第23.5話 バックルームディール③

 夜。

 ナインを早めに部屋に戻した俺はひとり、食堂でキリエのデータと睨み合っていた。と、ふわりと女子の甘い匂いが漂う。


「エージ、どうしたの? いきなり食堂に来いなんてさ」

 今日は早く寝ないと、明日試合だもんね。とジョーが相変わらずの笑顔を見せる。


「あらエージ、なんだか難しい顔しちゃって。どうしたの?」

 わかった、本当はちょっとびびってるんでしょ。とジョーが俺のほっぺたを突く。


「ジョー、ペニー少佐がスタヂアムに来てたな」


 開口一番、俺は核心に切り込んだ。隣でジョーが大きく息を呑んだのがわかる。

 俺は彼女に向き直って尋ねた。

「正直に答えてほしい。今日の昼、ペニー少佐と何をしてた?」

「な、何もしやしないわよ。私たちが勝ったときの条件を確認してただけよっ!」

 珍しく取り乱すジョー。怒ったということは、真実か。認めたくはないが。

「サンライズのデータ――その写しを渡したんだな」

 右手で口を押さえるジョー。

「エージあなた、聞いてたの……? いや、でも英語はわからないはずじゃ……!?」


 俺は無言でスマホを掲げた。画面では、ジョーが今話した日本語がリアルタイムで英語へと翻訳されていく。日英音声同時翻訳アプリだ。

 未知の技術に驚愕しつつも理解したのか、ジョーがオーバーに両手を広げた。乾いた笑い声が響く。


「ハハ……まったく、『未来戦術』にはお手上げよね。こんなものまで発明されてるなんて考えもしなかったわ。まるでSFの世界よ」

「どうしてだよ? あのデータはただの紙切れなんかじゃない。9人の汗と涙の結晶だぞ!? おまえが、ジョーが一番わかってるはずだろ!」


 嘘だと言ってくれよ、ジョー――俺は思わず彼女の両肩をつかんで揺さぶる。泣き笑いのような表情を見せるジョー。

「データさえ渡せば、試合の結果がどうあれスタヂアムは接収しないって少佐が言ったの。だから取引に応じろって」

 俺らが勝つって信じられなかったのか――喉まで出かかった言葉を辛うじて飲み込み、俺はジョーを抱きしめた。

 見る見るうちにジョーの両目に涙が溜まっていく。飛び級でも、GHQでも、まだ幼い少女なのだ。


「ちょっと、エージ!?」


 違う。ジョーは俺たちナインの勝利を疑っていたわけじゃない。あくまで合理的に――ロジカルに判断しただけだ。形はどうあれ、俺たちサンライズを思ってした行動だ。


 許せないのは、そんな彼女の純粋な思いにつけこんだペニー少佐だ。思わずジョーを抱く両腕に力がこもる。

「ちょ、ちょっと苦しいよエージ……エージ?」

 どんなことをしても勝つしかない。たとえどんなことをしてでも。

「ジョー、聞いてくれ。今から言うことは――だ」

 俺は、覚悟とともに足元のカバンをゆっくりと開けた。

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