エクストラ

EX1 【コミカライズ決定記念】フラムの物語が漫画になるようです

 





 それはある日の、なんてことない午後のこと。

 昼食を終えて、ミルキットの作った料理で心地よい満腹感を得たフラムは、リビングのテーブルに突っ伏しまどろんでいた。

 そんな彼女の前に座るインクは、なにやら本を読んでいる。


 エターナの作った義眼により視力を取り戻したインクの好奇心は留まることを知らない。

 驚くほどの速さで文字の読み書きをマスターし、暇さえあればコンシリアを散歩してみたり、家にある本を片っ端から読みふけったり――と、とにかく活動的だった。


 だから、インクが本を読んでいるという状況自体はそう珍しいものではないのだが、その表紙を見てフラムは首をかしげる。

 書かれているのは、どこかで見たことがある二人の少女の絵だった。

 フラムが目を凝らして背表紙の文字を読み取ると、そこには――


「『「お前ごときが魔王に勝てると思うな」と勇者パーティを追放されたので王都で気ままに暮らしたい』……? タイトル長っ」


 思わず突っ込んでしまった。

 するとその声に反応して、インクが顔を上げる。


「あれ、フラム起きてたんだ。おはよ」

「うん、おはよ……って、私寝てた?」

「寝てたよぉ、もう二時だもん」

「一時間経っちゃってたんだ……」


 覚醒と睡眠の間でうつらうつらとしているだけのつもりだったのだが、いつの間にか熟睡していたらしい。

 今日は休みなので、特に時間を気にする必要も無いのだが、『気づいたら夕方だった』という事態にならなかっただけマシだろう。


「ミルキットは?」


 フラムは部屋を見回しながら言った。


「洗濯物取り込んでる。もうちょっとしたら買い物行くって言ってたよ」

「そっか、じゃあ寝てる場合じゃないね」

「一緒にいくの?」

「もちろん」

「実質デートだ」

「そりゃデートだよ」


 そう言って、フラムはにかっと笑った。


「いいなー、フラムとミルキットは毎日のようにいちゃいちゃしてて」

「新婚夫婦ですからー」

「新婚じゃなくたって前からだよ。ひと目もはばからずに抱き合うしキスはするし……」

「……そ、それは」


 フラムは目をそらし、赤面する。

 そんな彼女に、インクは呆れた表情で言った。


「なんで赤くなってんの、あんだけ堂々とやっておいて。フラムに恥じらいという感情が存在することに驚きだよ」

「言い過ぎだって! それに、あれでも一応遠慮してるというか……」

「遠慮してたの!?」


 遠慮しなかったらどこまで行ってしまうのか。

 インクは別に知りたいとは思わなかった。

 むしろ知らないほうがいいと思った。


「でもエターナさんとインクも付き合い始めたんでしょ?」

「うん……一応」

「じゃあいちゃいちゃできるんじゃない?」

「んー、エターナがそういうの苦手っていうか。今だって研究に集中してるから一緒にいれないっていうし」

「前は、研究中でも一緒にいなかった?」

「いたよ。でも今のインクとは集中できないって言われた」

「なんで?」

「……あたしが一緒にいると、胸がざわざわして落ち着かないんだって」


 口をとがらせ不満げな表情ながらも、インクの頬がぽっと赤らんだ。

 強引にでも一緒にいたい。

 しかしそういう言い方をされると、無理を通せなくなってしまう。


「卑怯だよね。恋人っぽい言い方したら、私をあしらえると思ってさぁ」


 愚痴るインクは、しかしどこか嬉しそうだ。

 フラムの頬が思わず緩む。


「なに、その顔」

「いやぁ、恋人してるなぁと思って」

「そ、そうかなぁ……あんまり実感ないけど。あたしとしては、スキンシップ取ってくれたほうが嬉しいし」

「だけど、研究のとき以外はちゃんと相手してくれるんでしょ?」

「まあ……エターナは恥ずかしがり屋だから、フラムたちほどじゃないけど、頑張ればキスぐらいはしてくれる」


 インクはそう言って、指先で唇に触れた。

 感触でも思い出しているのだろうか。

 その表情は、恋する乙女そのものである。


「というかさ、なんかさっきじろじろ見てたよね。他に聞きたいことあったんじゃないの?」


 恥ずかしさからか、露骨に話題を変えるインク。

 だが事実、フラムが彼女に聞きたいのはそのことではない。


「そうそう、その本どうしたのかなーと思って。やたらタイトルが長いけど……」

「ああ、これはこの前エターナが買ってきたんだ。コンシリアで流行ってるんだって」

「エターナさんが流行に乗るのって珍しくない?」

「あたしもそれは思ったけど、内容を見て納得した」


 インクは本を開いたまま、フラムのほうに見せた。

 そこに記されているのは文字ではなく、絵だ。


「画集? いや、でもセリフみたいなのも書いてある……」

「マンガっていうんだって。オリジンに滅ぼされる前――いわゆる旧人類・・・の時代に作られた技法を再現してるんだとか」

「遺跡調査で発見されたってこと?」

「うん、こんぴゅーた……だっけ。そういう装置の中に残ってたんだって」


 コンピュータという言葉に、フラムは茶谷のことを思い出す。

 以前から旧人類時代の遺跡研究は進んでいたが、最近は残された装置に記録されいてるという“データ”の回収も進んでいる。

 “マンガ”も、その中にあったものなのだろう。

 もっとも、危険な技術が漏洩することを警戒してか、全てのデータが開示されることはない。

 まずは王国の研究機関が内容を精査するのだという。

 その仕組が出来た背景には、ジーンのある提案が絡んでいるらしいが、フラムにとっては心底どうでもいいことである。


「へえ、マンガかぁ。旧人類の遺産って聞くとみんな飛びつきそうだよね」

「そういう言葉に弱い人が多いからねぇ。まあ、エターナが買ってきたのは、このお話の主役がフラムとミルキットだからなんだけどね」

「そっか、私とミルキットが……ん?」


 首をかしげるフラム。

 その状態のまま、マンガの絵を凝視した。

 そしてあるコマに小さく描かれた、顔を包帯で覆った少女を指さして声をあげる。


「あー! ほんとだ、これミルキットだ!」

「なんでそっちに先に反応するの? ほら、ここにフラムが大きく描かれてるから!」

「どこに?」

「これこれ」


 インクが指さした場所に印刷されているのは、やけに凛々しい少女の姿。

 確かに髪型はフラムに近いが――


「またまたぁ、私はこんなかっこいい顔してないよ? もっとふにゃーってしてるよ?」

「それはそうだけど、このお話の主人公はフラムだよ? 王国に伝わる伝承をもとに、フラムとオリジンの戦いを描いた超大作! だから」

「ええぇ……さすがに美化されすぎだって」


 あのオリジンを倒したということで、フラムはそういうイメージを抱かれがちだ。

 だが、毎朝鏡で自分の顔を見ている彼女は知っている。

 自分がそんなにかっこいい顔をしていないことを。

 特にミルキットの前だと、だらしない顔をしている自覚がある。


「それとさ、なんで私が主役なのに、私に無断で本になってるの……?」

「そんなこと言い出したら、フラム関連の本なんて本屋に腐るほど並んでるよ」

「私に関する根も葉もない噂が流れてるのはそのせいかー! 街をキリルちゃんと歩いてたら、いきなり近づいてきた女の子が『キリルさんが愛人って本当だったんですね!』って声をかけてきてびっくりしたけどそのせいだったのかー!」

「有名税だね」

「望んでないよぉー!」


 フラムの虚しい叫びがこだまする。

 それに導かれるように、洗濯物を取り込み終えたミルキットが顔を出す。


「あ、ご主人様起きたんですね。おはようございますっ」


 目を覚ました主を見るだけで、声が軽く跳ねるミルキット。


「ん、おはようミルキット」


 近づいてきた妻の頬に自然と手を伸ばすフラム。

 そのまま二人は軽く唇を重ねた。


「これのどこに恥じらいが……」


 あまりに手慣れた動きであった。

 いつかエターナともそういうことができるように――と妄想しかけたインクだったが、すぐに諦める。

 あまりにありえない光景だったからだ。

 二人には二人なりの関係の深め方がある。


「それでご主人様、先ほどの声はなんだったんですか?」

「インク、それミルキットにも見せてあげてよ」

「わかった。さっきフラムが叫んだのは、この本を見てたからなんだけどね」


 差し出された本を手に取るミルキット。

 そして彼女はすぐさま驚いた表情を見せた。


「うわぁ。この絵、ご主人様にそっくりです!」

「そんな馬鹿な!?」


 思わずのけぞるフラム。


「こ、これ、私に似てる? このやたらかっこいい女の子が?」

「はい、ご主人様にしか見えません。ああ、でも少し足りないかもしれません」

「なにが足りない……?」

「かっこよさです! だってご主人様は、いつだって世界で一番かっこいいじゃないですか。偉そうなことを言うようですが……それを表すには、この絵では少し足りないと思うんです」


 ミルキットは満面の笑みで、一切迷うことなく言い切った。

 その笑顔は、キラキラと輝いているように見える。


「なんだか今のミルキットに言われると、本当に自分があんな顔をしてるような気がしてきた……」

「はいこれ、手鏡」

「やっぱ違うわ」


 インクから受け取った手鏡を見て、フラムはすぐに現実を知る。


「なにを言ってるんですかご主人様。そんなにかっこいい顔で、いつだって私をどきどきさせてるのに」

「さすがにそこまで自分の顔に自信は持てないって……ミルキットの絵はそっくりだと思うけど」

「それこそ美化しすぎです。この頃の私は、もっと汚らしい姿をしていたと思います」

「そんなことないよ。このページ見てみてよ、ミルキットそっくり! もちろん実物のほうがずっとかわいいけどね」

「ご主人様ぁ……どう見ても違うじゃないですか、ご主人様は本当によく似ていますが」

「いいやミルキットのほうが!」

「いいえ、ご主人様のほうが――」


 徐々に二人の言い争いはヒートアップしている。

 そのとき、完全に蚊帳の外になったインクは気づく。


「これはまさか――高度なのろけなのでは?」


 事実、今の新婚状態の二人は、あらゆる状況、物体を自分たちの惚気のための道具に変えてしまうだけの力を有していた。

 それはフラムの持つ“反転”の力よりも恐ろしいものかもしれない。


「なんでわからないんですか、ご主人様はこんなにかっこいいのに……」

「ミルキットこそ、自分のかわいさをもっと認めるべきだと思う」

「そんな風に言ってくれるのはご主人様だけです」

「私だってそんなにかっこいいって言われたことないよ」


 ようやく言い合いが収まったかと思えば、二人は黙り込んで見つめ合いはじめる。

 次第に部屋が甘い空気に満たされていく。


「そんな馬鹿な……部屋が桃色に!?」


 部屋の空気がピンクに色づいていくという恐るべき現象に、インクは戦慄する。

 もちろんただの錯覚だが。


「ご主人様……」

「ミルキット……」


 そして予定調和のように二人の顔が近づくと――これまたお約束のように、いつの間にか部屋に入っていたエターナがぼやいた。


「またやってる」

「エターナ!」


 完全なるアウェイに現れた味方に、インクはすがるように抱きついた。

 恋人としてのスキンシップに慣れないエターナは「う……」と小さくうめき一瞬戸惑ったが、紅潮しながらもその頭を撫でる。


「エターナさん、研究は終わったんですか?」

「一段落したからインクに会いにきた。そしたらフラムとミルキットが淫猥な行為に及んでた」

「そんなことしてませんから! ちょっと見つめ合ってただけです!」

「どちらにしろインクの教育に悪い」

「実を言うと、あたしは参考にしようと思ってたんだけど……」

「だからこそ教育に悪い」


 顔を上げたインクの額を、エターナの指が小突く。

 インクは「いたーい」と声をあげたが、口元は笑っていた。

 その後、エターナはテーブルの上に置かれた本を発見する。


「なるほど、その本の話をしてたんだ」


 彼女はインクを抱きしめたまま、開かれたページを見て「ふっ」と軽く噴き出すように笑った。


「ご主人様が活躍する本が出てることは聞いていますが、こんな形式の本も出ていたんですね」

「話題になってたし、フラムの顔がやけに整ってておもしろそうだから買ってきた」

「やっぱり、買ってきたのは私をからかうためだったんですね!?」


 頬を膨らませ抗議するフラム。

 だがエターナは悪びれもしない。

 むしろ呆れた様子で――


「でもまさかこの本までミルキットとじゃれる口実にするとは思わなかった」


 と目を細めて言った。


「口実ではなく、自然にですね……」

「そっちのほうがたちが悪い」

「うぐ……でも、あれですね、勝手に本にされてるのに、私になにも入ってこないってのはちょっと釈然としないです」

「それはイーラも問題視してた」


 エターナは研究者として、王城に出向くことも少なくはない。

 そこに通ううちに、雑談を交わす程度の関係にはなったようだ。


「イーラが……なんだかんだ言って面倒見いいですよね。まあ、基本は性格悪いですけど」

「性格が悪いというか、良くも悪くも適応力が高いって感じじゃないかなー」

「砂漠の中心に放り出しても生き延びそうではある」

「ああ、そんな感じはしますね……」


 とにかくイーラはタフなのだ。

 でなければ、あの惨劇を乗り越えて今日まで生き延びた上、王妃の地位を手に入れはしていないだろう。

 王妃になってからも、最初こそ貴族の腹黒さに翻弄されていたようだが、今ではすっかり慣れて、むしろ手玉に取っているらしい。

 恐ろしい話である。


「だから、今後はフラムたちが登場する作品は、収益の一部を税として徴収して――」

「私たちがもらえるんですか?」

「フラムをイメージしたモニュメントや記念館の建造の整備に利用される」

「ぜんぜん嬉しくないんですけど!?」


 三度叫ぶフラム。

 本になるのですらあまり嬉しくはないのに、モニュメントなど作られた日には、もう恥ずかしくて公衆の面前でミルキットとキスなどできなくなってしまう。


「えっ、というかそれ本当にですか? 本当に私の記念館とか作られようとしてるんですか!?」

「むしろ今まで無かったのが不思議なぐらいだと思います。ご主人様は、それだけ立派なことを成したのですから」

「ミルキットの言う通りだよね。国をあげて結婚式するぐらいの英雄なんだから、祀られるのは仕方ないよ」

「じきにフラム教とか出来て、道を歩くだけで拝まれるようになると思う」

「そ、そんな……」


 フラムの脳内に、嫌な想像が渦巻く。

 最後のエターナは言い過ぎだとしても、実際、フラムに内緒で銅像の建設はすでに始まっていたりする。

 記念館はすでに予算の確保が始まっているし、記念館で販売予定の『裏表どちらも使える! 英雄フラムのリヴァーサルシャツ』などのグッズ展開も着々と準備が進んでいた。

 さらに故郷であるパトリアにも王国から予算が拠出され、英雄の故郷を旅するツアーなどが計画されているという。

 ――だが、それらをフラムが知るのは、全てが始まったあとである。

 なにせ、良かれと思ってサプライズ発表するために、彼女には伏せた状態で進められているのだから。


「私はここで気ままに暮らしたいだけなのにぃー!」


 四度、フラムの叫びがこだまする。

 平穏を望んでも、周囲がそれを放っておいてはくれない。

 どんなに彼女がありふれた日常を望んで戦い続けてきたとしても、残した結果は、“神を滅ぼし世界を救った”という偉大すぎるものなのだから。

 それに――なんだかんだ言って、今だってオリジンと戦っている頃とは比べ物にならないほど、穏やかな毎日が続いている。




 ◇◇◇




 その後、フラムはミルキットと買い物に向かった。

 手をつないで歩く、いつもの大通り。

 やけに割り引いてくれる店主たちに恐縮しながらも、フラムはミルキットの様子が微かにおかしなことに気づいていた。

 思えば、家を出る前からちょっとだけ、機嫌が悪いようだった。

 基本的に、そういうマイナス方面の感情をフラムの前で表に出すことはないミルキットだが、やはり全てを隠すことはできない。

 これだけ一緒にいたら、隠しているつもりでもフラムには見抜かれてしまう。


 帰宅しても、まだ外は明るく、日も傾いていない。

 夕食までは時間があるので、フラムはミルキットとともに、二人きりで部屋に向かった。

 一応言っておくと、別になにかしようというわけではない。

 ただ、誰も居ない場所で彼女の悩みを聞きたかっただけだ。


「ねえミルキット」


 肩を寄せあいベッドの縁に座るのは、二人の習慣のようなものだった。

 触れ合う二の腕。

 布越しに感じる体温が、愛おしい。

 ミルキットの顔の包帯は解かれベッドの上に置かれており、至近距離で見る妻の物憂げな横顔は、ため息が出るほど美しかった。


「さっきからどうしたの、なにか気になることでもあった?」

「それは……」


 うつむきがちに口ごもるミルキット。

 その仕草は、『なにかある』と言っているようなものだ。

 主の表情からバレていることに気づいたのか、ミルキットはその“悩み”を口にする。


「……ご主人様は、かっこいいです」


 すねたように唇を尖らせて、彼女はそう言った。

 こてん、と傾くフラムの頭。


「ご主人様は、かっこいいんです。世界で、一番。誰がどう言おうと……」


 繰り返される言葉。

 そこまで聞いて、フラムは「あー」とミルキットがなにを言いたいのか気づく。


「もしかして、エターナさんまで否定したのが嫌だったの?」


 こくこく、と二度頷くミルキット。

 要するに、あの漫画のフラムが実物と違う――そう言われるのが納得いかなかったらしい。

 思わず微笑んでしまうほど可愛らしい悩みだが、ミルキットは本気も本気である。


「だって、誰よりかっこいいじゃないですか。本物は……あの本に描かれてた、最初に出会ったときのご主人様は、本当に、もっと、もっとかっこよくて……!」

「そっか……うん、そうだったのかもね」


 茶化しも否定も必要ない。

 少なくともフラムは、そのときの自分の顔を見たことがないのだから。

 実は本当に、あれぐらいかっこいい顔をしていたのかもしれない。


「全部です。私にとっての“かっこいい”は、ご主人様が全てなんです……! だから、だから……」

「今の気の抜けた私も、かっこいい?」

「はいっ! 変わりません、ずっと。私に寄り添ってくれるご主人様は、全部かっこよくて……あと、最近はちょっと、かわいいと感じることも増えてきましたが」

「ふふ、そっかー、私はかっこよくてかわいいかー」


 フラムは深く考えないことにした。

 ミルキットが、自分のことをそう見てくれている――それは素直に嬉しいことなのだから。

 だから喜び、笑う。

 するとミルキットの表情も明るくなった。


「ありがとね。でも一応言っとくけど、私も本当に、ミルキットのことすっごく、めちゃくちゃ、とんでもなくかわいいと思ってるからね? あと最近は美人さん要素も強くなってきた」

「え……えっと……はい、ありがとうございます。もっとご主人様好みになれるように、頑張りますっ」


 ぐっと両拳を握って、決意表明するミルキット。

 そして二人は笑った。

 悩みがなくなれば、その場にはただただ幸せが存在するだけなのだから。

 そしてまた自然と、フラムの手がミルキットの頬に伸びる。

 今度は耳をくすぐるように、指先で撫でた。


「やぁ……ん……ふ、ぁ……ご主人、さま……っ」


 くすぐったさに、色っぽい声で反応するミルキット。

 与えられる、苺のような強すぎない甘い感触。

 しかし続けられると、彼女も我慢できなくなる。

 慈しむように優しく微笑むフラムの胸に、押し倒すようにミルキットはなだれ込んだ。

 フラムも抵抗はしない。

 なすがまま背中からベッドに倒れ込み、下からミルキットの顔を見上げる。


「ご主人様……んっ、ふ……」


 すぐさまキスが降ってきた。

 触れる唇は少し熱っぽく、興奮からか鼻息も微かに荒い。


「私だけでも……いいですっ。んふっ、ふ、はぁ……いいえ、むしろ、私だけのほうが……ご主人様のこと、かっこいいと思うのは……っ」


 いつもは隠れている“独占欲”も、こういうときだけは顔を出す。


「はふっ、ん、ふうぅ……んちゅ、ちゅぅ……」


 最初は触れるだけだった口づけ。

 だがミルキットの唇は少し開いている。

 フラムを見つめる熱っぽい視線、そして指先で耳元の髪をかきあげるような仕草も、すべてが“いざないい”であることは、考えるまでもない。

 欲されている。

 かつては欲望の所在すら知らなかった少女が、今日も昨夜のように狂おしく自分を求めている。

 まだ外は明るいというのに、我慢できないほど強い衝動で。

 それに応えるように、フラムの腕がミルキットの背中に回され、今度は先ほどより強く唇を押し付けあい、そして――




 ◇◇◇




 その日、夕食の準備が始まったのは、いつもより少しだけ遅い時間だった。

 例のごとくインクには茶化されたが、そういったこと・・・・・・・に関して、近頃エターナが口をだすことはあまりない。

 自分も近い内に当事者になるかもしれない――そう考えているからだろうか。


「ただいまー!」


 四人で手分けして夕食の準備を進めていると、玄関のほうからキリルの声が聞こえてきた。

 ケーキ屋の仕事が終わり、帰ってきたようだ。

 彼女を迎えるのは、もっぱらフラムの役目だった。


「おかえり、キリルちゃん」


 そう言って、キリルの手荷物を受け取るフラム。


「ありがと、フラム」

「今日は一段と疲れた顔してるね」

「お客さんが多かったんだ。景気はいいけど、これが毎日続いたら体がもたないかもしれない」

「いっそブレイブ使って接客しちゃったら?」

「あはは、翌日が休みならそれでもいいかもね」


 下らない冗談を交えながら、リビングに向かう二人。

 椅子に座るなり、ぐったりとテーブルに突っ伏したキリルは、そこに置かれた本の存在に気づいた。


「これってもしかして……」


 ケーキ屋という職業柄、噂話や流行は嫌でも耳に入ってくる。

 以前から、フラムが活躍する創作物の存在自体は聞いていたし、漫画という形式で発表された作品が話題になっているのも知っている。

 だが、実物を手にするのは初めてだった。


「ああ、それね。エターナさんが私をからかうために買ってきたんだって」

「でもフラムとミルキットのラブの前に、エターナの謀略は虚しく敗北したんだよねー」


 インクの言葉に頷くエターナ。

 その様子を見て、思わず笑うミルキット。

 キリルは話を聞きながら、何気なくページをめくる。

 そして一言。


「うわ、この絵すっごくかっこいいね。本物のフラムそっくりだ」


 そんなキリルの発言によって、またミルキットがすねて一悶着あるのだが――それはまた、別の話である。











◆◆◆


 というわけで、WEB雑誌コミックライド1月号(12月27日配信予定)より連載開始です。

 書いてくださるのは南方純先生です。

 twitterのほうには扉絵なんかも公開してます、よろしくお願いします。

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