陶侃3  陶侃さんと母1 

陶侃とうかんさん、若いころから大志に燃えてた。

その家は極めて貧しく、

母のたん氏と同居していた。


さて、同郷に范逵はんき、と言う人がいる。

彼もやはり名をよく知られていた。

しかも孝廉こうれんに挙げられることになり、

洛陽らくようへと出向くこととなった。


范逵は洛陽までの道のりを辿る道すがら、

陶侃さんちに泊まりたい、と申し出る。


何せ外は雪がしんしんと降っている。

泊めてはやりたい、しかし。

陶侃さんの家には

もてなせるようなものなど何もない。

だというのに、范逵は従僕や馬を

ずらずらと従えている。


と言って歓待の意を

表明しないのも良くない。

困った陶侃さん、湛氏に相談した。

すると湛氏は言う。


「わかりました、ならば侃、

 お前は暫し家の前で客人と話して、

 その場に留めておきなさい。

 家内のことは私がなんとかします」


そして家の中に入った湛氏、

まずは束ねていた髪を解く。

地面にまで届くほどの髪の毛を切り、

二組の付け髪として売却。

それを元手に多量の米を購入。


室内のいくつかの柱を切ると、

細かくして薪とする。


寝藁を細かく切って、

馬たちに飼葉として与える。


これらを一両日の内に整え、

みごとに范逵を歓待しおおせた。


范逵、湛氏のみごとな才覚に感嘆し、

また、そこまでして

もてなさせてしまったことを

恥ずかしく思うのだった。


翌朝、改めて洛陽に向け

出発する范逵。

陶侃さん、見送りとしてついていく。

が、その見送りがただ事じゃない。

百里ほどを一緒について行く。


「いやいや、さすがにそこまで

 してもらうこともないよ。

 そろそろお帰りなさい」


しかし、陶侃としても、よほど

范逵の話を聞きたかったのだろうか。

それでもなお一緒について行く。


改めて范逵が言う。


「いいから、お帰りなさい!

 あなたのことは、洛陽でも

 皆に美談として聞かせるから!」


そこまで言われて、

ようやく陶侃さんは引き返した。


さて、范逵が洛陽に到着すると、

さっそく羊啅ようたく顧榮こえいと言った人に

このことを話した。


こうして洛陽で、陶侃さんは

その母と共に、おおいに

名声を得るのだった。




陶公少有大志,家酷貧,與母湛氏同居。同郡范逵素知名,舉孝廉,投侃宿。于時冰雪積日,侃室如懸磬,而逵馬僕甚多。侃母湛氏語侃曰:「汝但出外留客,吾自為計。」湛頭髮委地,下為二髲,賣得數斛米,斫諸屋柱,悉割半為薪,剉諸薦以為馬草。日夕,遂設精食,從者皆無所乏。逵既歎其才辯,又深愧其厚意。明旦去,侃追送不已,且百里許。逵曰:「路已遠,君宜還。」侃猶不返,逵曰:「卿可去矣!至洛陽,當相為美談。」侃迺返。逵及洛,遂稱之於羊啅、顧榮諸人,大獲美譽。


陶公は少くして大志を有せど、家は酷貧たり。母の湛氏と居を同じうす。同郡の范逵は素より名を知られ、孝廉に舉ぐらば、侃に投じ宿す。時にして冰雪の日は積もり、侃が室は懸磬が如くせど、而して逵が馬僕は甚だ多し。侃が母の湛氏は侃に語りて曰く:「汝は但だ外に出で客を留むべし、吾れ自ら計を為さん」と。湛の頭髮の委地せるを下して二髲を為し、賣りて數斛の米を得、諸屋の柱を斫り、悉く半ばに割りて薪と為し、剉諸を薦して以て馬草と為す。日夕にして、遂に精食を設け、從う者は皆な乏しき所無し。逵は既にして其の才辯に歎じ、又た其の厚意に深く愧づ。明くる旦に去るに,侃は追い送りたること已まず、且つ百里許りなり。逵は曰く:「路は已にして遠し、君は宜しく還るべし」と。侃は猶お返らず。逵は曰く:「卿は去るべきのみ! 洛陽に至るれば、當に美談と相い為さん」と。侃は迺ち返る。逵は洛に及び、遂には之を羊啅、顧榮ら諸人に稱え、大いに美譽を獲る。


(賢媛19)




范逵

劉孝標りゅうこうひょうまで「誰?」とか言ってる。栄達できなかったんだね……。


羊啅、顧榮

この二人は洛陽のひとじゃなくて「洛陽に向かう途中の町の偉い人」だそーです。とくに顧栄は世説新語中にも結構登場してます。なんつーか世説新語、妙に陶侃さんに対して好意的だよなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る