第3話 目覚め2
明けて次の日の早朝、夢を見た気がした。どこか見覚えのない場所で妻と一緒に食事をしている光景だったような気がする。といっても、内容についてはぼんやりとほのかに覚えているくらいで忘れてしまった。
未だ冴えない頭を振って、強引に目を覚ますとアレンが鍋をかき混ぜている背中を確認してから私は寝床から起き出す。
「おはよう。アレン」
「おう。おはようアラン」
彼は寝ずの番をしていたはずなのに、その目には疲れが見えなかった。
「とりあえず、飯の準備が出来てるからこれでも飲め。食い終わったら俺は寝る」
豪快にお椀に盛り付けて、私に渡すとアレンは自分のお椀にもよそい、中身を頬張る。
「太陽が真上になったくらいに起こしてくれよ。それから、町に向かって移動を始めるぞ」
「わかりました」
なるほど。アレンが起きてから行動を開始するのか。それもそうだな。一時も寝ないで活動するなんて見るからに体つきがたくましい彼であってもこの森の中で無理があるか。
でも、私に見張りなんてできるのだろうか。身を守る武器も無ければ術もない。魔物や野生生物が出てきても対応できるわけがないのだが。
「なにか問題があったら起こしてくれればいい。まぁここら辺で襲われるなんて滅多にない話だけどな」
「そうですか。それを聞いて安心しました。正直、不安でした」
「安心しろ。伊達に一人でダンジョン探索の依頼を任されているわけではないからな。腕前にはそこそこ自信があるんだ」
「へぇ……ちなみにアレンはどのくらい強いんですか?」
「んーと、そうだな。冒険者ってのにはランクがあるんだ」
「ランク? それは強さを示す指標みたいなものですか?」
「そう、その通りだ。厳密には腕っぷしだけでランクが決まるわけじゃないが概ね正解だな。ランクはFからAランクまである。まぁSランクっていう規格外の化け物もいるが、それは置いといて、俺はその中でのCランク。これでもBランク昇格間近って言われてるんだぜ?」
アレンはそう言いながら、自分の頭を掻く。FランクからAランクまであるってことは上から数えて2番目ってことか。しかも、Bランク昇格間近って言われてるのが確かなら彼は腕利きの冒険者ということになる。これは、なにかサインでも貰った方が良いのだろうか。
「では、かなり優秀な人なんですね。アレンは」
「おう。そういうこった」
「でも、それならなんで一人なんですか? 優秀な人ならそれこそ他の人も放っておかないと思いますが」
ふと思った疑問を口に出すとアレンは苦虫を潰したような顔をしながら頭を掻いた。なにか癇に障ることを言ってしまったのだろうか。
「最初のうちは俺も色々とお呼ばれしていたんだがな。これの魔力に目を奪われてな」
そう言って、アレンは鞄の小さなポケットから円柱の筒らしきものを取り出して見せた。
「これはいったい?」
「これは調味料のカレー粉だ。今朝と昨晩にも食べただろう? あれのことだ」
今朝と昨晩にも食べたあれというのは茶色のとろみのあるスープのことだろう。やはりカレーで合っていたらしい。それにしても、カレー粉に目を奪われた程度でいったい何がどうしたのだろうか。
「わかりました。でも、いったいカレー粉と他の人とで何があったんですか? 見当もつきませんけど」
「ふむ。それには深い深いわけがあるのだが―― 」
アレンはそれから長々と神妙な面でとくとくと話す。
要約するとアレン曰く、彼はカレー粉の魔力に舌を奪われた後、毎食の様にカレー風味の料理を食べていたようだ。仲間からは毎食食べさせられるカレー風味の料理に嫌気を刺して忠告をしたが、それでも止めずにカレー風味の料理を食べ続けていたらしい。そのうち、仲間も彼の料理を遠慮し、自分たちで食事をし始めるのだが、カレーの匂いをを漂わせながら食事をとるアレンに呆れて、仲違いをしてそのままパーティーを解散したらしい。
まだ、2回しか食事をとっていないが確かに毎日のようにカレー料理を食べさせられたら私でも飽きるだろう。それも一ヶ月や二ヶ月も続いたらウンザリするのも納得と言ったところだ。
そうして、彼が何回もパーティーの解散を繰り返すうちに誰も彼とは組みたがらなくなり、今に至るようだ。
はっきり言って、自業自得だ。まぁ、でも今の一人での冒険者稼業にも慣れたらしく、本人もそこまで気にしていないらしい。方向性の違いというやつだろうか。まぁ、アレンが気にしていないならそれでいいのだろう。
「ちなみに、アランは料理は出来るのか?」
「いえ、出来ませんよ? ・・・あっ」
そう口にした瞬間、しまったと思った。町まで3日。そう、料理ができない以上アレンのカレー料理を3日間食べ続けることが決定したのだから。
「文句は言うなよ」
アレンは悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべるのだった。
アレンが食事をとった後、寝床で寝始めたのを見て、近くの切り株の上に座って、見張りをすることにした。といっても辺りを見渡しても何も起きそうにもない。
私は、思考に耽っていた。思うことは多々ある。冒険者という職業のこと。古代文明という言葉に魔物という生き物のこと。そして、記憶喪失の私の事についてだ。
冒険者、古代文明、魔物という言葉を聴いてふとRPGみたいだなと思った。魔法とかいうものもあるのだろうか。定番で言えば、魔王とかも居て、勇者が魔王と討伐して世界を救ってハッピーエンドってとこだろうか。ありふれたRPGだ。
そんな私は異世界から召喚された勇者かなんかってとこだろうか。はぁ、自分で考えても馬鹿げている。そのようなことあるはずがないって。スーツに革靴の会社員が世界を救う物語ってゲームだとしてもそんなはっちゃけた内容の物があるわけがない。
そうして、ふと自分が昨日とは違うなと思った。そう、昨日時点では革靴、スーツに会社員なんて思い出そうとするだけで激しい鈍痛に襲われていたのだが、今はそのようなことがない。そして、ふっと沸いたように知識が出てくる。さっき自分で思ったRPGやゲーム、異世界や勇者なんて昨日時点では思いつきもしなかったのだから。
自分の住んでいた国は? 日本だ。それも東京都だ。そこで会社員をしていた。両親とは別に暮らしていて、妻と一緒に暮らしていた。
「妻―― 」
そう妻だ。妻の名前は思い出そうとしても思い出せない。
今は妻の事は置いておこう。自分の名前だ。そう私の名前は―― その時、激しい鈍痛が走った。私はその場で蹲って頭を抱える。もしかしたら、自分の記憶喪失も快方しているのかもしれない。
そう思っていたのだが、まだ自分の名前や妻の名前までわからない。どうして、この場にいるのか。記憶を失うまでのその間に何をしていたのかもわからなかった。
だけど、見方を変えれば一晩である程度の知識を思い出したということだ。この調子ならいつの日か完全に思い出すことも夢ではないのかもしれない。
そうして、自分について物思いに耽っているといつの間にか太陽は真上に来ていた。
アレンを起こした後、今朝食べた鍋の残りを二人で片づけて、町を向けて準備をする。といっても、自分の荷物は何もないので、アレンの調理器具や寝床を二人で片付けると直ぐに準備が整った。
「今の現在地から川伝いに下っていくと街道と橋に辿り着く。そこから直ぐにカラエドという町に着く」
「わかりました」
川伝いに道を進む。それから日が暮れる頃。空に茜色の光が差し込む。かれこれ4~5時間は歩いただろうか。革靴では荒れたこの道を進むには適してなく。足にかなりの疲労が溜まっていた。アレンは背に大きな鞄を抱えながら進んでいるのに、その歩みには一切の乱れもない。私はアレンに置いて行かれないように必死に両足に力を込めて先に進んだ。
「待て!!」
その時、アレンが後ろを振り向かずに片手で私に留まることを指示した。いったいなにが起こったのだろうかと道の先を進むと大きな野犬がいるのが遠めに見えた。
彼は背の鞄を大雑把に放り投げると外套の中に手を突っ込んで、相手を見据える。
「あれは、魔狼だ。すぐにこちらに気づく。戦闘は避けられないから俺の背に隠れていろ」
「は、はい」
あれが魔物。遠目には大きな野犬にしか見えない。魔狼はこちらに気づいたのか全速力でこちらに向かってくる。
いや、でかい。近づいてくればその大きさがわかる。予想以上に大きく見える。見た目はシェパードを1.5倍程大きくしたようだ。また、額に小さなひし形の石があるのが見えた。
魔狼が目の前まで来て勢いそのままに犬歯を大きく広げてアレンに飛び掛かってきた。
アレンは外套から手を出して魔狼の体当たりを左に避けてすれ違いざまに撫でるかのように沿った。
「ハッ!」
魔狼の胴体から血飛沫が噴水の様に飛び出し、地面に飛び込む。魔狼はそのまま地面で何度か痙攣をした後に動かなくなった。
アレンは右手に持った刃物を空で一閃すると、こちらを振り向く。
「まさか。魔物が現れるとはなーアランもついてないな」
アレンはなんでもないかのように爽やかな笑顔でこちらに近づいてくる。
「アレンその右手の刃物は・・・」
「ああ、これか少し小さめの片手剣だ。なに、大きいと腰に刺さないといけないし一々、鞘から取り出すのもめんどくさいからな」
アレンは指先から肘くらいの長さの片手剣をその場で弄ぶように見せびらかすと、外套の中に放り込んだ。また、外套から包丁のような物を取り出すと、魔狼に近づいてその頭に包丁を突き刺してひし形の石を取り出す。
「良い機会だから教えるがこれが魔物。そしてこのひし形のものが魔石だ」
「ま、魔物と魔石」
「そうだ。魔物と生物の違いを説明すると、この魔石が体内のどこかにある生物が魔物で、魔石の無い生物は別の野生生物だ」
「どうして、魔狼は私たちに襲い掛かってきたんですか」
「それは、魔物が人類の敵だからさ」
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