第17話 vs雪村繊維③
次の回の先頭打者は3番、ジョー。
「Come on!!」
ジョーがバットを垂直に構え、ボックスに覆いかぶさるように上体を折り曲げた。テイクバックの可動域は制限されるが、重心を固定することにより変化球から速球までに対応できる、1940年代アメリカ人特有のクラウチングスタイル。このフォームから彼女は5打数3安打3打点を叩き出している。
その初球。
「――キャッ!!」
ジョーが大きく仰け反って尻もちをついた。顔付近をかすめる明らかなブラッシュボール。キャッチャーは何事もなかったかのように平然とマウンドへボールを返す。
「本当に投げてきましたわ……!」
「あの野郎」冥子がギリリと八重歯を鳴らした。相手ベンチの雪村工場長は不敵にほほえんでいる。
「次やったらタダじゃおかねえ」
いきりたつ百合ケ丘ベンチに向け、立ち上がり土をはたいたジョーが右手を向けた。「気にしないで」というジェスチャーのようだ。
外角へのボールが続き、ピッチャーが投じた第5球――
「――――!!」
「ジョー、危ない!」
渚の悲鳴。ジョーが目を見開くが、完全に踏み込んだ後だ。明らかに前の外角球に狙いを絞っていたジョー。回避は間に合わない――!
――ズン。
白球はそのままジョーの脇腹をえぐった。ジョーが膝をついてうずくまる。
「うう……」
「大丈夫か、ジョー――」俺は思わずベンチを飛び出す。
「デ……デッドボー……」
「ぶっ殺す!」
審判が宣告しかけたとき、俺の横を旋風が駆け抜けた。え、と思った瞬間、帽子を投げ捨てた冥子が相手ベンチに向かって猛然とダッシュ。
「きゃあー」麗麗華の悲鳴がベンチに響く。
「まずい!」
「いかん、止めるんじゃ!」
狼狽する所長のひと言を引き金に、ナインがベンチから飛び出す。俺も前を疾走する冥子を追いかける。とりあえずあの狂犬・冥子を押さえなければ。
俺は突進する冥子に声をかけた。
「冥子やめろ! ちょっと手が滑っただけだって! 第一お前は当事者じゃねーだろ!」
「うるさいエージ! あたしの邪魔を――」
冥子がふと振り返ったかと思うと、俺の視界から忽然と消えた。
「――するんじゃねえ!」
「!?」
思い切り跳躍した冥子のヒップアタックを顔面に食らった俺は、久しぶりに気を失った。
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