桓沖3  ハタラキタクナイ

その傲慢さでは他の追随を許さない男、

王徽之おうきし。かの書聖王羲之おうぎしの息子であり、

かれ自身も書で名を博して、いるのだが。


そんな王徽之、

桓沖かんちゅうさんの軍府に配属になった。

役職は騎兵参軍。

ちょっと! 花形じゃないすか!


そんな王徽之に、桓沖さんが質問する。


「王徽之殿、

 どちらに配属となったのだね?」


桓沖さんの府の話である。

知らぬはずのない話である。

これは桓沖さん、事前に王徽之の人柄を

よく知っていたのだろう。


「はあ、よくわかりませんが、

 馬がいたんで、

 馬飼いのような感じでしょう」


こんなん笑うしかない。

桓沖さん、続けて問う。


「この官舎に、馬は何頭おるのかね?」


「は? 孔子も言ってますよね、

 馬をば問わじ。

 なんでそんなんを把握しとろ、と?」


絶好調である。

更に桓冲さんは問う。


「ここ最近、死んでしまった馬などは

 結構出てしまっているかな」


「はいはい孔子孔子。

 未だ生を知らざるに、

 焉んぞ死をば知らんか。

 生きてる馬に興味ないんですから、

 死んだ馬なんぞ、更にどうでもいいです」


いくら相手が「ぽっと出」の家(当家比)

だからと言って、軽んずるにもほどがある。



けれど桓沖さん、そこからしばらく

このクソガキを辛抱強く飼い続けた。


そしてある時、改めて質問した。


「王徽之殿、そろそろここでの仕事には

 慣れて来られたかな?」


すると王徽之、質問には答えず、

釈で頬をかきながら、言う。


「西山に朝日がさしましたね。

 いや、爽やかな朝です」




王子猷作桓車騎騎兵參軍,桓問曰:「卿何署?」答曰:「不知何署,時見牽馬來,似是馬曹。」桓又問:「官有幾馬?」答曰:「不問馬,何由知其數?」又問:「馬比死多少?」答曰:「未知生,焉知死?」

王子猷は桓車騎が騎兵參軍と作さる。桓は問うて曰く:「卿は何れに署さんか?」と。答えて曰く:「何れかに署さるかを知らず。時に馬の牽かれ來たれるを見る。是れ馬曹に似たり」と。桓は又た問うらく:「官は幾らの馬を有さんか?」と。答えて曰く:「馬を問わずなれば、何の由にか其の數を知らんか?」と。又た問うらく:「馬の比にて死にたるの多きや少きや?」と。答えて曰く:「未だ生を知らざれば、焉んぞ死を知らんや?」と。

(簡傲11)


王子猷作桓車騎參軍。桓謂王曰:「卿在府久,比當相料理。」初不答,直高視,以手版拄頰云:「西山朝來,致有爽氣。」

王子猷は桓車騎が參軍に作さる。桓は王に謂うて曰く:「卿は府に在せること久し、比れ當に相い理を料るべし」と。初にして答えず、直ちに高きを視、手版を以て頰を拄きて云えらく:「西山に朝來たれり、爽氣を有せるを致さん」と。

(簡傲13)




不問馬

厩舎が焼けた時、孔子は馬番のことは心配したものの、馬についてはまるで頓着しなかった。「人間は貴いが、馬は卑しい」がその理由であるという。


未知生,焉知死

孔子が弟子の子路から「師匠、死って何なんすかね?」って質問を受けた時のはぐらかし方。一説には「よくわかっていないものについてあれこれ考えたところで意味がないよ」と言うたしなめでもある、とのこと。つまり王徽之は明らかに、故意にその辺の原義をズラして答えている。


そこから見出せるのは、断固不退転の「働きたくないでござる」の決意である。

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