第37話 命の奇跡が蠢く場所
唖然とするフラムを見て、ネクトは口をおさえて「ふっくく」と肩を振動させ笑った。
「お姉さんのリクエストに応えて言ったらその反応、だからもう少しお話したかったんだ」
「そういうのもいいから、理由を聞かせてよ。ネクロマンシーって、同じ教会の仲間じゃないの!?」
「仲間……仲間ねえ……ははっ、確かに外からはそういう風に見えるのかな。その口ぶりだと残りの一つのことも知ってるんでしょ?」
「キマイラ、だっけ」
「そうそう。チルドレン、ネクロマンシー、キマイラ。なんで教会がわざわざ三つも研究チームを立ち上げたか、少し考えたらわからないかな」
「それは……」
失敗したときのための予備、という意味もあるのかもしれない。
あるいは協力しあって――いや、ネクトはネクロマンシーを“潰して欲しい”と言った。
つまり仲間ではないのだ。
「競争させるため?」
フラムが言うと、ネクトは腕を組みながら頭を縦に振った。
切磋琢磨させ、より高みを目指し、そしておそらく、最終的に採用されるのは三つのうちの一つだけ。
採用……一体何に採用しようというのか。
三十年前の人魔戦争、そして勇者の派遣。
彼らはずっと、魔族の領地を欲しがっていた。
そのための戦力――ひょっとすると、兵器として、オリジンコアを運用するためなのかもしれない、フラムはそう考えた。
「これはとても個人的な感情さ、けれどマザーも、そしてキマイラの連中だって同じことを考えてる」
「何を?」
「ネクロマンシーは目障りだ、ってね」
ネクトは首を傾け、フラムの方を見る。
その顔に表情は宿っておらず、声の抑揚もほとんど無い。
それほどまでに、彼らはネクロマンシーを嫌っているのだろう。
「要するにさ、方向性の違いだよ。僕らもキマイラも、まあ仲は良くないけど、力を求めるって意味では目的は一致してる。でもネクロマンシーは違う、あいつらの目的は死者を蘇らせるためだ。“人を幸せにしたい”って、そんな反吐が出るような綺麗事で研究を続けてる! そんなのオリジンを馬鹿にしてるのと同じだ!」
言葉が熱を帯びる。
彼の言うとおり、本当に死者を蘇らせるだけの研究だと言うのなら、フラムがそれを止める理由はない。
「今のところ、ダフィズの研究は順調そのものでさ」
「ダフィズ?」
「ネクロマンシーのリーダーだよ、眼鏡をかけた人の良さそうな、僕の、一番キライなタイプの人間だ! あいつは死者を蘇らせ、オリジンの影響を抑え込むことで生前と変わらぬ状態で動かし、さらには子どもを作ることにも成功してる」
「だったら……」
「
ネクトは薄っすらと口元に笑みをたたえ、大きく開いた目でフラムを凝視した。
彼女は知っている、そして彼も気づいている。
だからこそ、フラムは苦虫を噛み潰したような表情で唇を噛むのだ。
「
「……オリジンコアが、その程度で制御できるとは思えない」
「そう、そうなんだよ、オリジンの意志を人の頭脳程度で越えられるはずがない! そもそも蘇った死者は、本当に生きてるときと同じ状態なのか、それすらも怪しいもんさ。だってのに、ネクロマンシーは枢機卿たちから評価を受けてる。死者の蘇生が可能になれば、信仰も金も集まる、ってさ。わかるだろ? 僕らもキマイラもさあ、目障りだと思うわけだよ」
憎しみを吐き出すように、ネクトはそう言い捨てた。
つまり、フラムと彼の目的は一致しているのだ。
ネクロマンシーの虚実を暴き、研究を台無しにする。
結果として、ガディオとエターナは帰ってくるし、チルドレンの教会内での立場も良くなる。
誰も損しない、理想的な取引だ。
「でも、だったら自分たちの力でやればいいだけじゃないの?」
「壊そうと思えば簡単だよ。だけど僕らは同じ教会に所属してるからさ、それはできない。だから別の方法を使わなくちゃならない」
「それが私ってわけ」
フラムはぶっきらぼうに言った。
良いように使われているようで気分はよくない。
「その通り。お姉さんはさ、特別なんだ。見ているだけで胸のコアがざわつく、正気を失って、人格があっちに持って行かれそうになる!」
胸のあたりに拳を握りながら、ネクトは興奮した表情で言った。
その顔が
比喩でもなんでもない、そのままの意味で、ぐにゃりとマーブル模様のように形が崩れるのだ。
肉の渦と人の顔、その狭間で揺らぐように。
「はあぁ……つまり、さ」
深呼吸すると、顔は元に戻った。
先程までとは打って変わって、冷静な口調で言葉を続ける。
「コアを宿した者は、お姉さんの前にいるだけで平静を保てなくなる。その存在が、まるで恋のように感情を揺さぶるのさ」
「例えが気持ち悪いんだけど」
「くっへへ、ごめんごめん、思わず昂ぶって変なこと言っちゃった。でも事実だよ、そしてそれがネクロマンシーの虚構をぶち壊す武器になるんだ」
ネクトは、フラムに研究所に攻め込めと言っているわけではない。
ただ――
「そこに行くだけでいい、そこにいるだけでいい、それだけで十分に役目は果たせる」
「仮に受けるとして、私に何のメリットがあるの?」
「研究所の場所を教えてあげる」
それは、あまりに魅力的な対価だった。
一人で調べるつもりではあった。
しかし、リーチに聞いたところで、先日話した限りでは、研究そのものに関する情報をあまり持っていない。
教皇や枢機卿の知識はフラムたち以上だったが、彼に尋ねてもエターナたちの居場所がわかるかどうか。
だとすると、足を使って地道にやるしかないわけだが――そんなことをしていたら、研究所が見つかるのがいつになることやら。
しかも、教会と戦える人間もフラムしかいない。
その間にミルキットやインクが狙われることがあれば、守りきるのは難しい。
「お互いにとって、悪い提案じゃないと思うんだけどな」
不敵に笑うネクト。
彼の思惑通りに動くのは癪だが、かといってダフィズの好きにさせておくのもまずい。
最低か、最悪か、どちらかを選ぶしか無いのだ。
「……研究所の場所を教えて」
「そうこなくっちゃね」
まるで年相応の少年のように笑ったネクトは、素直にフラムに研究所の位置を教えた。
しかし、有力な情報を手に入れたというのに、彼女の気持ちは晴れない。
胸に広がっていく苦味。
言うことだけ言ってネクトは姿を消した。
その場に残されたフラムは、静かな路地で一人大きくため息をつくと、来た道を引き返していく。
◇◇◇
思っていたよりも遥かに早く戻ってきたフラム。
玄関で出迎えたミルキットは、「おかえりなさい」と言いながらも不思議そうに不機嫌な主を見つめた。
「何かあったんですか?」
「エターナさんとガディオさんの居場所がわかった」
さらっと言ってのけるフラム。
「えっ、こんなに早くですか!? すごいですご主人様っ」
そして軽く跳ねながらはしゃぐミルキット。
「全然すごくないって……」
いつもなら嬉しいのだが、今ばっかりは素直に喜ぶことはできない。
フラムはがっくりと肩を落とした。
二人の居場所がわかったというのに、なぜこうも落ち込んでいるのか。
謎は深まるばかりで、とぼとぼと居間へ向かう彼女の姿を見て、ミルキットは「んー?」と声を出しながら首を傾げた。
「おかえり、早かったねフラム」
「ただいまー……予想外の出会いがあってさ」
インクに対しても、フラムはローテンションで返事をする。
気だるげに椅子に座った彼女は、テーブルにべたっと突っ伏した。
「あはは、よっぽど嫌な人に会ったとか?」
「うん、ネクトに会った」
「え……!?」
「ネクトって、
インクはもちろん、部屋に入ってきたミルキットも驚愕する。
「わかんないけど、教会内の研究チーム同士で仲が悪いみたい。その辺の話、インクは聞いたこと無い?」
「あたしは、そういう話には混ぜてもらえなかったし」
インクは唇を尖らせる。
そんな扱いだからこそ、脱走なんて無茶な真似をしたわけで。
「そっかあ、インクが知らないとなると詳しい事情まではわからずじまいかな。とにかく、あいつからネクロマンシーを潰してくれるなら、研究所の居場所を教えてもいいって言われたの」
「それで、ご主人様は受けたんですか?」
ミルキットはフラムの隣に座り、問いかけた。
「悩んだけど、受けるしかないと思った。確かに教会の思い通りに動くのは嫌だけどさ、エターナさんとガディオさんが心配だもん」
「ですが、罠の可能性もあるのではないでしょうか……」
「無いと思うよ、ネクトって感情的になりやすいところがあるから。研究所に英雄を招き入れたって話を聞いて、逆上したんじゃないかな」
長い間、ネクトと一緒に暮らしてきたこともあって、インクの言葉には説得力がある。
「どっちにしたって、フラムは行くつもりなんだよね」
「受けた以上は、ね。それで、私がいない間にミルキットとインクをどうするかなんだけど――」
その時、ミルキットがフラムの服の裾を掴んだ。
そして彼女は口をきゅっと結んで、悲しげな表情で主の方を見つめる。
言わなくてもわかってるよ、とフラムはその頭を優しく撫でた。
「ミルキットは連れて行くつもりだけど、インクはどうする? 薬はエターナさんが余裕を持って残していってくれてるから、リーチさんに頼めば安全は確保できると思うんだけど」
インクを危険にさらす必要はない。
できれば王都の安全な場所にいてほしかった、が――彼女とエターナの付き合いはそう浅くはない。
「あたしも行きたい、って言ったら連れてってくれる? 足手まといかもしれないけど、あたしがいた方が、エターナを連れて帰るのは楽になる……かも、しんないよ」
足手まといである自覚はあった。
だから彼女は控えめに、もじもじしながら、小さな声で主張する。
「ネクトが言うには、そんな危険な場所じゃないんだって。シェオルっていう村そのものが教会の研究施設で、傍目から見てもただの農村にしか見えないんだとか。それに、チルドレンやキマイラと違って強力な力を求めてるわけでもないから、いきなり襲われる心配もない」
「じゃあ……行ってもいいの?」
「ただし、安全は保証できないから。私だって、せっかく助かったインクが傷つくのは嫌だからね」
「わかってる。いざとなったら、あたしなりに、出来る限り逃げてみせるから」
実際はそう簡単な話ではないだろう。
まずはエターナと合流して、彼女に連れ帰る説得も兼ねてインクを預けるのが得策か。
その後はガディオに会って、話して……それから何をしたら、いいのか。
いるだけでネクロマンシーは崩壊する、とネクトは言っていたが、具体的にどうなるのかは、行ってみなければわからない。
暴走して、いつかのオーガのように襲い掛かってくるのか。
それとも、もっとおぞましい何かが起きるのか。
膨らむ不安を抱えたまま、フラムたちは準備を整え、馬車乗り場へ向かう。
◇◇◇
王都の周辺には、その膨大な人口を支えるために、無数の農村が点在している。
一箇所あたりの人口は多くても千人程度だが、それらを束ねれば王都を遥かに上回る数になるだろう。
のどかな田園の真ん中に敷かれた、王国の大動脈たる街道。
フラム、ミルキット、インクの三人は馬車の荷台で揺られながら、シェオルへの道程を進む。
このあたりだとまだ、他の馬車とすれ違うことも多い。
「実は私、あまり王都から出たことがないんです」
フラムの左側に座るミルキットが言った。
ちなみに右側にはインクが座っている。
「じゃあ、こういう景色って新鮮だったりする?」
「はい、ご主人様の故郷もこういう景色なのかな、と想像しながら見ていました」
確かに王都と比べると寂しく、田舎らしい風景ではある。
しかし、フラムは苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「うちはもっと辺鄙な場所だから、たぶん見たらびっくりすると思う」
「ここよりずっと、ですか?」
「うん、もっと鬱蒼とした森に囲まれてるし、草原があったとしても人の手が入ってないから、生えてる草の丈が高くて、幹も太いの。王都周辺みたいに“綺麗だな”と思えるような景色じゃないんだよね」
「それはそれで、興味があります」
「見たって面白くはないと思うんだけどな……まあ、行くとしてもそのうちね」
車輪が転がり、一面の緑を風がそよぐ。
音も景色も、ゆったりと、平穏で、雰囲気に飲まれて思わずのんきな会話をしてしまうほどだ。
向かう先は教会の研究施設だというのに。
王都からシェオルまでの距離は、かなり近い。
三時間ほどで近辺まで到着し、三人はほど近い木の陰で馬車を降りた。
いくらなんでも、村に直接乗り付けるわけにはいかない。
そこから歩くこと二十分ほど、村が見えてきた。
中心には、農村にしてはやけに立派な教会が建っている。
何も知らなければ、熱心な信者が多い場所なのだろう、という印象を受けただけで終わる。
だが、ここの正体を知っているフラムは確信する。
あの教会こそが研究施設の中枢なのだろう、と。
まずは遠巻きにシェオルの周囲を観察する。
村は柵で囲まれており、北と南の入り口には二人ずつ教会騎士の姿があった。
柵には、明らかに怪しい何本かの糸が垂れ下がっている。
侵入者を察知するための魔法がかけられているのだろう。
飛び越えれば強引に入れないこともないが、ミルキットとインクを置いていくことになってしまう。
食料を積んだ馬車の出入りもあり、特に騎士がそれを止めている様子もない。
教会の人間である可能性もあるが、表向きは普通の農村を装っているのだ、怪しまれるような行動は謹んでいるのだろう。
だとすれば……普通の人間なら、案外、真正面から入っても平気なのかもしれない。
まあ、それを期待するには――頬には奴隷の印、腕にはエピック装備のタトゥーがいくつか刻まれた軽装の少女に、顔を包帯でぐるぐる巻きにした、給仕服の少女、さらには目が縫い合わされた盲目の少女と――三人はヴィジュアル面に問題がありすぎるわけだが。
しばし茂みでフラムが考え込んでいると、ミルキットが「あっ」と声を上げた。
「どうしたの、ミルキット」
「ガディオさんが……」
彼女の視線の先にいたのは、穏やかな表情をしたガディオと、彼と腕を組む若い女性の姿だった。
あれがティアなのだと、フラムはすぐに理解した。
せめて彼に自分たちの存在を報せられたら――そんな時、インクが軽く身じろぎをした。
かさりと、傍にあった木々が揺れる。
するとガディオの視線は、ふいにフラムたちの方を向いた。
彼はその場で足を止め、ティアに何かを告げると、単身こちらに歩いてくる。
「誰かの足音が近づいてくる……あれ、もしかしてあたしのせい?」
「せいっていうか、おかげかな」
三人は門番である騎士から完全に見えない場所にまで移動した。
ガディオは彼女たちの姿を見つけると、同じく騎士の視線を気にしながら近づいてくる。
「まさか、俺たちを追いかけてきたのか?」
「当然です、黙って教会の施設に行くなんて、いくらガディオさん相手でも私、怒りますから」
「……すまない」
そう素直に謝られると、逆に自分の方が申し訳なくなってくるフラム。
動機がはっきりしているだけに、それ以上、彼のことを責める気にはなれなかった。
「しかし、どうやってシェオルに施設があると探り当てたんだ、まだ俺たちが王都を発ってから半日も経っていないんだぞ?」
「それは……まあ、色々あって。それにしてもガディオさん、やけにリラックスしてる様子でしたけど、死者を蘇らせる研究っていうの、本当に大丈夫なんですか?」
「今のところは、な。さっきまで一緒に歩いていたのが、先日話した俺の妻であるティアだ。心臓がオリジンコアになったことを除けば、彼女は生前と何も変わっちゃいない。それに――この施設を統括しているあの男、ダフィズは悪人ではない。少なくとも俺はそう感じた」
そこに関しては、ネクトも同じようなことを言っていた。
おそらくダフィズという男は、本当に善人なのだ。
「会ってみるか?」
「その人に、ですか」
「ああ、おそらく話を通せば、フラムとも話をしたいと言いだすと思うぞ」
どのみち、あの村全てが研究施設だというのなら、忍び込むのは難しい。
それにフラム自身も、ネクトの言葉や、死者を蘇らせる研究――それらをどう受け止めていいのか、判断しかねていた。
実際にダフィズと話してから結論を出しても、遅くはないかもしれない。
「ご主人様、どうするんですか?」
黙り込むフラムを心配そうに見つめるミルキット。
インクも、選択はフラムに委ねる、と言わんばかりに彼女の方を凝視していた。
「わかりました、会わせてもらってもいいでしょうか」
「ならついてきてくれ」
ガディオはそう言って、三人をシェオルへ導いていく。
彼の広い背中を追って、門を通り過ぎ、町の中央を進んで、向かうは例の教会。
そこにたどり着くまで、フラムはあらゆる方向から視線が飛んできているような気がして、やけに居心地が悪かった。
◇◇◇
ガディオは、教会の奥にあるとある部屋のドアをノックした。
中から姿を現したのは、小さな子どもを抱いた、ひ弱そうな男。
彼が――ダフィズ・シャルマスらしい。
最初にフラムとインクの姿を見たとき、彼はかなり驚いていた。
招待したつもりもないのに、報告に聞いていた危険分子扱いの少女と、そして死んだはずの螺旋の子供がいきなり現れたからだ。
しかしすぐに冷静さを取り戻すと、応接室に三人を案内する。
ガディオはティアの元に戻っていった。
少し不安もあったが、今はいない方が助かる。
何せ、フラムは彼の妻であるティアも含めて、このネクロマンシーの研究を壊しにきたのだから。
応接間のソファに、右からインク、フラム、ミルキットの順で腰掛ける。
ダフィズは正面のソファに座ると、幼子を膝に乗せた。
ルコ―と呼ばれた彼女は、特に暴れることも騒ぐこともなく、そのつぶらな瞳でフラムをじっと凝視していた。
「確か、フラム・アプリコットさん……でしたよね。驚きましたよ、まさかいきなり来られるとは。どこでシェオルの情報を聞いてきたんです?」
「それは……」
「まあ、大体察しはつきます。インクさんがそこにいるということは、チルドレンの関係者から、ですね? 彼ら、僕のことを随分と毛嫌いしていまして、以前から幾度となく妨害をうけているんですよ」
「そうだったんですか。だったら、どうして私たちとこうして話してくれる気になったんです?」
「迷いはあれど、敵意は感じられませんでしたから。フラムさん、あなたは優しい人だ。そしてあなたを慕っている隣の両名も。ですから、話し合いさえすれば、きっとネクロマンシーの理念も理解してもらえると思ったんです」
ダフィズは微笑む。
確かにガディオの言うとおり、とても綺麗な目をしているし、嘘をついているようにも思えない。
彼は善人なのだろう。
しかし、だからといってオリジンコアを使った研究を受け入れられるわけではない。
「人を蘇らせる。本当に実現できるのなら、それに越したことはないと私も思っています。でも……本当に可能なんですか?」
「フラムさんは、この村を見てどう思いましたか?」
「どう、とは」
「平和な村だとか、静かな村だとか、色々あるじゃないですか。第一印象です、思ったことをおっしゃってください」
教会に入るまでの光景を思い出す。
視線は気になったが、それは見た目からして仕方ないことだ。
それよりも、やけに複数人で歩く姿を多く見かけたような気がした。
両親や、妻、夫、子供、恋人、友人――誰もが笑い、ともに過ごす時間を楽しんでいたのではないだろうか。
「幸せそうな村、でしょうか」
フラムは感じたままを、言葉にする。
するとダフィズは満足したように頷いた。
「ええ、そうでしょう。ですが彼らのうちの半数は、死者です」
「なっ……半数!?」
声を上げて驚いたフラムと同時に、ミルキットとインクもダフィズの言葉に反応する。
つまり、この村の規模から考えると、すでに二百人以上の死者が蘇っているということになる。
「それだけの人数が命を取り戻し、死の悲しみを乗り越え、幸せを掴んだんです。まだ完璧ではないかもしれない。しかし、普通の人間と同じように会話もできて、感情があって、食事も、排泄行為も、睡眠も、あえて言いますが性交だってこなすことができる。子供も生まれます、実際この子――ルコ―は蘇生した僕の妻が産んだ子ですから。つまり、完成まであと少しなんです。人間が、死を恐れなくてもいい時代がやって来ようとしている!」
ただ生き返るだけなら、フラムは有無を言わさず否定しただろう。
だが、蘇った女性から新たな命が産まれたとなると話は変わってくる。
彼女がルコーを眺めていると、ダフィズは補足するように口を開いた。
「確かに現在、妻であるスージィの心臓はオリジンコアで代用しています。しかし、ルコーの体内は違う。多少の差異はあるものの、ほぼ正常な人間と同様の器官を備えているんです」
産まれてきた子供が、人間ではない別の生物である可能性――フラムの頭に浮かんだそれを、彼の言葉がすぐさま叩き潰す。
十年以上も研究を続けてきたダフィズに対し、理屈の穴を探すのは不可能である。
彼は自信家ではないが、ことネクロマンシーの研究においては、完璧を自負している。
「フラムさん、あなたはオリジンコアの力とぶつかりあったことがあるのですよね。ゆえに僕の言葉を信じることができない。それはよくわかります、確かにあれはおぞましい力だ、人間が扱うべきものではないのかもしれない」
実験には失敗がつきものだ。
彼とて、幾度となく失敗を繰り返してきたし、そのせいで命の危機に瀕することもあった。
それでもくじけなかったのは、スージィへのぶれない愛情があったから。
「ですが、だからこそ、僕らは人の叡智だけではたどり着けない、“命”の領域にまで達することができた。不可能だからと諦めるのではなく、立ち向かい、打ち勝ったんです! その成果を……僕らが積み上げてきたものを、信じて欲しい」
人間の心臓を、オリジンコアと入れ替えるという行為自体は、チルドレンもおこなっていた。
あちらは、生きた人間を対象としていたが、それから十年が経ち――インクはちゃんと、人間として成長することができたのだ。
心臓を人間のものに戻してみれば、後遺症のような症状も今のところは出ていない。
要するに違いは、肉体が生きているか、死んでいるか。
死者にオリジンコアを埋め込んでも、生前と全く同じ状態になる可能性は……ある、のかもしれない。
ゼロじゃない、けれど絶対でもない。
「みなさん、今日はここに泊まっていきませんか? その上で判断して欲しい。僕たちの研究が、正しいのか、間違っているのかを」
敵の本拠地で寝泊まりするなど、正気の沙汰ではない。
だが一方で、自らの懐で敵を寝泊まりさせることも、また正気ではない。
互いに覚悟を試すように視線がぶつかり合い――フラムは首肯し、その申し入れを受け入れた。
自分の存在がオリジンコアを宿す死者たちを乱すというのなら、この場に留まれば自ずと結果は出るはず。
そんな彼女の顔を、ルコーの瞳は、微動だにせずじっと見つめ続けていた。
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