runner’s high

ユウ

第1話


 吹き抜ける風を切り、一歩一歩踏みしめる。それが例え苦痛だとしても、それが例え愚行だとしても。

 呼吸を整え、姿勢を正し、ただ前方の一点を見据えて。


 ハッハッハッハッ


 一歩踏み出す度、息を吐き、膝を上げるのに合わせて息を吸う。

 単純な繰り返しなのだけど、徐々にふくらはぎが痛み、膝が悲鳴を上げ、足裏に熱を持ち出す。


 自分がなぜこんなことをしているのかなんて、ふと頭をよぎるけど、それを頭の隅にどけ走りに集中する。


 ハッハッハッハッ


 すると、だんだんと、脳から邪念が消え、ぼやとした状態に変わる。頭の中にはもやがかかり、それ以外何もなく、身体はまるで水中にいるかのようにふわふわとした気分。

 いわゆるランナーズハイの状態に陥っていた。


 気持ちいい。だから走っているのかもしれなかった。

 街の風景が、応援する人たちが、目の端に流れるも、ぼやけていてうまく形をとらえることができない。


 見えるのはただ前方の一点のみ。

 風も追い風に変わったように感じられ、それすらも応援してくれているように思える。


 もうじきだ、もうじき母さんと約束した栄光のゴールがやってくる。

 見ていてくれてるだろうか。この大会は中継もされているはずだった。


 喜んでくれているだろうか。母さんのおかげでこんなに立派になった姿を。

 自分にはこうすることでしか自分を表現できない。だけど、それで少しでも喜んでくれるなら。


 これで優勝さえできれば。その優勝ももう目前だ。


 ハッハッハッハッ


 気を抜かず一歩一歩慎重に、腕の振りも忘れずに。丁寧に歩を進めよう。

 この競技は自分に負けたら終わり。競い合っているように見えて、やはりというか最大の敵は自分なのだ。

 そして、悲鳴を上げる自分の体に活を入れ、足にぐっと力を込める。


 ラストスパート。


 もう自分など、どうなっても構わない。このレースさえ走り抜ければあとはなんだっていい。

 今この時、自分の力を使わないで何のためにある。

 自分を奮い立たせるんだ、できる。自分ならできる。走れる、まだ走れる。


 そして、ついに栄光のテープを切る。


 浴びせられる歓声にも目もくれず、もはや体力も使い果たし限界を超え、どっと倒れこむ。


「君!」


「ここ、立ち入り禁止!早く出て」


「え、立てないんですが……」

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