第14話 未来戦術『2番打者最強説』

 俺はナインを食堂に集めた。皆の注目が集まるなか、黒板にデカデカとこう書き記す。


「『未来戦術/セイバーメトリクス講座』……?」渚が不思議そうに読み上げる。

「そうだ。これから君たちに『未来戦術』――今から70年後の最先端戦術を授けよう」


 俺はもったいつけてナインと所長を見渡す。

「キリエのつけてくれていたデータのおかげで、このチームの特性はだいたい把握できた」

 えへへ、とお団子眼鏡のキリエがはにかむ。

「まず言いたいのは――まずは、なんだこのオーダー表は!」俺は黒板のスタメンオーダーをバシバシと叩く。

「なにって、私から始まって最後が麗麗華――あいうえお順だけど」と渚。

「出席番号じゃないんだぞまったく」俺は頭をかく。

「まあいい。こっちがキリエのデータを基に俺が算出した、最も得点効率がいい百合ケ丘繊維の新オーダーだ」


1(中)二神つるこ

2(三)不動冥子

3(遊)ジョゼフィーン・トラックスラー

4(右)二神おかめ

5(投)海老原渚

6(捕)剛力さらら

7(一)八重桜

8(二)紫電キリエ

9(左)百合ケ丘麗麗華


「2番に強打者を入れるのは未来でも最先端のトレンドだな」とひとり満足する俺。

「しっかし、打つ順番を変えただけでなんか変わんのか?」と冥子が口を開く。

「もちろんだ。組み方によって得点効率は最大で1.4倍まで向上する。通常3点どまりのところを、4から5点とれるかもしれないということだ。こういった『統計学』を使った戦術は、俺のいた世界では『セイバーメトリクス』と呼ばれている。まだこの世界では誕生していない戦術……『未来戦術』だ」

「せいばあ?」

 全員の声が重なった。

「そう。『セイバーメトリクス』……そういえばセイバーメトリクスのセイバーってなんだろな? 悪ぃ、俺もよく知らねえわ。聖なる剣って意味の『セイバー』のことかも」

「なるほどSaberね………」「聖刃せいばか……なんだかかっこいいね」

 なんだかよくわからないが納得してくれたようだ。


「ねえねえ、ほかの『未来戦術』も教えてよう!」と双子。

「そうだな。じゃあ未来戦術その1『ブロックサイン』だ」

「ぶろっくさいん?」

 ナインの声が重なった。

「つるちゃん、今まで盗塁するとき、どうやって走っていた?」

「えーとね、ベンチでみんなが『走れーっ!』て言ったら走ってたよ!」

 無邪気に笑って答えるつるちゃん。俺もつられて苦笑する。

「それじゃ相手にバレちゃうだろ。今度からは、ベンチから俺がサインを出す。たとえばそうだな」

 俺は右手で左肩、左肘に触れてみせた。

「今やったような順番で体を触ったら『盗塁しろ』のサイン。これだと相手にはなんのことだかわからないだろ?」

「でも、毎回ソレやってつるこが走ってたら、どのみち相手にバレちまうんじゃねえか?」

 肩と肘触るのが走るのが盗塁のサインってことがよ、と冥子。

「さすが冥子だ、悪知恵が働くな」

「へへっ、そこまででもねえよ」

「褒めてないわ! ただ、冥子の言うとおりだ。単純なサインはすぐ見破られるし、かといって複雑にすると覚えるのが大変だしサインミスにつながる」


 そこでだ、と俺は帽子をかぶった。

「左肩、左肘と触って、最後に帽子に触ったら『盗塁しろ』のサインだ。最後に帽子に触らなければ『いまの指示はナシ!』のサイン。つまり帽子に触るのが『鍵』ってわけ。『鍵』ナシのサインはすべて『無効』と覚えとこう。これだと相手に簡単には見破られない」

「ほお……」所長も感心したように息をつく。

「未来戦術はまだまだあるぞ。次は『クイックモーション』だ。これも本来なら今から30年後――」

 『ブロックサイン』『クイックモーション』に続き、『ターンスチール』『偽装スタート』……エトセトラ、エトセトラ。俺はナインたちを前に熱弁を振るいまくった。


「ほかにも、例えばこういう場合――」

 俺は黒板にダイヤモンドを描きながら言った。

「1点差で負けている状況の最終回、ノーアウト三塁。どうしても点が欲しい場面、麗麗華が三塁ランナーだったらどうする? 答えてくれ」

「もちろん、打者さまがお打ちになった打球を見てから判断しますわ。ヒットなら走りますし、ゴロなら様子見。フライなら一度塁に戻って考えましてよ」

 こんな問題、わたくしをバカにされてますの? 麗麗華は頬を膨らます。

「ごめんごめん、麗麗華を侮ってるわけじゃないんだ」


 麗麗華をなだめてから俺は本題に入る。

「麗麗華の言ったことは正解だ。しかし、『どうしても一点が欲しい』場合ならどうする? 『未来戦術』ではそういうとき、『打球の行方を確認せずに走りだす』んだ」

「打球の行方を確認せず……って、いったいどういうことですの?」

 理解できないといった顔のナインに、俺は黒板に図を書きながら説明を続ける。

「この『未来戦術』では、バットがボールに当たった瞬間、三塁ランナーはホームへ突っ込む。打球がどこに飛んだかなんて気にするな。

 もちろん直接捕球されたらダブルプレーになる可能性が高いという危険もあるが、平凡なゴロでも生還できるし、何より相手がビビる。何せいきなり走り始めるんだからな、守備の乱れも誘えるだろう。ハイリスク・ハイリターン、それゆえ“博打(ギャンブル)”って呼ばれてるのさ。

 ――はい、以上が『未来戦術』その12、『ギャンブルスタート』だ。みんなわかった?」


 ナインはぽかんと口をあけている。俺は満足げに彼女たちを見渡した。とっておきの『未来戦術』に度肝を抜かれているのだろう。何せこの『ギャンブルスタート』というプレーは、現実世界であれば今から40年後、1990年代に編み出される“はず”の戦術だからだ。ふふふ。


「あのう……」二神姉妹がおずおずと手をあげた。


「お、かめちゃんつるちゃん。なんでも聞いてくれ、この作戦格好いいだろ?」

「ギャンブルだなんてそんなの、大和撫子らしくありません!」とハモるふたり。


「えっ」俺の右手からチョークがぽろりと落ちた。


「確かにこいつはいけすかねえな」冥子も机にドカッ!と右足を乗せ、強烈な拒否の意を示す。

「要はかっとばしゃいいんだろ。博打バクチにしちゃあセコすぎるんじゃねえか?」

「お母さまが賭けごとだけはよしなさいってかねがね仰っててよ」と麗麗華も口を尖らせる。

「ファッ!?」

 なっ、ここにきて精神論か。予想外の総DISに俺もあたふたし、唯一理解できそうなジョーに助けを求める。

「ジ、ジョーからも何か言ってくれよ。アメリカ式の合理主義ってやつをさ」

 腕を組んで目を閉じるジョー。皆の視線が集まるなか、しばらく考えて彼女は口を開いた。


「私もこの作戦はあまり同意できないわ」

「なん・でや・ねん!」


「まず『合理主義的観点』から言わせてもらうと……バッターがゴロを打つかなんて神のみぞ知るオンリー・ゴッド・ノウズなのに、打球の行方も確認せずに走りだすなんてリスクマネジメント的に危険すぎるわ。フライだとしても相手に作戦がバレちゃうし、それならまだしも内野へのライナーになったら貴重な三塁走者を失うわよ」

 うんうんと頷くナイン。

「ファー」

「それに何より、勝負の行方をギャンブルに任せるなんて『ブシドー・スピリッツ』に反してると思う」

「そうね」「ジョーの言うとおりだぜ」「そうそう」「そうですわ」

「おお、もう……」

 ジョーの言葉に全員が頷いた。

「に、忍者みたいで格好いいじゃん」ジョーの大好き日本文化で籠絡を計る俺だったが、

「ニンジャはとっくにいないでしょ!」一蹴。

「武士ももうとっくにいないんだけどなあ……」

 しょげる俺を、キリエがよしよしと頭を撫でてなぐさめてくれた。

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