第56話 自由16

 早朝。何かに舐められる感触で目が覚めた。

目を開けると馬が一頭、私の顔を舐めている。


そう言えば、昨日はキースさんの所を出て、宿屋もどこもやってないので、勝手に宿屋の馬小屋に寝させてもらったんだったか。


昨日の事を思い出す。顔は苦虫を嚙み潰したような顔になり、胸には寂しさが募る。


状態を起こす。体に藁が刺さってチクチクした。

馬の頭を撫でるとぶるるっと鼻を鳴らしている。


立ち上がり、外套についた藁を取り除く。


腹が減ったな。腹が減っては戦は出来ぬってね。

まずは腹ごしらえをしてから冒険者ギルドに向かおう。


背嚢を背負い、武装を一から確認して、馬小屋を出る。


朝から繁盛しているお店を発見。

どうせならここで食べるか。と、思って行列に並ぶ。


お店は和食屋と言った所か。異世界にしてはやけに日本ぽい店構えだ。

名前も和幸と言うらしい。実に日本らしい名前だ。

並んでいる人が捌け始めると、私の版になる。


「1名様ですか?」


「ええ、そうです」


「では、こちらへどうぞ」


店員にカウンターに案内される。

店員の恰好が割烹着なのも私の中でポイントが高かった。うん。良いよね。割烹着。

ぼーっとした頭で周りの声を聴く。


「とんかつ定食を1つ」


「はい、かしこまりました」


「とんかつ定食を2つ」


「はい、かしこまりました」


他にも、大体のお客さんはとんかつ定食を頼んでいるようだ。

ってか、とんかつって本当にとんかつなんですかねぇ。

実に疑わしいんですが……。


まぁ、良い。私も同じものを頼もう。その方が外れもないだろうし。


「あのー、すみません。とんかつ定食を1つお願いします」


「かしこまりました。とんかつ定食ですね。少々お待ちください」


しばらくして、とんかつ定食が運ばれてくる。

黄金色の衣を付けたとんかつらしき物にキャベツらしき野菜の千切りに塩。それに玄米。

そして、漬物に茶色いスープ。

こ、これは! 


「こ、これって味噌汁ですか!?」


運んできた店員の女性の服の裾を引っ張って、聴く。


「ヒッ! は、はい。そうです」


余りにも私の顔が鬼気迫っていたのだろう。彼女は怯えながら答えた。

彼女には悪いがこれは重要なことなのだ。


「ありがとうございます」


手を離す。彼女は速攻で消えていった。

茶色のスープを一口飲む。

ゴクリと喉が鳴る。

うん。味噌汁だ。懐かしい。懐かしいなぁ! 


まさか、この世界でも味噌汁にありつけるなんて! 想像もしていなかった。

そう言えば待てよ。味噌って大豆だよな。だとしたら、醤油もあるかもしれない。

それにパン粉も元々はパンを粉のようにして揚げたものだ。

パンがあるんだからあっても変ではないか。


笑みが零れる。案外、異世界って言っても日本食にあり付けるもんなんだな。


ナイフとフォークなのがアンバランスだが、それでも関係ない。

日本食が食べられるならそんな事は些細な事さ!


とんかつを切って、塩を付けて食べる。

パリっとした衣が音を鳴らし、肉汁が口の中に広がる。

旨い! 本当にとんかつだ!


玄米を食べる。そして、最後に味噌汁を一口。


「フフッハハハ! 旨い旨いぞ!」


次々と口に運んでは食べる。そして、漬物やみそ汁を間に挟む。

ああ、首都って凄いな。

こんなにご飯が美味しいなんて思ってもなかった。


食べる度に、旨い、旨いと連呼する私の様子は店員さんにはとても危ない人に見えていたようだ。それだけは反省だな。

食べ終わって、同じ物をまた注文する。


「お姉さん。とんかつ定食をまた1つ」


「は、はぃぃ! かしこまりました」


2人分の食事を食べ終わって会計をする。

お代は6コルだった。

普通の食事で考えれば、1食1コルの3倍で3コルだから高いのだが、そんなこと関係ない。


今度からここを私のマイフェイバリットな店にしよう。

っていうかまた来よう。


食事処を出た後に、大通りの十字路に行く。

ここの一角に冒険者ギルドがあるのだ。


到着すると、紙とペンをモチーフにした看板が見える。

っていうか大きすぎないか?

カラエドの冒険者ギルドでも2階建ての結構大きな場所だったけど、首都の冒険者ギルドはそれの2倍は大きい。

しかも、3階建てだ。

流石、首都の冒険者ギルドと言った所か。

ちょっと、ビビってしまった。


おっかなびっくり中に入る。

扉を開けて入ると、右手に依頼のボード。左手に食堂に休憩所がある。

正面には受付の人が4人。

一番、人が並んでいる受付嬢は白と黒のエプロンドレスにセミロングの黒髪。

どこか庇護欲をそそる小さくて可愛らしい愛らしさがある。

っていうか並びすぎじゃないだろうか。20人くらい並んでるんだけど。


二番目は明るい元気系というやつだろうか。ショートな髪と赤い色も相まって笑顔を見ているだけで元気が出てくる。

ここも結構並んでる。一番目の半分くらい。


三番目は女性じゃなくいかついおっさんだ。髪は剃り上げているようだ。ただ、なにか頼り気のある安心感がある。

ここは5,6人くらい並んでいる。


そして、最後に四番目に目を行く。

誰も並んでない。受付の女性もロングの緑髪に気の強そうな目をしている。それに頭に猫耳が付いている。お尻にも尻尾がふりふりと宙を彷徨っている。

初めて見たけど、これが獣人っていうのかな? 異世界の鉄板だよね。

まだ、見た事なかったけどやっと見れたよ。

っていうか、受付に肘を付いて、そっぽを向いていんだけど。


おい、それで良いのか受付嬢。


まずは、依頼ボードを確認して、目当ての依頼を見つけて、受付に向かう。

ここは無難に三番目のおっさんにしとこう。

うん。それが良いだろう。


「おい、そこのお前」


三番目のおっさんに並ぶと四番目の女性が声を掛けてきた。


「こんなに誰もいないのになんで並ばねぇんだよ。舐めてんのか? 並べよおい!」


「…………」


四番目の受付嬢はなんかグレてるんですが、これはどうすればいいんでしょうか。

無視するにも後味が悪いし。

仕方ない行くか。


三番目から四番目の受付嬢に並ぶ。

誰もいないから一番乗りだぜ! やったね!


「で? なんのようだ? ないならとっとと出てけ」


酷い言いようだ。これじゃあ、人が来ないのもなんか納得する。

ってか、おっさんにも負けるって本当に人気ないんだな。


「とりあえず、護衛依頼達成の証明書です」


そう言って、キースさんから貰った証明書と自分の冒険者証を渡す。


「名前はアラン。ランクは……Dランクね」


冒険者証と達成の証明書を舐めるように見る。

何かあるんでしょうかね。悪い事なんてしてないぞ。


「はい。じゃあ、冒険者証を返すぞ」


「ありがとうございます。それと、新しい依頼を受けたいんですけど……」


冒険者証を受け取って、依頼書を手渡す。


「はいはい。なんですか……って、なんじゃこりゃ! お前、本当にこれ受けるつもりか? 馬鹿なのか? 死ぬのか?」


そんな連呼しないで欲しい。私は馬鹿でも死ぬ気でもない。それにお客にお前って失礼だな。


「馬鹿でも死ぬ気もないですよ。ただ、気になりましてね。受けてみようと思いまして」


「……お前、本当に馬鹿だろう」


溜め息を吐いて、依頼書を私の目に見せつけてくる。

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