閑話4-4 君は優しくて残酷な聖女
魔族は温厚な種族だ。
だが、悪意が存在しないわけではないのだ。
犯罪を犯す者も少ないながらいるし、心理状態によってはひどく残酷な行為に手を染めることもある。
あるいは、優しいからこそ、大切な人を傷つけられたときの怒りは、人間のそれよりも強烈かもしれない。
つまり――ネイガスは今、静かに激怒していた。
空を飛び大聖堂を目指す彼女だが、完全に目が据わっている。
邪魔する愚か者がいたのなら、即座に殺そうとするだろう。
セーラはそれを望まない?
そんなものは関係ない、そのセーラを狙って爆発物を仕掛けた連中を、どうして五体満足で帰せようか。
もっとも、今のネイガスが纏う殺気を肌で感じて、攻撃を仕掛けてくる阿呆などいるはずも――
「ひやっはぁーッ! ようやくオレの出番が来たなぁ!」
――居た。
おそらくは神の血脈の一員、しかし魔族ではない。
人間の、それも装備からして上位の冒険者だろう。
男は上空から落下し、彼女に迫る。
「食らえ、エアロメテオライト・イリーガルフォーミュラッ!」
そして風の球体を作り出すと、彼女に投げつけた。
「オレの魔法は魔族直伝だ、いくら三魔将でも無傷じゃいられねぇ!」
冒険者ランクはおそらくS。
装備も上等で、エアロメテオライトの規模からして魔力は二万オーバーといったところだろうか。
なるほど確かに、ネイガスでも油断できる相手ではない。
しかし彼は理解していない。
怒りが彼女に与える力の大きさを。
「クロース・オブ・ジ・ダークネスウィンド」
会話は必要ない。
ネイガスは淡々と魔法を発動させ、全身に黒い風を纏った。
彼女の周囲で緩やかに渦巻く空気の流れは、意識することによって右足の周囲に集中する。
今のネイガスの役どころは、セーラの秘書兼ボディガードといったところだ。
彼女に護衛が必要かどうかはさておき、そうなると以前のように、大規模な魔法を好きにぶっ放しているわけにもいかない。
元より細かな魔法の扱いは得意なほうではあるが、それは対人用として特化されているわけではなかった。
そこで彼女は、新たなバトルスタイルを習得することにしたのだ。
全身に魔法で黒い風を纏い、人間よりも高い魔族の身体能力を活かし、互いの相乗効果により範囲は局所的ながら、確実性と威力を向上させる――
「はああぁぁぁぁッ!」
ネイガスは、男が放った風の球体を
膨大な量の魔力の塊は射出時以上の速さで、彼目掛けて飛んでいく。
「んなっ、なんだよそれはっ!?」
男の動きは素早く、それは彼を追い詰めるにはいたらなかった。
が、相当なインパクトは与えられたはずだ。
「さすが、魔族は一筋縄じゃいかないって感じ――」
言葉に耳は傾けない。
ただ殺すことだけを考える。
ネイガスは風を背中に集中させた。
まるで翼のように大気がうねる。
そしてその風が勢いよく吹き出すと、彼女の体は男目掛けて射出される。
「シィッ!」
息を吐き出しながら、顔面狙って突き出される旋風の拳。
男は「ぬおっ!?」と驚きながら、首を傾け回避する。
だが頬には風刃による裂傷が刻まれ、紅い雫が宙に舞った。
追撃が来るか――と体をこわばらせる男だが、ネイガスの体はそのまま勢いを緩めつつも離れていく。
「なるほどな、制御を犠牲にスピードに特化させたわけか。だが隙だらけだぜ、もらったぁっ!」
魔法を放とうと両手を前に突き出す男。
彼の言葉を聞いて、ネイガスは――『ああ、こいつはとびきりの阿呆だ』と心底軽蔑した。
確実に仕留める自信があるから仕掛けたのだ。
まさかこの男は、自分がネイガスに勝利した上で生きて逃げられるとでも思っているのだろうか。
彼女はセーラを迎えにいかなければならない。
それを邪魔しておいて、生きて帰るだなんて、赤子にだって本能的に無理だと悟れそうなものを。
風量調整。
右翼の出力をあげ、左翼の出力を下げることで、体を急速反転。
敵のほうを向くと同時に
先ほどを遥かに凌駕する速度で、魔法を放とうと間抜けにも両手を前に突き出した男へと、真正面から突っ込んでいく。
「なっ――!」
男の顔が驚愕に歪む。
とっさに攻撃魔法から防御魔法に切り替えたようだが、接触までに発動は間に合わず。
ネイガスは衝突直前、加速に利用していた風を体の前面に移し、突進の威力を高めた。
ゴキャァッ!
男の
「ぐ……う、が……!」
ジ……ジジッ……バヂイィィッ!
二人の風の魔力がせめぎあい、激しく雷光が散る。
突進の勢いは死んでおらず、彼女らの体は地面に向かって急降下していた。
男は痛みに歯を食いしばり、ネイガスは相変わらず無言で、まばたきすらせずに彼を凝視する。
地上が近づいてもその狂的なほどの殺意が緩むことはなく、逃げられなかった男は、背中から通りの石畳に叩きつけられた。
「が、はっ……!」
いきなり人が二人も落ちてきたのだ、その場に居合わせた人々はさらに混乱し、逃げ惑う。
男の腕は風に巻き込まれすでにちぎれかけ。
体は、風のクッションで多少は衝撃を和らげたものの、背骨に異常が生じたのか下半身に力が入らない。
同時に頭もぶつけ、目眩がして視界が霞んでいる。
先ほどまでの自信はなんだったのか、男はすでに“戦闘不能”と言ってもいい状況にまで追い込まれていた。
「すうぅ……」
ネイガスは黒い風を右腕に集中させ、振り上げ、息を吸った。
その手刀を振り下ろせば、その指先が心臓を破壊したのち、旋風が男の体をズタズタに引き裂きミンチにするだろう。
彼にはもはや抵抗するだけの力も残っていない。
そもそも――キマイラの力も借りずに、ネイガスに喧嘩を打った時点で無謀だったのだ。
もっとも彼は魔族ではないので、キマイラとの適合資格がその時点で無いという理由はあるのだが、だったら別の役目を果たせばよかったはずだ。
男があえて魔族にとっての重要人物であるネイガスを狙うのに固執したのは、彼が自身を過大評価したからに他ならない。
やはり死因は“阿呆だったから”以外の何物でもなく、テロリストに加担している時点で、ネイガスはもちろんのこと他の誰に殺されても文句は言えない状況であった。
しかし――彼は、笑っていた。
にたりと、悪人特有の気味が悪い、ねっとりとした表情で。
「オレを殺したら……たぶん、後悔するぜ?」
「後悔? そんなものないわ、私にあるのは虫を駆除した喜びだけ」
「魔法を道具に封じ込める場合、一般的には宝石を使うだろう? あれは宝石と魔力との相性がいいからだ。染み込みやすく、なおかつ大容量なんだよ」
「授業でもするつもり? 興味ないわ、殺すわね」
「おおっと、待てって。オレが言いたいのはな、宝石よりもっと魔法を封じるのに適した道具があるってことだ。わかるか? それが人体だ。人間の体に爆発魔法を仕込めば、火薬を腰に巻くよりずっと簡単に、高威力の人間爆弾が完成するってわけよ」
そこでネイガスは気づいた。
これは脅しだ。
自分を殺せば、そいつらを起爆させると言っているのだ。
「そんなのが、コンシリアに何十人と紛れ込んでる。一部だが、そいつらの起爆許可を出す権限をオレが持ってるんだ」
「それ、別にあんたがどうだろうと関係ないじゃない。適当に人がたくさんいる場所に行って、爆発すればいいだけだわ」
「いいや違う、許可を出せるのはオレだけだ。コンシリア上空から様子を見て、
ネイガスは『だったらどうして自分に攻撃をしかけてきたのか』と尋ねようとしたが、寸前でやめた。
こいつは阿呆だ、だったら理由には心当たりがある。
喋り方、行動から見るに、おそらく男は自分のことを特別だと思いこんでいる。
彼の人生の主役が彼であることを否定はしないが、しかし、他人を巻き込んだ物語の主役が自分だと、そう考えて酔っているのだ。
だから目の前に現れた強大な敵に、攻撃を仕掛けられずにはいられなかった。
ネイガスは大きくため息をつくと、立って男の体の上から退いた。
彼はほっと息をつくと、ふらふらと、手を使いながらどうにか立ち上がる。
「利口な選択だな、ネイガス。オレもできればこんな卑怯な手は使いたくはなかった。だが、まだまだ死ぬわけにはいかねえんだよ」
そんな言葉はネイガスの耳には届いていない。
彼女は体の向きを変えながら、なぜか鼻を鳴らし、匂いを嗅いでいる。
「ここはあんたの勝ちだ、一旦退かせてもらう。だがオレは必ず戻ってきて、あんたを倒した上で爆弾を起動させる。そのときにまでに、せいぜい対処法でも考えておくんだな」
おぼつかない足取りでその場から逃げようとする男。
一方のネイガスは、彼をちらりと横目でみると、人差し指をくいっと曲げた。
すると、近くの人混みがざわつく。
その声に釣られてそちらを見た男は、繰り広げられる光景を見て眉間にシワを寄せた。
「人間が……浮いてる、だと?」
そう、ネイガスの魔法により、一般人がふわりと空中三メートルほどまで浮き上がっていたのだ。
続けて次々と、まるで無作為に選ばれたように、色んな場所で人間が浮遊していく。
その数は、ざっと見た限りでも三十を越えている。
「一つ尋ねるわ。まあ、悪趣味なあなたたちのことだから、
「できないことに価値がある。不可逆だからこそ、その覚悟は輝くんだ! それにな、仮に方法があったとして、それを望むようなやつがいると思うか? 誰もが、オリジン様のために命を捧げる覚悟で今日という聖戦の日を迎えた!」
「そう、だったら心配いらないわね。みんな仲良く、一緒に逝きなさい」
「……へ?」
ぽかん、と首をかしげる男へ向かって、浮き上がった人々が飛来する。
彼らは全員が人間爆弾だ。
それが飛んでくるのだから、もはや人間ミサイルとでも言ったほうがイメージしやすいかもしれない。
ネイガスがなぜ人混みの中から彼らを見つけ出せたかというと、魔力がダダ漏れだったからだ。
火薬を超えるほどの爆発魔法、それを人体に仕込めば、当然のように普通の人間との違いが出てくるわけである。
特に感覚の鋭い魔族なら、何百人、何千人という人混みの中からも、簡単に見つけ出すことができるだろう。
「ま……待て、まさか、そんな残酷なことを……っ」
「するわよ。だってあなたたち、セーラちゃんに手を出したじゃない」
単純明快、だがこれ以上にない理由だ。
ミサイルが男を押しつぶす。
それだけでも死ぬには十分だが、直後、ネイガスが注いだ魔力によって魔法が発動した。
数十個の爆弾が一斉に炸裂し、焦げた肉片を飛び散らせながら、盛大に炎をあげる。
もちろん、爆風や飛沫が被害を及ぼさないよう、ネイガスが風のシールドで民衆を守った。
しかし見ている彼らは、あまりに凄惨な光景に、誰もが言葉を失っていた。
煙が晴れる。
そこにはえぐれて焦げた地面以外、なにも――死体すら残っていなかった。
害虫が何十匹か死んだところで、感傷的になるほどネイガスは優しくない。
そのまま無言で飛び上がり、また大聖堂へ向かおうとしたが、半端な高度で彼女は止まった。
ぶんぶんとこちらに向かって手を振る、世界一キュートな、白いローブで金髪の超絶美少女を見つけてしまったのである。
さっきまでの冷淡さはどこへやら、ネイガスの表情はすぐにでれっと緩み、彼女――セーラに向かって突進するように抱きつく。
「セーラちゃあぁぁぁぁあんっ! 無事だったのね! よかった、本当によかったわぁ……!」
「苦しいっすよぉ、ネイガス。おらがそんな簡単にやられるわけないじゃないっすか」
「だってだってぇ、大聖堂の爆発が、どう見てもセーラちゃんの執務室の近くだったからぁっ」
「それはそうっすね。おらの目の前で爆発したっすから」
それを聞いてネイガスは「はっ」と目を見開き、一旦体を離すと、セーラの肩に手を置いて全身を舐めるように観察した。
「大丈夫? 怪我はない!?」
「咄嗟にシールドで防いだから平気っす」
「よかったぁぁぁあああっ! さすがセーラちゃん! さすが私のお嫁さーん!」
「それは気が早いっすよぉ……んへへ」
そしてまた抱きつくネイガス。
今度は熱烈なキスもセットだ。
唇、頬、額、耳――とにかくお構いなしにちゅうちゅうと唇を押し付ける。
いつもならセーラも怒るところだが、今ばっかりは微笑みながら許していた。
「……あれ? 待ってよセーラちゃん、目の前で爆発したってことは……犯人は、協会の人間?」
「そうっすね、かなり近い立場の人だったっす。昔は信心深かったと聞いてはいたっすけど、最近はそんな様子なかったんで油断してたっす。まさか神の血脈の一員になってたとは……」
セーラの表情が曇る。
おそらくはネイガスも知る人物だろう。
確かにオリジンへの信仰心が厚い女性だったが、最近は協会としての活動を熱心に行っていたはずなのだが。
本心は、仕事中のやり取りだけではわからないものである。
「そうだネイガス、さっきの爆発音、もしかしてキマイラと戦ってたんすか?」
「いえ、違うわ。頭の悪い冒険者が襲いかかってきただけよ」
「そうっすか……」
「キマイラの目撃情報があるのね」
「そうっす。しかも、魔族と融合して、かなり強い力を持ってるとか」
「フラムがいない間を狙って、あいつらも一世一代の勝負をかけてきたってことね。さっき戦ってた男が言ってたけど、大聖堂を襲ったのと同じように、体を爆弾に変えた人間が何人もコンシリアに紛れ込んでるらしいわ。ちなみに、元には戻せないし、戻りたくもないそうよ」
「馬鹿げてるっす。もうオリジンはいないんすから、そこまでする必要ないんすよ……」
だが、仮にセーラがそう説得したところで、神の血脈に参加した人間たちは、『異教徒にはわからない』だとか、『恵まれた人間が知ったふうな口をきくな』と難癖をつけては突っぱねてしまうだろう。
「幸い、私にはここで区別がつくわ」
ネイガスは自分の鼻のてっぺんを指さして言った。
「これから空の上から見ながら処理しようと思う」
「平気っすか? 気分は悪くなったりしないっすか?」
「こういうのは私の役目なんだから、心配せずにセーラちゃんはセーラちゃんのできることをしなさい」
「……わかったっす。じゃあ、そっちは任せるっすね。おらはこの混乱で出た怪我人の治療に専念するっす」
二人はそう言うと、今度はお互いに顔を近づけ唇を重ね、その場で分かれようとした。
しかしそのとき――キリルの前に現れたときと同様に、地面を突き破って化物が姿を現す。
ネイガスはセーラを片手で抱き寄せると、飛び散る砕けた石畳の破片を風で防いだ。
そして二体のキマイラをにらみつける。
今度はどちらも獅子型だ。
その頭の上から、屈強な魔族の男の上半身が生えている。
彼らは腕を組み、そっくりな顔でネイガスとセーラを見下ろした。
「双子……?」
「そこはどうでもいいっす。どうやらこれが聞いていたキマイラみたいっすね」
「どうする? 話でもしてみる?」
「キマイラを利用するやつなんて問答無用っす。ネイガス、あれやるっすよ」
「りょーかいっ」
キマイラたちはまだ攻撃を仕掛けてくる様子はない。
殺す気なら、さっさとかかってくればいいものを、まさか戦いの前の口上でも用意しているのだろうか。
だとしたら、先ほどの男と同程度の阿呆だ。
テロリストの、それもキマイラなどの力を借りた連中の言葉など、聞くだけで耳が腐る。
できれば不快な文言を聞かされる前に、とっとと戦いを終わらせてしまいたかった。
そしてそのための方法を、ネイガスとセーラは知っている。
セーラの信条からして、いくら相手がテロリストと言えど、殺さずに済むのならそうしたい。
そのための手段を、彼女はフラムの治療を経て会得していた。
ネイガスがセーラの小さな体を抱きしめる。
触れた肌から、セーラのほうに魔力が流し込まれた。
彼女は両手を前に突き出し、標的を前方の二体に定める。
狙いは確実でなければならない。
この魔法はまだ完璧ではなく、ちょっとしたズレで
「エンゲージ」
瞳を閉じたネイガスがつぶやく。
続けて、セーラが言い放った。
「リ・コンストラクション」
音は無い。
光も出ない。
もはや魔法が発動したかどうかすら定かではない。
辺りは静寂に包まれ、キマイラから生えた男たちも首を傾げた。
はて、二人はなにをしたのだろう、と。
しかし間違いなく、その両手から魔力は放たれたのだ。
それも、通常の魔法に比べれば膨大な量が。
そして、キマイラに
「続けていくっす」
「言わなくてもわかるわ、セーラちゃんのことなら」
二人は軽く言葉を交わすと、連続で“エンゲージ”を発動させる。
今度は同時に、声を合わせて。
『エンゲージ・ホーリーウィンド』
癒しの風が、キマイラを包む。
なぜ回復魔法など使っているのか、やはり彼らにはまったく理解が及ばない。
だが、体を離したネイガスとセーラは、まるで戦いは終わったと言わんばかりに見つめ合い、リラックスした表情を浮かべている。
「兄よ、これはどういうことだ」
「弟よ、俺にはわからん」
「兄よ、もうやってしまってもいいのだろうか」
「弟よ、俺はいいと思うぞ。待ってやるのももう飽きた」
初めて口を開いた男二人。
ネイガスとセーラが放つ最初の一撃を余裕で受け止めることで、圧倒的な力の差を見せつける――その予定だったのだが、すっかりあてが外れてしまったようだ。
彼らは一言二言で会話を終えると、その人智を超えた力で二人に襲いかかろうとした。
獅子の前足で地面を蹴って、飛びかかる。
だが――うまく前に進めずに、腹からべちんと地面にこけた。
弟に続いて動き出した兄も同様に、無様に転げる。
そうなるのも当然である。
なぜなら、二人には後ろ足が無かったのだから。
攻撃を受けたことで消失したのではない。
セーラはフラムの肉体を治療する際、普通の治癒魔法では回復できないという問題に直面した。
彼女の魔法では、どうあがいてもフラムの体を破壊することしかできなかったのだ。
かと言って、逆に攻撃魔法を使えば回復するのかと言われれば――それも違う。
悩みに悩んだ結果、セーラは仲間とも議論を重ね、一つの結論にたどり着く。
回復は装備による再生に任せればいい、自分たちがやるのは、“肉体が記憶した正しい形を変えてやることだ”と。
フラムの再生は、あらゆる傷を治癒する。
しかし
だからそれを変える。
すなわち、肉体記憶の
そう、つまりネイガスとセーラの放った“リ・コンストラクション"なる魔法は、敵の肉体の正しい形を変質させたのだ。
その後、"ホーリーウィンド”によって敵を"治癒”すれば――
「兄よ、私の体はどうなっている? なぜキマイラが消えていくのだ?」
「弟よ、俺にはわからん。まったく理解ができない」
「兄よ、私たちは
「弟よ、そうだ、そのはずだ。しかしこれは……ああ、だが、痛くはない……むしろ暖かく、心地よくすらある。だというのに、体は消えていく……なんなのだ、これは……!」
困惑の中、完全にキマイラは消滅した。
そして残ったのは、両腕すら消滅し、胴体と頭部だけになった、兄弟の体。
「兄よ、キマイラは、オリジン様の力はどこへ……我々は、どうなっている……?」
「わからん。弟よ、兄にはなにもわからん……誰か、教えてくれ……なぜこのようなことに……圧倒的な力を振るえるのではなかったのか?」
この状態では、もう抵抗などできるはずもない。
(正直これ、下手に殺すよりエグいと思うのよね……)
実際、こうやって悪人に試すのは初めてだが、ネイガスは内心ちょっと引いていた。
一方でセーラは、殺さずに悪人を懲らしめる方法を見つけて、『少しやりすぎかもしれない』と思いつつも満足げである。
「キマイラと分離したらどうなるのか不安だったっすけど、ちゃんと生きてるみたいっすね」
「これで尋問もできるってわけね」
「そうっす。いざとなればまた再構成して手足を生やしてあげればいいっすし、魔力の消耗は激しいっすけど、これが最善策だと思うっす」
「確かに……」
”回復魔法”で痛みもなく手足を奪われたのだ。
未知の恐怖すぎて、取り調べにも素直に応じてくれるかもしれない。
戦いを終えた二人は、男たちの処理は協会の部下にまかせて、改めて自分たちの役目を果たすため二手に分かれた。
空を飛び、コンシリア全体の様子を眺めながら、
街の何箇所かでは、キマイラと人間や魔族との激しい戦いが繰り広げられていたようだが、そのほとんどは、すでに決着間近といった様子だ。
神の血脈はかなりの自信をもって今回の行動を起こしたようだが、さすがに無謀すぎた。
確かにステータスだけを見比べれば勝機が見えていたかもしれない。
だが実際は、怒りだったり、絆だったり、技術の進歩や、単純に経験の差――そういった要素が組み合わさって、実際には数値で見える以上の差があったのだろう。
「あとはエターナたちだけね、うまく救出できてるといいんだけど……」
最初から人質を取られている、という点で他とは状況が違う。
今の仕事を早く終わらせて、必ず助けに行かなければ――ネイガスは徐々にペースをあげながら、人混みの中から異物を間引いていった。
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