第66話 友達
目の前に広がる地獄は、フラムならば“見慣れた光景だ”と言ったかもしれない。
マリアにとってもさほど驚くべきものではなく、あらゆる意味でキリルにとってのアウェーだった。
目を覚ましてからずっと表情はこわばったままだ。
遠くから聞こえてくる何かがぶつかる音、そして泣き声。
足裏に伝わる柔らかい感触も、そもそも目に写る全てが――あまりに衝撃的すぎて。
「ブレイブは使えますか?」
隣を歩くマリアが尋ねる。
キリルは無言で首を横に振った。
正直言って、最初から期待はしていなかった。
フラムが隣にいればまだしも、今の彼女の精神状態でブレイブが使えるとは思えない。
「まずはフラムさんを助けにいかなければなりませんね」
場所に心当たりはない。
キリルを含め、当時は全員がギルドに集まっていたようだが、そこから散り散りになってしまっているのだ。
それにすでに全ての繭が透明度を失っており、中身を見ることはできない。
周囲を見回しながら進む二人。
まだ完全に信用することはできないのか、キリルは気まずそうにしているが、意を決して口を開く。
「ねえ、マリア」
「なんですか?」
「フラムはどうして、あんな風に戦えるようになったのかな。旅をしていたときとは別人みたいだったけど」
「それは――」
事情など、まともにフラムと話していないマリアは知らないはずだった。
しかしまるで誰かから聞いたかのように、彼女は連々と話す。
「力の使い方を知ったからです。呪いによるステータス減少、それが反転することに気づいたのですよ」
「だからあんな禍々しい装備ばっかり使ってたんだ……」
観察できるほどの余裕はなかったが、それでもフラムの身につけたそれらが、呪いの装備であることは見ただけですぐにわかった。
なんというか、持っている“波長”が違うのだ。
キリルのエピック装備と比べると素人でも一目瞭然である。
「それで……こんな化物たちと戦ってたの?」
改めて空を見上げる。
そこではまた一体、新たな異形が産み落とされようとしていた。
「ええ、もう何度も。あなたの知らないうちに、フラムさんはずいぶんと強くなりました」
「……そっか」
だけど、私は弱いままだ。
手のひらを見たキリルは、一人、心の中で呟く。
マリアは横目でそんな彼女を見ると、何か言おうと口を開いて――気配に気づき中断、振り向いて光の剣を放った。
「ジャッジメント」
音もなく、宙を浮かび迫っていた赤子に、二本の剣が突き刺さる。
ほぼ同時に反応したキリルも剣を構えると、接近せずにその場で振り上げた。
「ブレード!」
天高く伸びる光の剣。
ジャッジメントでひるむ敵に向けて、彼女はそれを叩きつけた。
ザシュウッ!
脳天から真っ二つにされたそいつは地面に倒れる。
「はぁ……はぁ……」
人型の生物を“殺害”するのは、キリルにとってはじめての経験だった。
頬を冷や汗が流れ、顔つきにも葛藤が見られる。
「あれを人間だと思っていると、このあと苦労しますよ」
「そんなことわかってるっ!」
声を荒らげるキリルに、マリアの表情は冷ややかだ。
二人の間にあるわだかまりが消えたわけではない、言葉を交わせば反発するのは当然のことだった。
それに、流れ出る血や内臓は、人と全く同じ形をしている。
確かに巨大だし、異様な雰囲気を纏っているが、完全に別物だと考えられるようになるまで少し時間がかかるのも仕方がない。
それが、
キリルは目を細めながら、両断された死体を見た。
自分が殺してしまった化物は、おそらくかつて人間だったものの成れの果て。
だから余計に――
「……あれ?」
「どうかしましたか」
「まだ、動いてる……」
キリルの視線の先にある死体の切断面は、少しずつねじれはじめていた。
最初は気のせいかと思ったが、その度合いが増してくると変化は明白になる。
やがて赤い渦と化した断面から、新たな赤子が這い出してくる。
同時に
生まれ変わったそいつは、大きさ二メートルほど。
ただし全く同じ外見をしており、なおかつ二体いる。
「増えましたわね」
「どうしてっ、確かに斬ったはずなのに!?」
「体内にコアも無いはず……脳を破壊しても止まらないということは、独立した生物というよりはマザーの一部と考えた方がいいのかもしれません」
「一人で納得してないで、ちゃんとわかるように説明して!」
「本体を――」
マリアは天井を指差す。
その上には、彼女たちからは見えないが、王都を包む“本体”の胴体があるはずだ。
「そのどこかにあるコアを破壊するまで、止まらないと思われます」
『正解よ、嘘つき聖女様』
赤子のうちの一方が、エコーがかかったように聞きづらい声で言った。
『でもどうやってコアを破壊するの?』
『誰にもそんな力は無い』
『フラム・アプリコットはすでに私の手の内』
『みんな同じになるわ、私になって子供で母親になる。この子はあなたたちの仲間よ』
『すぐにライナス・レディアンツも会いに来てくれるわ』
『おめでとう、あなたも子供になれば交わらずとも一つになれるわ』
『その醜い体じゃどうせ無理なんですから、おとなしく私に体をゆだ――』
饒舌に語るマザー。
マリアは無言で手を前に伸ばし、
「セイクリッドランス」
二本の光の槍を放った。
『ぶぇっ』
それらは赤子の額に突き刺さると、そのまま後方にある建物に磔にした。
拘束された彼らは駄々をこねるように手足をばたつかせたが、足は地面に届いておらず、手も空気をかき混ぜるだけだ。
「倒せないのなら、身動きを取れないようにするしかないようですね」
さらに背後から新たな敵が迫る。
必死で手足を動かしながら、ハイハイとは思えない速度で。
「それなら――バインド!」
キリルが魔法を発動させると、地面から現れた光の鎖が赤子を拘束した。
その様子を見たマリアは「羨ましい」と呟く。
ジーンや三魔将のような複数属性ではなく、固有の希少属性持ちが使う魔法というのは、“感覚”に頼っていることが多い。
無論、それなりの訓練は必要になるが、しかし基本属性と異なり理論を学ぶ必要や、細かな魔力操作を必要とせず、直感で使えてしまうのだ。
おそらく使っている本人も、なぜ今の魔法が発動したのかは理解していないだろう。
「これでいいかな」
「ええ、ですが――キリがありませんわね」
同化は着々と進み、化物どもは刻一刻と数を増やしていく。
いちいち拘束していては、キリルたちの魔力が先に尽きてしまいそうだ。
だからと言って攻撃を加えれば、先ほどのように分裂されてしまうだけ。
「キリルさん、空は飛べまして?」
おもむろにマリアは尋ねた。
「さすがにそれは無理かな……ブレイブさえ使えれば、天井には届くとは思うけど」
「はぁ……そうですか」
他人のため息を聞くと、キリリとキリルの胃が痛む。
勝手に期待されて、勝手に呆れられるのが、彼女は最も苦手だった。
理不尽すぎて心の準備もできない。
「でしたらやはり、ここを抜けてフラムさんを探すしかありませんね」
さらに両側から迫る赤子が二体。
キリルとマリアは、お互いに背中を向けて魔法による拘束を試みる。
しかし――二人に近づく敵はそれだけではなかった。
光の槍に串刺しにされた二体が震えたかと思うと、首から下が千切れて自重で落ちる。
同様に、バインドによって縛られていた赤子も、ひとりでに自らの身体を
「自分で分裂できるだなんてっ!?」
「これは中々自由に探せそうにありませんね。もっとも――それでは彼女が無事だということを自白しているようなものではありませんか、マザーさん」
彼はマリアの挑発に反応は見せない。
だが心なしか、接近する赤子の速度が上がったように思える。
図星なのだろう――そう確信したマリアは、もはや配慮も不要、と光魔法で赤子を肉片へと変えていく。
肉片は空中で形を変え、また新たな分裂体となるのだ。
『いくらやったって無駄なのに』
『受け入れましょう』
『とても気持ちいいわ』
『痛くしないから』
『さらけだして、私を注がせて、私の子を宿して私になって』
新たに産まれ、空から落ちてくる敵は五体。
先ほど地表に落ちたものがさらに五体。
さらに十体の赤子が、
いくらやったって無駄なのに。
どんなに切った所で分かれてねじれて増えて、その繰り返し。
個々の力の差はあるかもしれない。
しかし、それを圧倒するだけの数の暴力だった。
「う……ううぅぅ……っ!」
キリルの手は戸惑いと恐怖で震えている。
まだ、本当の力は発揮できそうにない。
◇◇◇
摂取許容量が限界を迎えた。
それなのになぜ、彼女は私にならないのか。
「う……ぶげっ、はっ、がぼっ……!」
オリジンが静観している理由がわかった。
しかし、そうなればそうなるほど、意固地になるのが研究者というもの。
だって母は全ての子を愛せないと母にはなれない。
だからこの子がいる限りマザーは母になれない。
お前のせいで。
お前のせいで。
お前なんかのせいで――
「は……ぁ、あ……ふ、う……」
意識レベルの低下。
朦朧としているそこに流し込む。
「あぎゃっ、がひいいぃぃぃぃっ!」
目を剥いて叫ぶ、効果なし。
苦痛を増幅させただけ。
何が彼女をそうまでして自分にしがみつかせるのか理解できない。
記憶は全て理解して、悲劇だって全て飲みこんでいるはずなのに、なぜ。
いっそ殺してしまおうと思った。
しかし殺してしまえば、それは自らの不完全性を認めるようで不愉快だ。
それはいけない。
自分が何のために母になったのか、その理由が崩れてしまう。
何としてでも――フラムを、我が子にしなければ。
『往生際の悪い子』
「これだけ、オリジンの力を使ってる……くせ、に……マザー、あんたが……あんたでいられる理由が、わかった、気がする……」
ミュートもルークもネクトも、二つ目のコアを使った途端に自らの意思を失い、オリジンに肉体を乗っ取られた。
だがマザーは、ここまで変貌しているにもかかわらず、そんな様子が見えない。
『何を言っているのかしら』
それはマザーがそうなるようにこの“チルドレン”を作り上げた成果だ。
キマイラとて、ライバルとなるネクロマンシーやチルドレンから技術を盗んでいた。
それと同様に、マザーもキマイラからオリジンの意志を抑制する方法を得ていたのである。
無論、本物と比べればその質は落ちるかもしれないが、そこはマザー自身が強固な自我を持つことでカバーする。
そうやって、彼はこれだけオリジンの力を使いこなしながらも、意思を失わずに夢を叶えることができた。
しかし――“それは違う”と、フラムは真っ向から否定する。
「“孤独”。自分以外の存在を……自分の、目的を……達するため、だけに……利用、する。繋がりを、否定……して、あれだけ、自分を慕った子供たちを……ただの“壁”だと切り捨てた」
『だから何だって言うの?』
「オリジンと、よく似てる。だから、飲み込まれない……」
そして同時に、こうも思うのだ。
(ひょっとするとオリジンは、私にマザーの力が通用しないことも気づいてた……?)
たぶん、“似ている”だけではオリジンによる乗っ取りを防ぐことはできない。
だからおそらく、“オリジン自身”にはマザーを乗っ取ろうとする意図が無いのだろう。
(野放しにしている……その気になればマザーの人格なんて消せるはずなのに)
液体を流し込まれると、頭の中がかき混ぜられるような感じがした。
自分の記憶が別物に上書きされて、自分が自分以外の誰かになってしまうような。
けれど奥にある、たぶん一番大事な部分までは、染め上げられない。
どんなに上っ面だけを書き換えても、フラムはフラムのままだったのだ。
(たぶん、反転の力だ。それがマザーの人格の流入を拒んでるんだ)
だが、疲弊しないわけではない。
肉体も精神も、絶え間なく傷つけられ、ボロボロになっている。
体がうまく動かない。
心は、乗っ取られることはなくとも、いずれ折れてしまうかもしれない。
あるいはこの倦怠感自体が、汚染の影響によるものなのか。
(その前に……なんとかして、抜け出さないと)
オリジンは自分を欲しがっている。
少なくとも、何の異変もなしに、このままマザーに命を明け渡すことはないはずだ。
それでも静観している、何も干渉してこない。
つまり――フラムにもまだ、勝機が残っているということを意味している。
オリジンに気付かされるのは癪だが。
『それがわかったところで現状は変わらないわ、いい加減に諦めて心を開きなさい、フラム・アプリコット――いいえ、マイク・スミシー』
マザーには余裕があった。
自分の力がこんな小娘に通用しないはずがない、そう確信しているからだ。
しかしフラムは、その弱点を把握しつつあった。
オリジンとは究極の“個”を目指す。
確かに全ての命が一つになれば、争いは起きないかもしれない。
負の感情は生まれない。
だが一方で、正の感情も生まれなくなる。
「……ミルキット」
そういえば、いつかもそうだった。
苦しくなると彼女のことばかりを考えて、けれど今になって思えば、それはとても
マザー含め、オリジンたちには理解できないだろう。
確かに人付き合いはしんどい。
利害がぶつかりあって醜い争いになることも少なくはない。
平和ではない。
それは人が人である限り、逃れられぬ呪縛だ。
けれど――だからこそ、得られる力もある。
「死なない。私は、死なない。またあの子に会うために」
『ふふふっ、現実逃避で目をそらそうっていう魂胆なの? 無駄よ、人はどうあってもこの繭から逃げられない。逃げようとしても、癒着した肉体は途端に崩壊するの!』
そうかもしれない。
だが、仮に体が壊れたとして、
崩壊したってすぐに再生する、ならばダメージはゼロに等しい。
『それにどんなに正気でいたところで、体が動かなければ意味はないでしょう?』
そうかもしれない。
でもそれなら、
どんなにオリジンの力に頼って、フラムの体を縛りつけようとしたって、それだけでは止まらないものがある。
他者を想う気持ち。
根性論や精神論じゃない。
どこまでも孤独な彼らは、他者の存在という苦しみから開放されると同時に、他者の存在という幸福さえも失ってしまっているのだ。
キリル、エターナ、インク、ガディオ、ライナス、一応イーラ。
他にも様々な人々が居て、そりゃあ嫌なことだってあるけれど、その存在がフラムに力を与えてくれる。
その中でも特に大きいものを、人は愛と呼ぶ。
フラムとミルキットの間にある感情を――それを根源として湧き上がる力を――オリジンは、止めることができない。
「は、あぁ……!」
突き刺さった触手により、内壁に固定されていた左腕に力を込める。
するとべりっ、と何かが剥がれる感覚とともに、鋭い痛みが走った。
骨がむき出しになっている。
しかしまだ動く。
「ミル、キットぉ……!」
ただ頭の中を愛おしい彼女で埋める。
細かいことは考えない。
ただ世界で一番大事な人だから、彼女に会いたいという思いだけで全てを満たして、そこから生じる力だけで肉体を突き動かした。
右腕や背中、後頭部が剥がれる。
痛い、冷たい、スースーする。
何が露わになっているのか自分の目では見えないが、体がやけに軽く感じられた。
『ど、どうして……なんでこの繭の中で動けてるのよっ!』
戸惑うマザーは、新たな触手をフラムにけしかける。
喉を貫こうとするそれを、彼女は接触直前に左手で握った。
「
パァンッ!
管は内側から膨らみ、破裂する。
『どういうこと……これが、反転の力だとでも言うの!?』
困惑からマザーの動きが止まる。
その隙にさらにフラムは体をよじり、拘束を引き剥がした。
「違う、そうじゃないっ!」
『だったらどうしてなのよぉっ!』
フラムは手を伸ばし、今度こそ魂喰いを握る。
そして、狼狽するマザーの問いに、雄々しく応えた。
「はっ……あんたみたいな変態外道にはねぇ……一生ぉ、わかるもんかあぁぁぁぁぁッ!」
突き立てた刃が、赤く強靭なる膜を刺し貫く――
◇◇◇
「キリルさん、あれをっ!」
振り下ろされた拳を避けながら、マリアはある方向を指さした。
キリルは飛びついてくる小型の赤子を切り払い、そちらに視線を向ける。
そこには――傷だらけの血まみれになりながら、繭から出ようとするフラムの姿があった。
「フラムッ!」
叫ぶキリルだが、その声は届いていない。
そんな彼女の落下点には、複数体の敵が迫っている。
あの傷の状態では、逃げることも難しいだろう。
「この状況では助けにいくことも……」
二人とも相手の攻撃を避けるので精一杯だ、増え続ける敵の群れの合間を縫って突破するのは難しい。
だが――必死で生きようとするフラムの姿を見たキリルの顔つきは、今までとは明らかに違う。
戦いの最中、突如足を止めた彼女は、こみ上げる熱を吐き出すように、高らかに叫んだ。
◇◇◇
体中に繋がった管や、張り付いた膜が、引き剥がすたびに体の肉を持っていく。
フラムの背中はとっくにズタボロになっていて、生きているとは思えない有様だった。
それでも彼女は動き続ける。
傷の再生はすでに始まっている、このまま逃げ切って、絶対にマザーの顔をぶん殴ってやる――そんな強い決意とともに、フラムは浮かぶ繭から這い出ると、硬い地面に落下した。
「あうっ……」
叩きつけられた衝撃で声が漏れる。
しかし背中の痛みに比べれば大したことはない。
あと少し、あと少しだけ再生が進めば、戦うことができる。
早く、早く、早く――自らの肉体を急かすフラム。
なぜ彼女がそこまで焦っているのかと言えば、足音が近づいてきていることに気づいているからだ。
人ではなく、もっと巨大な何かが。
腕の力だけで前に進む彼女の頭上から影がさしこむ。
恐る恐る見上げると……そこには、笑う赤子の姿があった。
「ひっ……」
抵抗できない状況で見るその姿は、普段以上におぞましく見える。
思わずフラムでも声を漏らしてしまうほどに。
まだ体には力が入らない。
立ち向かうためにはあとほんの少しの時間が必要だ。
しかし、それを理解しているからこそ、赤子はフラムに手を伸ばす。
万事休すか――諦めかけたフラム。
そんな彼女が聞いたのは――
「ブレェェェイブッ!」
大切な友人の、かつて無いほど頼もしい声だった。
普通の人間ならば、いかなる達人だとしても間に合う距離ではない。
しかしステータスが大幅上昇した今のキリルにとっては、その距離はわずか一息で縮められるものだった。
つまりは、赤子が手を伸ばしてフラムに触れるよりも早く接近し――
「はあぁぁぁぁぁッ!」
一刀両断。
真っ二つに割れた赤子の体。
しかしその断面は早くも捻れ、新たな個体を生み出そうとしていた。
「やらせないっ!」
フラムとて守られてばかりではない。
そう、今の彼女には、キリルの隣に立って戦える力があるのだ。
震える足で立ち上がると、変質する肉片に接近し、魂喰いを突き立てる。
「
そして反転の魔力を注ぎ込むと、ゴパァッ! と粉々に粉砕された。
付近に落下したもう一片も同様に。
それはコアを持った一つの生命体ではない。
マザーより作り出された、コアを持たない、いわばオリジンの力の塊である。
ゆえにフラムの魔力の前には非常に脆弱であった。
「……フラム」
少し離れた場所に着地したキリルは、フラムに歩み寄った。
だが途中で足を止める。
本当は手を取り合って、再会を喜びたかった。
でも自分にはそんな資格などない――そう思い込んでいるようだ。
「キリルちゃんっ!」
しかしフラムは、そんなことは気にしていない。
キリルが自分を拒まないのなら、もうそれだけで他のことなんてどうでもよくなった。
駆け寄り、彼女の手を、両手で包み込む。
「あ……」
久しく感じていなかったその温もりに、キリルはうまく言葉を発することが出来ない。
一方でフラムは、屈託のない笑みを彼女に向け言った。
「助けてくれてありがとっ」
「フラム……ごめん」
謝罪以外に、伝えるべき言葉が見つからなかった。
「ううん、私が足手まといだったのも事実だから。お互い様ってことで!」
それで済む問題ではない、とキリルは自分を責める。
だがそれは――ただの自己満足だ。
償いたいと思うのならば、尊重すべきはフラムの意思。
「戦闘中だから手短に聞くけども、キリルちゃんにとって私は、まだ友達?」
「そんなの当たり前だっ!」
キリルは即答した。
それだけで十分だった。
他には何も必要ない、迫り来る敵を見据えて剣を構える。
「ありがと、キリル」
微笑み礼を告げる彼女に、キリルは“本当にそれでいいの?”と尋ねたかった。
だがそれは、エゴだ。
「それはこっちの台詞だよ、フラム」
「うん、だからお互い様ってことで、この問題はもうおしまいっ!」
「……うん」
それが彼女の望みだと言うのなら。
キリルにとって納得の行かない部分は多数あったが、それは飲み込むことにした。
繰り返し自分に言い聞かせる。
“その罪悪感はエゴだ”、と。
「さあ、協力してマザーを倒して、またあのケーキ屋さんに行かないとね!」
「そうだね……二人で“もう一度食べに来よう”って約束したんだ、それを果たさないと!」
瞳に光が宿る。
状況は絶望的。
しかし――不思議と、何も怖くはなかった。
友と一緒なら、何でもできるような気がした。
「ふぅ……わたくしを忘れられては困るのですが」
「マリアさん!?」
敵の隙間からぬっと現れた彼女を見て、驚くフラム。
「私を繭から助けてくれたのがマリアで、ずっと一緒に戦ってた」
「そう、だったんですか」
確かにあの状況で、キリルだけが繭から逃れられるわけがない。
ひょっとすると勇者の力で抜け出せたのかと思っていたが、そうではなかったようだ。
「オリジンコアを使用したわたくしなど信用できないとは思いますが、今だけは」
「はい、わかってます」
地面を鳴らしながら、今もなお増え続ける赤子の群れが大挙する。
「三人で戦おう!」
キリルの号令に、フラムとマリアが頷く。
そして――それぞれ異なる宿命を背負った三人の少女は、自らの意思で絶望の渦中へと突き進んだ。
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