閑話2 幸福と幸福の分岐点

 





 我が目を疑うとは、まさにこういうことだろう――とリーチは考える。

 目覚ましではなく、陽の光に自然と起こされる朝。

 羽のように柔らかく、母のように暖かな布団の中で起床した彼は、隣に眠る妻の寝顔を見た。


「フォイエ……」


 触れると、確かに感触がある。

 同時に、地獄の光景が甦った。

 ウェルシーに首を絞められ、失望の中に死んだその姿が。


 まだ、夢の中にいるような気分だった。

 いや、ひょっとすると、ここは夢のようなものなのかもしれない。


「本当に、ここに来る資格があったんだろうか」


 言ったところで、それを判断するのは彼ではない。

 リーチも、フォイエも、そしてウェルシーもここにいる。

 その結果が、全てだった。


 妻の体を揺らし、起こす。

 薄っすらと目を覚まし、心地よいまどろみの中でフォイエは夫の姿を見つけると、甘えるようにふにゃりと笑った。

 ここには使命も、役目も、悲劇も――ありとあらゆる重荷が存在しない。

 彼女が以前よりも少しわがままになったのも、無防備な姿をさらせるのも、それゆえに、だろう。


 二人でリビングに向かう。

 すでに起きていたウェルシーが、朝食の準備を済ませてくれていた。


「おはよう、兄さん、義姉さん」

「ああ、おはよう。ウェルシー、自分の朝食は済ませたのか?」

「まだだよ、特別お腹が空くってわけでもないからねー」

「作ってもらっちゃってごめんなさいね、ウェルシーちゃん」

「いいよいいよ、二人が遅いのはいつものことだし、私も料理は好きだからさー」


 二人は楽しそうに会話を交わす。

 空腹という概念は存在しない。

 しかしここで口にする食事は、全てが空腹のときに食べたものと同じぐらい美味だった。

 リーチは椅子に座る。

 窓の外を見る。

 青い――どこまでも青い空と、美しい草原が広がっていた。

 草たちが風にそよぎ、気持ちよさそうに揺れる。


「……嘘のように幸せだな」


 だからこそ、不安になる。

 しかしそんな想いも、時間と共に風化していくのだろう。




 ◇◇◇




 誰もが時に不安になる。

 けれどいつか忘れる。

 彼――ヘルマン・ザヴニュも、そんな一人だった。


「お兄ちゃんっ」


 だが、妹に手を引かれて草原に連れて行かれると、そんなことはどうでもよくなってくる。

 かつては忙しくてあまり遊んでやれなかったが、今は違う。

 時間はいくらでもある。

 彼らを縛るものは何もない。


 緑の海で踊るように駆け回る家族を見て、ヘルマンの表情が緩む。

 そんな二人の姿を、両親は微笑ましく見守っていた。


 そこにはかつての悲劇を感じさせない、純粋なる平和が存在していた。


 家に潰されて死んだ両親も、キマイラに食い殺された妹も、忘れてしまおう。

 誰もそれを罪だと責めたりはしない。

 ここは全てが許された世界だ。

 そんな楽園に残る権利を、彼らは得たのである。

 ならば胸を張っていいはずだ。


「お兄ちゃんとこんな風にずっと遊べるなんて、夢みたいっ!」

「……ああ、そうだな」


 小難しい思考は、妹の笑顔の前に吹き飛んでいった。




 ◇◇◇




「くっはぁー!」


 ジェインは酒瓶片手に、気持ちよさそうに息を吐く。


「酒臭いぞ」

「てめえは辛気くせえ。何やってんだよ」


 ロウは朝っぱらから酔っ払ったジェインに絡まれ、嫌そうに答えた。


「タロットだ。今日どんな不運がお前に降りかかるか占うことができる」

「はは、どうせならどんな幸せが降りかかるか教えてくれないかな、ロウ」

「そんなもの占ったところでここでは意味がないだろう、ここでは不幸の方が貴重なんだ、ソーマ」

「それはわかるけどね……」

「こんな時間に酒場でだらだらしてられんのも、ここならではだもんなぁ」


 酒場でだらだらしているのは、彼ら三人だけではない。

 もっとべろべろに酔っている者もいれば、ただ駄弁っているだけの者も――満席とはいかないものの、朝とは思えないほど賑わっている。

 ただし、彼らの目的はここで無為に時間を過ごすことではない。

 いや、その選択肢も与えられているが――とある人物を待っていたのだ。

 入り口の扉が開く。

 三人の視線が一斉にそちらを向いた。


「お、来たみたいだね。こっちだよ、ガディオ、ティア」

「……遅かったな」

「どーせ朝から二人でいちゃついてたんじゃねえのか?」


 面倒な絡み方をしてくるジェインに、ガディオは苦笑するしかない。


「人聞きが悪いな。約束の時間にはまだ早いぐらいのはずだが」

「でも間違いじゃないんじゃない? 私たちいちゃついてたもんねー、がーくん?」


 そう言って、ティアはいたずらっぽく腕を絡めた。

 呆れた表情を浮かべるガディオ。


「あはは、相変わらずお熱いね」

「暑苦しいのはジェインだけで十分だ」

「んだとぉ? だったらもっと面倒くさく絡んでやんよ。うりうりっ」

「絡みつくな、男にそんなことをされても嬉しくない」

「とか言いながら楽しんでんじゃねえの?」


 ロウとジェインの変わらぬ仲の良さは、暑苦しくはあるが微笑ましい。

 ガディオとティアは顔を見合わせ笑うと、彼らと同じテーブルに腰掛けた。

 するとちょうど、彼とソーマは隣り合わせで座ることになる。


 二人は――以前から親友と呼べる間柄だった。

 ここ・・で再会してからは、以前と変わらぬ関係を続けている。

 だが、ガディオには一つだけ心残りがあった。

 ケレイナのことだ。

 ソーマは彼女の夫であり、彼女がガディオの子供を身ごもったという事実をまだ知らなかったのである。

 無論、ガディオが黙っていられるわけもなかった。


 全てを聞き遂げたソーマは――ガディオに頭を下げて、礼を告げた。

 ケレイナを支えてくれたことも、ハロムの父代わりをしてくれたことも、全てにおいて感謝するしかない、と。

 一言ぐらい糾弾の言葉が聞けると思っていたガディオは拍子抜けし、そして、『そういえばこういう奴だったな』と思い出す。


 むしろ、ガディオが苦労することになったのは、ティアに話した時の方だった。

 ケレイナのことはもちろん、ネクロマンシーで蘇った彼女の話をすると、それはもう強く強く嫉妬したのである。

 全く口を聞いてくれないので、珍しくジェインやロウにも相談してみたのだが、


『惚気に来たのか?』

『お熱いねぇ、ひゅーひゅー!』


 と茶化される始末。

 最終的に、後ろから抱きしめて耳元で愛の言葉を囁くという、普段の彼なら絶対にやらない大胆なスキンシップで乗り越えたのだが――それをティアが言いふらし、さらにからかわれたのは言うまでもない。


「んで、今日はどうすんだ? また狩りに行くのか?」


 ここにも、モンスターは存在する。

 いや、それがモンスターと呼べるものかどうかは定かではないが、望めば扉の向こうには草原や砂漠や火山や雪原が存在しているし、求める強さの化物も闊歩しているのである。

 唯一と呼べる欠点は、子供を産んで育てられないことだろうか。

 ここには命は存在しても、新たな命は生まれないのだ。

 それでも――ガディオは、この世界に残ることを選んだ。

 隣には愛する妻がいて、周囲には仲間たちがいるのだから。


「いや、今日は用事があってな。お前たちを呼ぶかどうかは悩んだのだが……」

「……そうか、出発の日だったか」

「ああ、彼らの」


 ガディオが詳しく言わずとも、彼らはすぐに理解する。

 そしてしばしの歓談を楽しんだのち、「頃合いだ」と席を立ち、酒場を出た。

 向かう先は――“駅”だ。




 ◇◇◇




 駅のホームに、列車が来るのを待つ二人の姿があった。

 弓を背負った身長180センチを超える男性と、白いローブを纏った身長160センチほどの女性。

 隣り合って立つと、その身長差が際立つ。

 二人の手はしっかりと繋がれており、肩の距離も近い。

 その関係性は、あえて問わずとも明らかであった。


「本当に……よかったんですか?」


 マリアは、ライナスの顔を見ながら不安げに尋ねる。

 ここに来てから幾度となく繰り返してきた問いに、彼は迷うことなく答えた。


「もちろんだ、そのためにここに来たんだからな」


 ライナスの手にはチケットがある。

 しかしマリアは持っていない。

 ここの場合、チケットは乗車券ではなく――居住権なのだ。

 罪を重ねた彼女には、この幸せな世界に残る権利がない。


 すでに二人の前には、何人もの罪人たちが列車に送られ、地獄――と言う名の現世へと連れて行かれていた。

 デインはどこか諦めた表情で。

 フウィス、ルーク、ミュート、そしてネクト、四人のチルドレンたちは、どこかワクワクした表情で。

 マザー、もといマイク・スミシーは茫然自失の虚ろな目つきで。

 エキドナは『あの男だけが残るのは理不尽ですわぁ!』と嘆きながら。

 ヴェルナーは怒りを露わにして暴れ、“連行人”に両腕を掴まれながら。

 ヒューグは無言でニタニタと笑いながら。

 他にも、前教皇や前王、枢機卿など――見覚えのある人間たちが、次々と違う世界へ送られていった。


 つまり、この先に待つのは生まれ変わり、新たな人生。

 もちろん、どこに繋がっているのかは、終着駅にたどり着いてみなければわからない。

 こうして手を繋いでいるライナスとマリアだって、同じ世界に行けるとは限らないのだ。

 だが、彼には確信があった。

 ここまで強く繋がった自分たちが、離れ離れになるはずなどない、と。


「本当なら、ライナスさんはここに残れるはずだったのに」

「マリアちゃんのいないここに残ってどうすんだよ」

「美人さんなら、望めばいくらでも出てきます」

「あ、もしかして俺が顔でマリアちゃんを選んだと思ってんの?」

「じゃあ胸ですか?」

「違う違う」

「……性格、なわけないですよね」

「いや、性格だよ。年下だってのにこんなに優しくて、包み込んでくれるような人がいるのかって、一緒にいるだけで感動しっぱなしだ」

「嘘です」

「嘘じゃない。俺はずっとそう思ってたよ。だから、無理して悪人になろうとするマリアちゃんが、見てて辛かった」


 本当は人を愛したい。

 けれど人が、愛させてくれなかった。


「たださ、何で惚れたとか、そういうのって具体的な理由は説明できないから、惚れてるってことだけ信じてもらえると助かる」

「……それは、わかっています」


 今さら、ライナスからの想いを疑うマリアではない。

 もちろん、彼女だって彼のことを愛している。

 だからこそ――相思相愛で幸せな現状を、罪人である自分が受け入れてしまって良いのか、と彼女は苦しんでいるのだ。

 本来ならライナスが少しずつ解きほぐしていくべき葛藤だったが、あいにく、そんな時間は残されていない。

 だから小難しいことは諦めて、ひたすらに彼は想いを伝えてきた。


「大丈夫、こんだけ愛してんだ。たとえ神様が邪魔してきたって離れるつもりは無いって」

「はい……」


 二人は握る手に、力を込めた。


 駅のホームに、二人以外の姿は無い。

 しばし無言で、列車が来るのを待ち続ける。

 すると到着時間間近になって、誰かの足音が近づいてきた。

 ひたすら互いを想うライナスとマリアは、その存在に気づかない。

 は声も発さずにぬるりと二人の後ろに近づき――ぬっ、とその間から顔を出した。


「天才たる僕の到着に気づかないとは、失礼な奴らだな」

「なっ……ジーン!?」

「ジーンさん?」


 それは、ライナスと同じく“天国の永住権”を手にしたはずのジーン・インテージであった。

 見送りに来た――という雰囲気ではない。

 そもそも、列車に乗る人間以外はここに来ることは出来ないのである。


「お前、なんでここに居るんだよっ!」

「決まっているだろう、乗車するためだ」

「どうしてですか? ジーンさんがここに残らない理由は無いはずです」


 研究資料や資材も無限に手に入り、寿命すら存在しないこの世界は、彼にとっての理想であるはずだった。

 だがジーンは「やれやれ、わかっていないな」と首を横に振る。


「この世界は完成している。確かに無限に研究を続けることはできるかもしれない。だが――僕が新たな魔法を発明したからと言って、何の影響があると言うんだ? それならば、この天才の魂を求める新天地で、限られた資源の中で研究をした方が有意義じゃないか! そうだ、そちらの方がこの全世界一の頭脳を持つ僕にふさわしい!」


 バカは死ななければ治らないと言うが――天才は死んでも治らないらしい。


「お前、ほんと変わんないな」

「変わらないから僕なのだ」

「ふふ、ジーンさんらしいですね」

「お前に笑われるとあまりいい気分ではないな」

「俺の彼女に喧嘩売るんじゃねえぞ」

「ふん、わかっているさ。オリジンは滅びた、ならばこの女を憎む理由も、もはや存在しない」


 実際、ここに来て二人は何度か会話を交わしたようだが、口論になるようなことは一度も無かった。

 もっとも、それはマリアの心が広かったことが最大の理由だと思えないでもないが。


 三人が横一列に並ぶと、列車がホームに近づいてくる。

 一両編成の扉は、ぴたりと彼らの前に止まった。

 そしてアナウンスはおろかチャイムすら流れず、機械的に扉が開く。


「それでは行くか」


 真っ先に乗ったのはジーンだった。

 次の世界で自分が自分である保証など無いというのに、彼に躊躇はない。


「俺たちも行こう」


 ライナスはマリアの手を引き、列車に乗り込もうとした。

 しかし、彼女の足はその場から動かない。


「マリアちゃん?」

「残る権利はないってわかってるんですけど……やっぱり、どうしても怖くて」

「大丈夫だ」

「どうして、ライナスさんはそんなに自信を持てるんですかっ!? こんな常識の通じない場所で、どうなるかなんて……」


 未来はあまりに不確定だ。

 マリアが特別臆病なわけではなく、恐れない二人が異常なのである。

 しかし、立ち止まったところで意味はない。

 今日出発するのは、彼女のタイムリミットに合わせたからなのだから。


「俺にも理由なんてわかんないよ。ずっとそうだ、どうしてかわかんないけどマリアちゃんに惚れちまって、命も賭けて、んでようやく愛し合えた。わかんねえけど、根拠なんて無いままでどうにかなってきた」


 それは――自覚がなかろうと、間違いなく“強さ”だった。

 まあ、そんなわけのわからない理由でマリアを説得できるとは思っていない。

 だが他に方法がない以上、とにかく嘘偽りない真っ直ぐな言葉で、彼女の手を引いて進み続けるしか無いのである。


「まあ、だから……俺の言葉を信じてくれ、としか言えないな。俺とマリアちゃんならどうにかなる、絶対に」


 誰かをひたむきに信じる。

 それは、裏切られ続けてきたマリアには難しいことかもしれない。

 だが――無条件で信じられるようにならなければ、いつまでも彼女は、オリジンから解放されないのだ。

 だから今は、彼の手に引かれて、前に進む。

 踏み出した足が、マリアを列車の中へと導いた。


「ありがとう、マリアちゃん」

「お礼を言わなければならないのはわたくしの方です」


 二人は見つめ合い、熱い眼差しを向けあった。

 それを近くで見ていたジーンは、わざとらしく「はぁ」とため息をつく。

 そして、行き先不明の列車は走り出した。

 何気なく外を眺めたライナスは、見送りに来た人々の姿を見つける。

 ガディオたちを始めとして、リーチやヘルマンも、顔見知り程度の関係ではあるが、ライナスたちの旅立ちを見に来たのだ。

 列車の窓は開かない。

 だから彼らが言葉を交わすことは無かったが――


「今度こそうまくやるんだぞ、ライナス、マリア。そしてジーン……お前はどこでもやっていけそうだな」


 笑うガディオのその想いは、列車の中の彼らに伝わったはずだ。


「見送りなど余計なことを」

「とか言いながら嬉しいんだろ?」

「ガディオさん……」

「あいつも、きっとマリアちゃんの幸せを願ってくれてんだよ」

「そう……ですね。必ず、ライナスさんと一緒に、幸せにならないとっ」

「ああそうだ、それでいい」


 それはまさに、真の意味での“生涯の別れ”だった。

 仮にガディオが三人を追いかけたとしても、何万、何億と存在する無数の世界の中で、彼らと出会うことは無いだろう。

 涙は流さない。

 だが胸に寂しさを感じながら、遠ざかっていく姿を窓越しに眺める。

 やがて、先ほどまで居た駅すら見えなくなり、列車の周囲は完全な“白”に包まれた。


「もうそろそろだな」


 ジーンが進行方向を眺める。

 運転席には、車掌の格好をした透明の何かが座っていた。

 しかし、列車のまわりがさらに明るくなると、その姿すら消える。

 席に腰掛けたライナスとマリアは、指を絡め、手をつなぎ、じっとレールの先を眺めながら、強く祈った。、

 どうか――この手が二度と離れ離れになりませんように。

 次の世界で、今度こそまともに、結ばれることができますように――と。




 ◆◆◆




「貴様ごときが聖女になれると思うなッ!」


 長老の振るった腕が、少女を薙ぎ払った。


「お待ち下さい長老様っ!」

「アリアよ、よもや貴様がそこまでの“重罪人”だとは思わなかったぞ」

「わたくしは何もしておりません!」

「だが魂は腐っておる。おおう、腐臭がここまで臭ってくるようだ。こんな汚物と一緒に暮らしていたと考えるだけで反吐が出る」

「そんな……」


 膝をついたアリアは、絶望に満ちた眼差しで長老を見上げた。

 両親を流行病で失くした彼女にとって、長老は育ての母と呼べる存在だった。

 時に優しく、時に厳しく、聖女としての素質があるアリアを育ててくれたのだ。

 だというのに、そんな長老は今――ゴミを見るような目で、アリアを見下している。


「今すぐ出て行け! 聖女の才能があるなどと儂を騙しよってっ!」

「お願いします、お願いします、聖女候補でなくても構いませんので、どうかここに置いてくださいませんか!」

「だめじゃ、だめじゃ、それだけは絶対に許せぬ! この聖域から出ていき、二度と顔を見せるでない!」

「聖域の外は、一人で生きていける世界ではありません!」

「そのまま野垂れ死ねといっておるのがわからんのか!」

「きゃあぁっ!」


 今度は蹴飛ばされ、アリアは苦しげにお腹を押さえ横たわる。

 もはや、話は通じそうになかった。

 その後、長老が呼んだ守衛に連れられ、部屋から追い出されるアリア。

 彼女は最低限の荷物を持ち、この“聖域”から出ていくことになってしまったのだった。




 ◇◇◇




 世界は怪異に支配されている。

 数百年前、世界の扉が開き、この世界に他の世界に存在した魑魅魍魎が流れ込んできた。

 人肉や魂を糧として生きる彼らは欲望のままに命を食い荒らし、人類は滅亡寸前まで追い込まれたのである。

 そんなとき現れたのが、“聖女”だった。

 高い聖女適性を持つ少女は訓練を行うことにより、“聖域”を作り出すことができるようになる。

 聖域の中に怪異は踏み入ることができず、そこの中でのみ人間は生きていくことができた。


 聖女適性を得るのに重要なのは、“前世の行い”なのだと言う。

 善行を積んだ魂は高い反カルマ値を持ち、それが聖域を作る能力を高めるのだ。

 反カルマの値は生まれた時に測ることができるが、最も正確に計測できるのは、14歳になったばかりのタイミングなのだと言う。


 しかし、ここで一つの問題が生じる。

 幼少期に反カルマ値を測った場合、反カルマの逆――悪行を積んだ魂に蓄積する“カルマ値”と混同してしまうことがあるのだ。

 普通、聖女になれるほどの反カルマ値と同程度のカルマ値を持つ人間など滅多に居ないのだが、アリアがそうだった。


 結果、彼女は生まれ故郷である聖域に住む全ての人々から蔑まれ、罵倒されながら、そこを出ていくことになった。




 ◇◇◇




 聖域を出た彼女は、怪異に襲われていたところを、二人の少女に助けられることになる。


「へえ、アリアって言うんだ。顔も可愛いし胸も大きいし性格も良さそうときた、こりゃお近づきになっておいた方がよさそうだ。よろしく、アリア」


 初対面であるにも関わらず馴れ馴れしく接してくる彼女は、名を“ライナ”と言った。


「ふんっ、我ほどの天才がおれば一人で十分だと言っておるのに。ライナは阿呆だからな、無駄に仲間を増やしたがる。荷物は増えるほど旅の足かせになるぞ?」


 そしてもう一人、無駄に不遜で態度が大きく、その割に体はちっこい“リーン”という名のちんちくりん。


『どこかで会ったことがある気がする』


 そんな想いを抱きながら三人は出会い、旅をする。

 旅の途中、強力な怪異を前にアリアが“高いカルマ値”により強力な破壊の力を持つことが判明したり。

 カルマ値だけで今の自分を見ない人類とぶつかり合い、暴力ではなく言葉でわかりあってみたり。

 聖域と怪異の裏にある陰謀を暴いてみたり。

 様々な苦難を乗り越え、不条理を前に互いに支え合い、絆を結んだアリアとライナは、やがて友情を越えた想いを結ぶことになる。

 ちなみに、リーンは多少の社交力を手に入れたようだが、根っこは相変わらずのようだ。


 そして三人はやがて世界を救い、前世では成し遂げられなかった幸せな暮らしを送ることとなるのだが――

 それはまた、別の話である。





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