって駆けだした。
「【――厄介なのは“ツインズ”。二神おかめ=コードは“ブラストル”。二神つるこ=同じくコード“
「【ブラストルは直球に強く、エクスプレスは変化球への対応がうまい。配球に注意しさえすれば抑えることは困難ではない】って書いてある!」
双子が紙に書かれた文字を読み上げ、キャッキャと声を上げていた。
「これは……」
「あ、エージ。なんかこれがベンチに貼ってあったのー」とつるちゃん。
「私たちのことが書いてあるのー」とかめちゃん。それは俺が先ほどペニー少佐から受け取ったものとまったく同じだった。冥子も訝しげな表情で紙きれを凝視した。
「なになに……
【“サジタリウス”海老原渚はすば抜けたコントロール。追い込まれる前に打つに限る。
打撃も三振こそ少ないが、長打の警戒は無用。
“アンルーリー”ジョーは攻守ともに要。要注意人物のひとり。
“カラテガール”剛力さららの守る本塁へ突入するときは接触を避けよ。
“スモーキン”八重桜、“リリー”百合ケ丘麗麗華、“ギーク”紫電ハナエは恐れるに足らず。
“ゼロファイター”不動冥子はデータ不足だが俊足巧打。暗黒街のヤクザ=ジャパニーズマフィアである】」
「ねえジョー、ブラストルって何?」
「Brust+Turtle……カミツキガメって意味よ」無邪気に問いかけるかめちゃんに、ジョーが震える声で解説する。
ベンチに貼ってあったのは、ジョーから流れたデータを基に、GHQが作成したと思われるサンライズの攻略法。それをなぜか、ペニー少佐は再び俺たちに渡してきたのだ。まるで自分たちの情報力を誇示するかのように。
(どうしてこんなことを……)
手の内を明かした上で叩き潰し、圧倒的な戦力差を見せつけるつもりなのだろうか。それとも、情報が流出しているということを暗示してこちらに揺さぶりをかける陽動戦か。俺は不穏な雰囲気が漂うベンチを見回した。
ジャガーズがデータを持っている、ということはこのチームでは俺とジョーしか知らないはずだ。それがこういう形でチームに知られたとしたら……
(汚い手を使いやがって……)
「みんな、聞いて。実はね……」青い顔をしたジョーが口を開きかけたとき――
「って、ちげーし! んだよ『ジャパニーズマフィア』ってさ! あたしヤクザじゃねーわ!」と憤る冥子。
「私も空手じゃなくて合気道だっつの」とさららも不満げな声をあげる。
「リリー……百合のことですわね。私にぴったりでしてよ」
「ブラストルってなんだかかっこういいねえ!」「エクスプレスってのもかっこういいねえ!」
「つくづくアメリカってのはあだ名をつけるのが好きだよな」
俺は双子の頭をポンポンと叩いて言う。そしてジョーに向け、力強く告げた。
「今度はこっちが相手を丸裸にする番だぜ。ジョー、頼む」
俺の心配はどうやら杞憂だったようだ。俺は少佐から受け取ったオーダー表をひらひらと振った。
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