閑話3 あなただけが見て、私だけが知る

 



 今でこそ当たり前となった、薬草と回復魔法を利用した医療。

 しかしほんの三年前までは、オリジン教の教えを未だに信じ、薬草の効果を疑問視する元聖職者も少なくなかったと言う。

 そんななか、元聖職者たちの認識を変え、新たな医療の形を王国に広めたのは、若干十二歳で医療魔術師組合の初代会長となった、セーラ・アンビレンである。

 英雄の一人としてオリジンとの戦いに参加し、さらに人間と魔族の橋渡しにも大きな役割を果たした彼女。

 十四歳となった今なお幼さの残る彼女は、いかにして人々の心を動かしてきたのか。

 その謎を明かすべく、本人に話を訊いた。


 ■医療魔術師組合の会長になった経緯


 ――医療魔術師組合は、拠り所を失ったオリジン教の聖職者たちの受け皿となるべく立ち上げられたそうですね。

 そこでなぜ、当時は一番若かったセーラさんが会長に就任することになったんでしょうか?


 わかりやすいシンボルが欲しかったっす。

 十二歳のおらが会長になればインパクトもあるっすし、メディア各社もこぞって取り上げてくれるっすから。

 それに、一応これでも聖女候補と呼ばれてたったっすから、オリジンという偶像が壊れ行き場を失った信仰を、おらに向けつつ、軟着陸させる……とでも言えばいいんすかね、そういう目的があったんすよ。

 急激な変化は反発も生むっすし、そもそも、いきなりオリジンへの精神的な依存を取り除くなんてことは不可能っすから。


 ――ご自身がそういった立場になることを承諾した上で、会長職に就かれたのですね。


 現在は幹部としておらの下で働いてくれている、当時の立ち上げメンバーとの話し合いの中で、おらとネイガス(セーラと交際中の魔族)が提案したものっす。

 だから当然、承諾はしてたっすよ。むしろ望むところっすから。


 ――ご自身が提案されたんですか。


 まだ子供であるおらにも、出来ることは無いかって探した結果っす。

 実務的な部分ではどうしても未熟っすから、最悪、会長の椅子に座っておくだけで役目は果たせる。

 そうは言っても、おら自身がじっとしていられない性格っすから、結局は周囲に助けられながら、色々と動いたんすけどね。


 ――その姿を見たことで、聖職者たちの意識改革は進んだのでしょうか?


 意識改革だなんて、そんな大げさなものじゃないっすよ。

 みんな、時間経過とともに、オリジンがああいう存在だったっていう現実を受け入れていっただけだと思うっす。

 おらがやらなくても、いずれは割り切って今と同じ状態に落ち着いてたと思うっすよ。

 でも、その手助けはできたと思うっす。ちょびっとっすけど。


 ■コンシリアで暗躍を続けるテロ組織、神の血脈


 ――未だにオリジンを信仰し続ける人間や魔族の一部が、神の血脈と呼ばれるテロ組織に参加していると言われています。

 医療魔術師組合から抜けた元聖職者が彼らと行動を共にしているとの話もありますが、どうお考えですか?


 悲しいっすね、できればまっとうな人生を歩んで欲しいと思うっすけど、おらたちの活動にも限界があるっす。

 さっき言ったように、軟着陸させようと努力はしたっすけど、特に強い信仰心を持っていた人には、それすらも受け入れがたいことだったと思うっす。


 ――個人とのカウンセリングは行わなれたんですか?


 もちろん話し合ったっすし、すでに捕えられた元組合員とも会話をしたんすけど、通じ合えなかったっすね。

 オリジンが、フラムおねーさん(英雄フラムのこと)によって倒されたと話しても、それすら信じてはくれなかったっすから。

 彼らの中で、まだオリジンは生き続けてるんだと思うっす。


 ――つまり神の血脈の撲滅は難しいと。


 まあでも、フラムおねーさんが戻ってきたっすからね。

 もう悪さはできないと思うっすよ?

 おらとしては、彼らがおねーさんにこっぴどくやられて、諦めてきたところで、また説得できたらと思ってるっすけどね。

 他力本願ではあるっすけど、丸く収めるにはそれが一番じゃないっすかね。


 ■恋人関係にある魔族、ネイガス氏について


 ――同棲されているネイガスさんとの関係は、人間と魔族が別け隔てなく暮らす世界に大きな影響を与えたと言われています。


 おらはそこまで深く考えてないっす、単純に旅をしていく中で、お互いに惹かれていっただけっすから。

 でもそれが世の中のためになるんなら、こんなに嬉しいことは無いっすね。


 ――今日一番の笑顔をいただきました。


 な、なんすかそれ、まるでおらが、ネイガスの話をしたら上機嫌になるみたいじゃないっすか!

 確かにおらとネイガスは恋人で、同棲してるっすけど、どちらかと言うとネイガスの方がおらに惚れてるんすよ。


 ――お付き合いを始めた際、年齢の差で悩んだりはしなかったのですか?


 悩んだというか……むしろそれがネイガスの好みだったというか……あ、今のは書かないで欲しいっす。

 あくまでおらがそう感じただけで、ネイガス本人にそういう趣味があるわけじゃないっすから!


 ――ネイガスさんとの婚姻も近いと噂されていますが、実際はどうなんでしょうか。


 婚姻……っすか。

 いきなり突っ込んだことを聞いてくるんすね。

 婚姻なんて、まだ制度すらできてないじゃないっすか。

 それにおらの年齢のことだってありますし、まだまだ考えてないっすよ。


 ――では新たな制度が作られ、年齢等の条件さえ揃えばありうると。


 たぶん、ネイガスの方はしたがるんじゃないっすかね。

 おらは……ノーコメントっす。


 ――人と魔族、それも同性同士での結婚となると、社会に与える影響も大きいと考えられますが。


 そういうのは考えないっす、あくまでおらとネイガスの二人の間で決めることっすから。

 さっきも言ったっすけど、それが世の中に良い影響を与えるなら嬉しい、それだけっすよ。

 というかこれ、組合の会長職に関するインタビューじゃなかったんすか? かなり脱線してると思うんすけど。


 ――それでは最後に、会長として今後の抱負をお願いします。


 いやいや、軌道修正が強引すぎないっすか?

 そんなんでいいんすか!?


 ――お願いします。


 もうちょっと脈絡ってものをっすね……。


 ――お願いします。


 まさか、このやり取りまで書くつもりじゃないっすよね?

 あ、その顔、やるつもりっすね? どうせさっき『書くな』って言った部分も載せるつもりなんすね!?


 ――お願いします。


 だーかーらー、おらの話を聞くっすー!




 ◇◇◇




「……なにこの記事」


 ネイガスはソファに沈み、雑誌を見ながらぼやいた。

 セーラのインタビュー記事が載っていると聞いて購入したものだが、にしてはおふざけが過ぎる。

 表紙を見てみると、確かにゴシップ寄りの雑誌ではあるのだが。


「まあいいわ、セーラちゃんの可愛さが堪能できてるし」


 掲載されているセーラの写真のうち何枚かは、彼女が赤面しているものだった。

 おそらく記者の狙いはそれだったのだろう。

 グッジョブと心の中で親指を立て、それをじっくりと眺めるネイガス。


「ネーイーガースー?」


 彼女の太ももを枕にして横になるセーラが、恨めしそうにその名を呼んだ。

 その頬はぷくっと膨れ、あざとく不機嫌さをアピールしている。


「どーうーしーたーのー?」


 対するネイガスは、特に反省している様子もなく、彼女の真似をしながら返事をする。


「なんでそんな雑誌なんて見てるんすか」


 セーラ自身、この記事には不満を持っていた。

 できれば今すぐにでも出版社もろとも消してやりたいほどに。

 だというのに、そんな記事を楽しんで読むネイガスに対し、怒りを覚えて――いるわけではない。


「本物のおらが、こんなに近くにいるんすよ?」


 彼女が不機嫌なのは、いちゃいちゃしたい気分なのに、放置されているからだ。

 ここはセーラとネイガスが暮らす、大聖堂付近にある家。

 この家で二人きりになったとき――セーラは、真の姿となるのである。


「ネイガスはもっとおらを愛でるべきっす!」


 甘えん坊で、だらしなく、なおかつネイガスへの想いを隠そうともしない、真のセーラに。


「はいはい、もうちょっと読んでからねー」

「それじゃ遅いっす、ネイガス欠乏症でおらは死んでしまうっすー! それとも……ネイガスは、おらに飽きたんすか?」


 唇をとがらせ、目を潤ませるセーラ。

 別にそういうわけではない。

 ただネイガスは、放置されて不機嫌になり、駄々をこねて甘えようとする彼女を楽しんでいるだけであった。

 その証拠に、雑誌によって隠れたその顔は、全力でにやけている。


「雑誌のセーラちゃんには、今のだらーんとしたセーラちゃんとは一味違う可愛さがあるのよ」

「そんなのは一人のときでも読めるじゃないっすか。実物のおらがネイガスと一緒にいられる時間は限られてるんすよ?」

「明日は休みでしょ、ずーっと一緒よ」

「足りないっす。一秒一刻でも惜しいっす」

「はぁ……もう、仕方ないんだから」


 ネイガスはわざとらしくため息をつき、雑誌を閉じてテーブルの上に置いた。

 そして太ももの上でこちらを見上げるセーラを、呆れた表情で見つめる。

 その顔を見て、彼女は少し不安げだ。

 二人のにらめっこはそのまま数十秒続き――ふと、ネイガスの表情が緩んだ。


「ごめんね、冗談よ。今日も世界で一番愛してるわ、セーラちゃん」

「んへへー、知ってたっす。おらも世界一愛してるっすよ、ネイガスっ」


 セーラはネイガスの首に腕を回し、上半身を起こして顔を近づける。

 そのまま二人は唇を重ねた。

 ネイガスもしっかりと小さな恋人の体を支え、負担を軽減する。


「んぅーっ、ちゅ、ちゅっ。ネイガスっ、好きっす。好きすぎてどうにかなりそうっす」

「私も好きよ」

「んふっ、ふうぅ……んくっ、ふ……ぷはぁっ! はふ……ネイガス、ネイガスぅ」

「はいはいわかってるわ、ほんっと……」


 ――外でもこの半分ぐらい素直だったらいいのに。

 ネイガスはセーラのその姿を見るたびに、心の底からそう思う。

 まあ、普段の仕事のストレスや、人前では素直になれない反動でこうなってしまうのかもしれないが、にしたって……ネイガスに体を擦りつけ、心底愛おしそうに名前を呼び、顔にキスの雨を降らすその姿を見て、誰があのセーラ・アンビレンと同一人物だと信じるだろうか。

 発動条件は、この家の中で二人きりになること。

 条件さえ満たしてしまえば、タイミングは選ばないし、継続時間もほぼ無限。

 つまり、次の日が休日だったりすると、下手をすると40時間近くこの状態をキープすることになる。

 状態を維持する時間が長ければ長いほど戻るのにも時間がかかるため、次の日の仕事が始まってもモード続行、なんてことも珍しくはない。

 さすがにネイガスもそれはマズいと思っているのか、誰にも見られないようどうにか誤魔化していたりする。

 まあ、彼女にしてみれば――愛するセーラに甘えられるという至福の時間を過ごせるわけで、別に一生戻らなくてもいいぐらいなのだが。


「すうぅ……んふぅ。なんでネイガスはこんないい匂いがするんすかねぇ」


 キスが落ち着いたかと思うと、今度は首に顔を埋め、深呼吸をはじめる。

 首が終わると次は胸へ。

 谷間に沈みその感触を楽しんでいると、ネイガスの手はぽんぽんと彼女の頭を優しく撫でた。


「ジャストフィットっすー……」

「セーラちゃんが毎日のように枕代わりに使うから」

「ネイガスの胸がおらの形になったってことっすか」

「違うわ、セーラちゃんの頭が私の胸の形になったのよ」

「どんな形なんすかおらの頭……!」


 突っ込みを入れつつも体勢は変えず。

 よほど心地いいのか、セーラはそのまま微動だにしなくなった。


「たまにセーラちゃんが窒息死しないか心配になるわ」

「ネイガスの胸に埋もれて死ぬなら本望っすー」


 本気で言ってそうで、ネイガスは若干焦りを覚えた。

 朝起きたとき、セーラが彼女の胸の上で寝ていることはそう珍しくは無い。

 仰向けならともかく、うつ伏せになっていることもあるので、あながち笑い話とも言い切れないのである。


(医療魔術師組合の会長が恋人の胸で溺れて死にましたとか、歴史の教科書に残るレベルの恥だわ……)

「……ネイガス、なんか変なこと考えてないっすか?」

「王国の未来を憂いてていただけよ」

「言い訳が下手すぎるっす……」


 ネイガスは決して嘘をついたわけではないのだが――


「そんなことより、もっとおらのことを考えるべきだと思うっすよ?」


 そんなやり取りも、しょせんはじゃれつくための口実に過ぎない。


「考えてるわよ、ちゃんと」

「ほんとっすかー? もちろんおらは、もうネイガスのことばっかり考えてるっすけど」

「どんなこと考えてるの?」

「ここで、上着のボタンを外したらどんな反応してくれるのかなー……とかっすね」


 言いながら、すでにセーラはネイガスのボタンを外しにかかっていた。

 青い鎖骨がむき出しになり、幼い唇がそこにキスをする。


「んっ……今からこんなことしてたら、夕ご飯遅くなるわよ」

「ネイガスを食べれば万事解決っす」

「サキュバスじゃないんだから、性欲を満たしたって腹は膨れないわ」

「でもこのまま夕食を作っても、いかがわしい調理を経て、いかがわしい料理ができるだけっすよ?」


 意味不明な言葉のようにも思えるが、ネイガスには心当たりがあった。

 一度、じゃれながらキッチンで共同作業をした結果、人には見せられないような料理が出来上がったことがあったのだ。


「それともネイガスは、おらとそーゆーことするの、嫌になったっすか?」


 その聞き方は、卑怯だ。


「そんなわけないじゃない」


 四年前、先に惚れたのはネイガスの方で、今だって当時と変わらぬ――いや、それ以上にセーラのことを想っている。

 本当ならいついかなる時でも場所でも一瞬たりとも離れたくないし、人目を憚らずに人には言えないようなことをしたい。


「最近、二人きりになるとちょっとつれないっす。外にいるときみたいに、もっと情熱的に求めてくれていいんすよ?」


 セーラはちょっと寂しげだ。

 デレデレになったセーラを前にすると、なぜか自身の欲望を抑制してしまう。

 年上としてしっかりして、彼女を導かなければ――そんなことを考えてしまうのだ。

 らしくない。

 仕事中のツンツンしたセーラの前なら、自分をさらけ出せるのに。


(変にバランスを取ろうとしてるのよね。誰に望まれてるわけでも、私自身が望んだわけでもないのに)


 一方でセーラは、幼さとも呼べる若さに任せて、ドストレートに気持ちをさらけ出す。

 年を取るのも考えものだ。

 本当は壁なんて存在しないのに、自分で勝手にそれを作ってしまうのだから。


「私、どうもお姉さんぶろうとしてたみたい」

「今さら無駄なあがきっすね」

「耳が痛いわ」

「出会ったときからあの調子で、お姉さんキャラは無茶っすよ。ネイガスははぁはぁ言いながらおらのスカートに頭を突っ込んで、セーラちゃん好き好きって言ってるのがお似合いっす」

「うーん、随分と記憶が改ざんされてるわね」


 はぁはぁは言っていたかもしれないが、さすがにスカートに頭は突っ込んでいない。

 “変態”というイメージだけが先走りすぎている。


「でもそうね、変にいい子ぶるのはやめにしましょう。セーラちゃん、私もあなたが欲しいわ。いついかなるときでも、許されるのなら素肌に触れていたいぐらい」

「んっふふー、おらもそうっすよ。仕事中はそういうことされると怒るかもしれないっすけど……本当は、触られて喜んでるっす」

「いきなり背後から抱きつかれるのも?」

「好きな人に抱きしめられて嬉しくないやつなんて存在するんすか」

「お尻をぺろっと撫でても?」

「触りたくなったってことは、おらの後ろ姿をせくしーって思ってくれたってことっすよね!」

「耳元で愛を囁いても?」

「それが嬉しくなかったら恋人じゃないっすよ、そんなの!」


 彼女は満面の笑みででれっと笑う。

 あな恐ろしやセーラ・アンビレン。

 それだけ喜んでいるくせに、『またやったっすね、ネイガスー!』と怒鳴りながら追いかけ回していたとは。


「その素直さの半分ぐらい仕事中に分けてくれてもいいんじゃないかしら」

「嬉しすぎて仕事が手につかなくなるんすよ。残業が増えたらネイガスとこうして触れ合うこともできないじゃないっすか」

「だから怒るのね」

「怒りが強いほど、内心ではそれだけ喜んでると思ってもらって差し支えないっす。おらだって、我慢してるんすよ? だからネイガスも我慢するべきっす」

「わかったわ、それなら明日からは控えるわね」


 素直に聞き入れ、反省するネイガス。

 するどなぜか、セーラは不満げに頬を膨らました。


「……いや、自分で言っておいてなんでそんな顔になるのよ」


 ネイガスの人差し指がセーラの頬を突くと、口から『ぷしゅー』と空気が吐き出され、バルーンはしぼむ。


「そこは『愛が抑えきれないから我慢はできないわ!』って言うところっす! 引き下がったらダメなんすよ!」

「えー……じゃあ仕事中に触ってほしいのか触ってほしくないのかどっちなのよ」

「触られると困るっす」

「うん」

「触られないと寂しいっす」

「えー……矛盾してるじゃない」


 面倒くささの極みである。

 もっとも、その面倒くささですら可愛いと思えるほど、ネイガスはべた惚れなのだが。


「愛ゆえにっす。愛は常に矛盾をはらむものっす」


 そう言って、誤魔化すようにセーラはキスをした。

 ネイガスもそれに応え、二人はついばむように互いに唇に吸い付く。

 ちゅっ、ちゅっ、という音が部屋に響き、繰り返すうちに次第にスキンシップは熱を帯びていった。

 強く唇が密着する。

 口が開き、セーラのぬらりとした舌が、ネイガスの中に挿入される。

 ネイガスはそれを唇で食み、やさしくしゃぶった。


「んっ、んっ、んふぅっ……」


 セーラの喉が悦びに震える。

 他人が見れば速攻通報されそうな犯罪的な絵面に、ネイガスの興奮は否が応でも高まっていく。

 さらに二人の舌が絡み合うと、


「んあぁう……はふ……ちゅ、ぺちゃ……っ、ひゃぁん……っ」


 声は糖度を増す。

 そこに羞恥は感じられない。

 まあ、四年間、ほぼ毎日繰り返してきたのだから、さすがに慣れてくるのだろう。

 もっとも、与えられる甘い感覚も、触れ合うたびに増していくネイガスへの想いだって、慣れたって色褪せることはないのだが。

 むしろエスカレートしていく。

 倦怠期の方が逃げていくぐらい情熱的に、恋は、日々セーラの体を広く侵していくのだ。


「ちゅぱっ……はぁ……は……んへへ、ここまでやったら、もう夕食とか言ってる場合じゃないっすね」

「そうね、私も止められそうにないわ」


 まあこれも、いつもどおりの流れなのだが。

 二人がスキンシップを初めて、途中で止められた試しなどない。

 ネイガスはセーラをお姫様抱っこしたまま立ち上がった。

 セーラは首に腕を回すと、「にゃあんっ」と猫のように恋人にすり寄る。

 そのまま寝室まで連れて行かれ、ベッドの上に置かれると、自ら上着のボタンを外し、胸元を晒した。


「セーラちゃん、ブラは?」

「付けてないっす、どうせ外すっすから」

「どうりで……もう、そんなことしてるから大きくならないのよ」

「大きくならなくていいっす。だって……ネイガスは、小さい方が好きなんすよね?」

「小さい方がっていうか……」


 セーラならどちらでもいい、というだけだ。


「それに、小さい方が……って言うじゃないっすか」

「まあ、それは実際にね」

「そうっす、だからおらはこのままでいいっす。ネイガスが好きって言ってくれる体なら、周りになんて言われたって構わないっす」


 きゅんっ、と胸を撃ち抜かれるネイガス。

 しかし、だ。

 セーラは一つ、重要な思い違いをしている。


「ねえ、セーラちゃん」


 ネイガスはベッドで横たわる彼女に馬乗りになると、真剣な顔で言った。


「私は、ブラを外したいわ」


 それは――第三者からしてみれば、心底どうでもいいことである。

 しかしセーラは「はっ」とその事実に驚愕し、同時に反省する。


「そう……っすよね。おら、慣れすぎて忘れてたっす。以前もネイガスに言われたっすよね……戦いは、服を脱がす段階からすでに始まっている、って」

「ええ、そうなのよ。セーラちゃんが私のボタンを外したとき、きっとドキドキしたはずよ。ブラのホックを外すときは、その先に待つワンダーランドを夢見て、もっとドキドキするはずだわ!」

「わかったっす、おら明日からはちゃんと、家でもブラを付けるっす! ネイガスに宝箱を開くような楽しみを与えたいっす!」

「ありがとうセーラちゃんっ!」

「ネイガスぅーっ!」


 二人はひしっと抱き合う。

 こんなくだらないやり取りも、日常茶飯事であった。


「というわけで脱がしまーす、ばんざーい」


 体を離すと、気分を切り替えすぐさま脱がしにかかる。


「ばんざーい!」


 セーラも慣れた様子で手を上げて、されるがままに身を委ねた。


「んっふふー」


 ぷちぷちとボタンを外すネイガスを見て、セーラは笑う。


「どうしたの、いきなりにこにこしちゃって」

「改めて、ネイガスと一緒に暮らすのは楽しいなーと思ったんす」

「セーラちゃん……ふふっ、それは私もよ」


 毎日が、明るくて騒がしい。

 教会で過ごしていた頃とはまた別の幸せの形が、そこにはあった。

 ネイガスにとってもそれは同じだ。

 シートゥムやツァイオンと過ごしていた頃も楽しかったが、今はそれ以上に――


「でもそんなこと言ってると、今夜は寝かさないわよ?」

「望むところっす!」


 二人はゲームでも始めるかのようなやり取りを交わすと、唇を重ねた。

 その日の夕食が、かなり遅くなったのは言うまでもない。




 ◇◇◇




 翌々日、大聖堂にて、部下と真面目に話し合うセーラの背後から、何者かの影が迫っていた。

 彼女は腰をかがめ、息を止め、足音を殺してそろーりそろりと接近する。

 無論、部下はすでに気づいていたたが、「しーっ」と唇の前に人差し指を立てると、見なかったことにして目をそらした。

 そしてついにセーラの背中が射程圏内に収まる。

 にやりと笑い、指を意味深に動かすと、そいつは手を伸ばし――さわっ、とセーラの臀部を撫でた。


「うひゃあうっ!?」


 彼女の敏感な体が跳ねる。

 セーラは触られた瞬間に誰の仕業か判断し、だからこそのこの反応であった。


「ネーイーガースー! あれだけ、あれだけ仕事中はやめろって言ったじゃないっすか!」

「暇だったもーん」

「もーんじゃないっすよ、おらは忙しいんすよー!」

「まあまあ、セーラちゃんだってこういうの嫌いじゃないって言ってたじゃない」

「いつっすか? 誰がっすか? この星が何回回ったときっすか!?」


 がーっと今にも噛み付いてきそうなセーラに、ネイガスはニヤニヤを押さえきれない。


 その後、二人は毎度のように追いかけっこを始め、大聖堂中の視線を集めることとなる。

 逃走劇の最中、さっと物陰に隠れたネイガスに、ちょうど近くを通りがかった組合員の女性が彼女に言った。


「また喧嘩してるんですか? 毎日こんな調子だから、みんなそのうち別れるんじゃないかって噂してますよ」


 それを聞いたネイガスは、肩を震わせ笑い出す。


「ふ、ふふふっ、別れるぅ? 私とセーラちゃんが? 無い無い、絶対にありえないから」

「過信しすぎです。こんなことばっかりしてたら本当に――」


 今にも説教を始めそうな女性の唇に、ネイガスは人差し指を当てた。

 そして得意げに言い放つ。


「こういうのもね、愛情表現ってやつなのよ」

「はあ……」


 女性はいまいちわかっていない様子。

 あの状態のセーラを知っているのはネイガスだけなのだから、仕方のないことではあるが――


「あっ、見つけたっすよネイガス! 今度こそ逃さないっすからね、お説教とお仕置きっすー!」

「あら見つかっちゃったわ。じゃあ私、逃げるから!」


 大聖堂の人々は、まだまだ鬼ごっこを続ける二人を、半ば呆れた表情で眺めていた。

 ちなみに、その後あっさりと捕まったネイガスは、二人きりの部屋でじっくりと“お説教”と“お仕置き”を受けたらしい。



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