庾冰2  ハッタリ兵卒さん

蘇峻そしゅんの乱が起こった時、

メインターゲットになった

氏の皆さん、逃げた。

そりゃもう逃げた。バラバラに。


ここでは庾冰ゆひょうの逃亡を追ってみよう。


この頃庾冰は呉郡ごぐん太守だったのだが、

こんな厄種についてこうという

もの好きはいない。

誰もかれもが庾冰の元から離れている。


そんな中、ひとりの兵士が

庾冰を小舟に招き、ござを被せた。


錢塘口せんとうこうに出たところで、

蘇峻による捜索隊の手が迫る。

何せあのクソ庾亮ゆりょうの弟である。

庾冰にも懸賞金が掛けられていた。

ぜってー見っけて嬲り殺すぞ、と言う訳だ。


さて兵士、ふらりと船から離れると、

ひとしきり酒をかっ喰らった後、

船のところに戻ってきた。


その上で船を動かしていた棹を握り、

踊り始めた。


「どこかなどこかな、庾呉郡~?

 あれれ~?

 もしかしてこの中かな~?」


いやいや何やってんのお前!

兵卒の突然の暴露に庾冰、マジビビり。

と言って下手に動くわけにもいかない。

叫びたい気持ちをぐっとこらえ、

気配を殺すことに努めた。


兵士がそんなことを言い出すもんだから、

蘇峻の手の者が船の近くにやってくる。


が、船は小さく、

ものが雑然と置いてあって、中は手狭。


はぁ、酔っぱらいの狂言かよ。

手の者、とっとと撤収した。


こうして庾冰は包囲網から脱出、

なんとか会稽かいけいに居を構える、

庾氏ゆかりの者、氏の家にまで

逃れることが叶った。


やがて蘇峻の乱が平定されると、

庾冰、兵士から受けた恩義に

報いたいと思い、願い事を聞く。


兵士は言う。


「もともと下賤の出ですし、

 大それたことは願いません。


 敢えて言えば、そうですね。

 これまではずっと下働きの身、

 こんなんじゃ、酒に酔っても

 全然楽しくなかった。


 なので、他のことに煩わされず、

 酒におぼれて死にたい。

 そんな感じでしょうかね」


オッケーオッケー、叶えるよ!


庾冰、すぐに邸宅を建てさせ、

側仕えの為の奴婢を雇い、

その中に多量の酒を用意した。


そして兵士、希望通り、

酒におぼれて死んだ。


時の人は、

兵士のこの振る舞いを見て、

ただ賢いだけじゃない、

「達して」やがるぜ、と

評した、とのことである。



 

蘇峻亂,諸庾逃散。庾冰時為吳郡,單身奔亡,民吏皆去。唯郡卒獨以小船載冰出錢塘口,蘧篨覆之。時峻賞募覓冰,屬所在搜檢甚急。卒捨船市渚,因飲酒醉還,舞棹向船曰:「何處覓庾吳郡?此中便是。」冰大惶怖,然不敢動。監司見船小裝狹,謂卒狂醉,都不復疑。自送過淛江,寄山陰魏家,得免。後事平,冰欲報卒,適其所願。卒曰:「出自廝下,不願名器。少苦執鞭,恆患不得快飲酒。使其酒足餘年畢矣,無所復須。」冰為起大舍,市奴婢,使門內有百斛酒,終其身。時謂此卒非唯有智,且亦達生。


蘇峻の亂にて諸庾は逃げ散ず。庾冰は時に吳郡たれど、單身にて奔亡し、民吏は皆な去る。唯だ獨りの郡卒のみ小船を以て冰を載せ錢塘口に出で、蘧篨にて之を覆う。時に峻は冰を覓むに賞もて募り、在せる所を屬し搜檢せること甚だ急なり。卒は船を市渚に捨て、因りて酒を飲みて醉いて還り、棹を舞わせ船に向かいて曰く:「何ぞの處にてか庾吳郡を覓めんや? 此が中、便ち是れなり」と。冰は大いに惶怖せど、然して敢えては動かず。監司の見るに船は小さく裝いは狹く、卒の狂醉せるを謂え、都べて復た疑わず。自ら送りて淛江を過ぎれるに、山陰の魏が家に寄り、免ぜるを得る。事の平らぐる後、冰は卒に報いんと欲し、其の願える所を適す。卒は曰く:「廝下より出づらば、名器を願わず。少きより苦だ鞭を執り、恆に酒を飲みても快を得ざるを患わば、其の酒をして餘年の畢わり足らしまば、復た須む所無きなり」と。冰は為に大いなる舍を起て、奴婢を市い、門內をして百斛の酒を有らしめ、其の身を終わらしむ。時のひとは「此の卒は唯だ智の有るのみに非ず、且つ亦た生くるを達せるなり」と謂いたり。


(任誕30)




この人マジでカッコいいんですよね、世説新語中でも一、二を争うレベルで好きかもです。ただ本人に立身の気持ちがないから、出番はここでおしまい。


劉伶と仲良くできたかもって思うが、まぁ家柄が違いすぎるから会えないか。それよりは劉昶さんですかねえ。彼とならとても美味しくお酒を飲んでくれそう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る