華歆1  華氏と陳氏   

華歆かきん 全3編

既出:曹丕4、張華1



華歆と言えば、子弟を厳正に躾けていた。


たとえ自宅にあっても、

その振る舞いの折り目正しさは

典礼の最中であるがごときであった。


一方で、陳紀ちんき陳諶ちんじんの兄弟。

二人はほんわかはんなりとした

振る舞いを旨としていた。


そんな全然違う両家の人間であったが、

どちらの家も、和やかな雰囲気であった。



ついでに、

華歆さんの子孫にも触れておこう。

そのひ孫、名は華軼かいつ

同世代の名士、劉琨りゅうこんさんからは

こう評されている。


「頭はあんまりよくないが、

 それを補って余りある強さだな!」


なお反乱を起こして殺されている。




華歆遇子弟甚整,雖閒室之內,嚴若朝典。陳元方兄弟恣柔愛之道,而二門之裡,不失雍熙之軌焉。

華歆は子弟を甚だ整え遇し、閒室の內と雖ど、嚴なること朝典が若し。陳元方が兄弟は柔愛の道を恣とせど、二門の裡にては、雍熙の軌を失わず。

(德行10)


劉越石云:「華彥夏識能不足,彊果有餘。」

劉越石は云えらく:「華彥夏が識能は足らざるも、彊果に餘有り」と。

(識鑒9)




華歆

プロフィールを見ると誰からも尊敬の念を得られていてすさまじい。そんな彼については、Wikipedia が端的にまとめてくれた「仕えた君主一覧」が全てを語っているだろう。何進かしん袁術えんじゅつ孫策そんさく孫権そんけん→曹操→曹丕そうひ曹叡そうえい、である。と言っても孫策孫権時代はやや賓客っぽい扱いだったようだが。


陳紀、陳諶

陳羣ちんぐんさんの父親と、叔父。いわゆる潁川えいせん陳氏と言う奴であり、もちろんかれら自身の声望もすさまじかった。ただ問題があって、この二人、華歆より30歳近く年上なのよね(華歆157生、陳紀129生)。なんでこんな世代の違う両者を並び立ててるのかが謎。「当時、それだけすごかった人」ってことなのかもしれないけど、うーん。


華軼

西晋系武将として、八王の乱~永嘉の乱あたりで活躍した。基本的に忠臣だがだいぶ人の話を聞かない口で、それで色々こじらせた末仲違いで殺されたそうである。劉琨さんの言葉を借りれば、強かったがそれを補って有り余るほど人に嫌われてた、という感じになるかな!  下手にあの辺で紹介しても浮くので、それなら子孫枠と言うことでこちらにお越し頂きました。

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