第14話 激安物件不審者付き

 





 フラムは近くの明かりの付いた家を尋ねると、出てきた30代のほどの女性に助けを求めた。

 ステュードが殺されたこと、そしてその犯人はすでに冒険者である自分が殺したことを正直に伝え、自警団を呼んでもらう。

 彼女は非常に慌てた様子でフラムと共に自警団のメンバーの家を尋ね、そこでまた、フラムは同じような説明を繰り返す。

 彼らも実際に見るまでは半信半疑だったが、さすがに荒らされた家に寝室で倒れるステュードの死体を見ると信じないわけにもいかない。

 まあ、最初はもちろん、一番怪しいフラムに疑いの眼差しが向けられたわけだが。

 しかし、破れた服を握り、胸元を隠すミルキットがそこに現れると、空気は一変した。

 フラムは、被害にあったミルキットを利用したようであまり気分は良くなかったが、本人はただそこに来ただけで、一切気にしていない様子だったのが、せめてもの救いだろうか。

 また、両断された男たちの死体から、ステュードの家から盗み出した金品が発見されると、完全に疑いは晴れたようであった。

 彼らの無残な死体は、麻袋に入れられ森に捨てられた。

 死んでしまった彼らを裁く手段は無いが、その骸をぞんざいに扱うことで、町民はウサを晴らそうとしたのだろう。


 セーラはその日の間、ずっと落ち込んだ様子だった。

 だが翌朝、ステュードの葬儀を任されることとなった彼女は、非常に落ち着いた様子で役目を全うした。

 任された以上は、その仕事に集中する。

 そう割り切れるセーラだからこそ、できた芸当だろう。


 正直、フラムは自分がこの葬儀に参加すべきか、直前まで迷っていた。

 誰もが彼の死を涙を流しながら嘆いた。

 しかし、その原因となったフラムは、むしろミルキットが無事だったことで安堵したぐらいだ。


「薄情だ、私は」


 葬儀の最中、誰にも聞こえないようにフラムは呟いた。

 自己嫌悪である。

 唇を噛む主を見て、隣に居たミルキットは彼女の服の端をきゅっと摘んだ。

 慰めようとしてくれたのだろうか。

 フラムはそれに気づくと、ふっと表情を緩め、ほんの少し顔を近づけて囁く。


「ありがとね」


 そして、ミルキットと指先だけを絡めた。

 さすがに葬儀中に、手を繋ぐなどと目立つことはできない。

 けれど、たったそれだけでも、確かに体温は感じられて。

 ちょこんと触れ合う温もりに、ミルキットは自然と微笑んでいた。




 ◇◇◇




 葬儀の翌日、予定通り昼過ぎに馬車はエニチーデに戻ってきた。

 フラムたち3人は荷台に荷物を積み込むと、町の人々に別れを告げる。

 セーラは葬儀のお礼に、と金一封を押し付けられて居たが、やはり受け取らないつもりのようだ。

 彼女にも、自分が多少なりとも加害者である、という罪悪感があるのだろう。

 デインの手下を引き寄せたのは自分たちだ。

 これでお金を受け取ってしまえば、とんだマッチポンプではないか。


 犯人が悪名高い冒険者の手下であることも、そしてフラムを追ってこの町に来たことも、全て昨日のうちに話している。

 それでも町の人々は彼女たちを責めはしなかった。

 何なら、犯人に罰を与えたことを感謝すらしていたし、襲われそうになったミルキットのことを心から心配してくれた。

 間違いなく、優しい人たちである。


 3人はそんな人々の心の暖かさに感謝しながら、馬車に乗り込み、町を去った。

 セーラは遠ざかっていく町の景色を、目を細めながら、空虚な表情で見つめていた。




 ◇◇◇




 馬車が走り出してから数時間。

 フラム、ミルキット、そしてセーラの間に、一切の会話は無かった。

 昨日もそうだったが、特にセーラは思うところがあるようで、ずっと考え込んで、他人とのコミュニケーションどころでは無いようだ。

 フラムもそんな彼女を見て、陽気に振る舞う気分にはなれない。

 ミルキットはいつもと変わらない様子だが、主に合わせてか、いつも以上に静かだった。


 乾いた平地を抜け、草原にさしかかる。

 爽やかな風が3人の頬を凪いだ。

 頬をくすぐる金色の髪を、セーラは手でかきあげる。


「……おねーさん、おらずっと考えてたんすけど」


 流れる濃緑の波を眺めながら、彼女は言った。


「やっぱり、よくわかんないっす。何を信じるべきで、何を疑うべきなのか。おら、器用じゃないっすから、信じるとなると全部信じたいっすし、疑うなら全部疑ってしまうっす」


 セーラはまだ10歳だ。

 善悪の選別、正と偽の取捨選択。

 幼さゆえに、まだそれらをケースバイケースで切り替えられない。


「いいと思うよ、それで」


 偉そうに言える立場ではないが、と自嘲しながらフラムは言った。


「でも……おらのせいで、おねーさんはあんな目に合って……」

「あれぐらい……って言うのも感覚が麻痺してるみたいで嫌だけど。ま、自分で突き刺したようなものだし、こうして生きてるんだからさ、あんま気にしないで」


 フラムはけらけら笑いながら言った。

 セーラの気持ちが楽になるように、あえて軽く言った部分もある。

 実際、首にナイフが刺さったのはかなり痛かったし、今でも思い出すと傷のあたりがむず痒くはなるが。

 それでも、彼女を責めようという気にはならなかった。


「それに私は、若人は思う存分迷うべきだと思う」


 年寄りくさいその言葉に、セーラは思わず吹き出した。


「なんすかそれ、おねーさんとおら、6歳しか離れてないっすよ?」

「この年頃の6歳差は大きいの、大人しくお姉さんの言うことを聞いておきなさい」

「むぅ、なんか釈然としないっすね」


 不満げに唇をへの字に結ぶセーラだったが、その表情を覆っていた影はずいぶんと薄まったようだ。

 自分のせいでフラムが傷ついてしまった。

 その自責の念が、彼女の言葉と笑顔のおかげで消えたおかげだ。

 悩みは尽きない、けれど悲観的に考える必要もない、だってまだまだ大人になるまで時間はあるのだから。


 セーラがようやく元来の明るさを取り戻すと、馬車の雰囲気は一気に良くなった。

 会話が弾み、行きの時よりも距離が縮まった分、他愛もない会話で盛り上がる。

 お腹が空いたら、エニチーデで買った素材でミルキットが作った昼食に舌鼓を打ち。

 そして満腹になったセーラとミルキットが、それぞれフラムの太ももと肩にもたれて眠る。

 枕にされた当人は、そんな2人を微笑ましく見守っていた。

 重たいが、耐えられないほどではない。

 馬車の揺れすら、今は心地よい。

 やがて、密着した体温によって誘発された、暖かな眠気がフラムを包む。

 彼女も体を前後させ、こくりこくりと船を漕ぐ。

 みな眠りに落ちると、荷台の中からは、馬の蹄が大地を蹴る音と、車輪の音、そして微かな寝息だけが聞こえてくるのだった。




 ◇◇◇




 王都にたどり着くと、馬車はリーチの屋敷がある東区まで3人を運んでくれた。

 だがセーラとはここでお別れのようだ。


「おらが行くと、リーチさんはたぶん報酬を渡そうとしてくるっすから」


 立場上、それを受け取るわけにはいかないが、断るのも忍びないから、ということらしい。


「中央区の教会に所属してるっすから、もしフラムおねーさんとミルキットおねーさんがおらに用事があるなら、そこに来て欲しいっす。ご飯をごちそうするって話、忘れてないっすからね? 楽しみにしてるっすよー!」


 そう言って、ブンブンと手を振りながら元気いっぱいに教会へ戻っていく。

 フラムとミルキットは、彼女の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 そして別れを終えると、フラムはこてんと首を横に倒した。


「ご主人様、どうしたんですか?」

「中央区なんだなー、と思って。出会ったのが西区だったから、てっきり近くの教会に居ると思ってたんだけど」


 だが考えてみれば、あそこまで才能豊かな少女が、治安の悪く、住民の信心も低い西区の小さな教会に住みつくとは考えにくい。

 北区にある大聖堂――すなわち本部としても、良い環境で育てたいと考えるはずなのだから。


「ま、いっか。リーチさんも待ってるだろうし、早くキアラリィを渡しに行こう」

「はい、そうしましょう」


 リーチ然り、どこに住んでいようと西区に用事ができることぐらいあるだろう。

 フラムはあまり深く考えずに、高級住宅が立ち並ぶ東区の中でも、かなり大きい方に分類される屋敷に近づいた。

 偶然通りがかった貴族が、彼女の頬とミルキットの包帯を見て露骨に顔をしかめ、従者とひそひそと話をしている。

 王都の中では治安の良い東区の人間からしてみれば、野良らしき奴隷が1人で歩いているだけでも眉をひそめるような事態なのだろう、

 特に気にすることはない、いつものことだ。

 屋敷の門の前に立つと、傍らに立つ兵がフラムに声をかける。


「何か御用でしょうか」


 先ほどの貴族と異なり、物腰は丁寧だ。

 2人を見て嫌な顔をすることもない。


「リーチさんからとある依頼を受けていたフラムと言います、取り次いでもらってもいいですか?」

「ああ、あなたがフラムさんでしたか。主から話は聞いております、どうぞ中にお入りください」


 彼はそう言うとあっさりと門を開き、彼女たちを敷地内に招き入れる。

 とは言え、リーチの屋敷は庭も広く、玄関は見えてはいるが、多少の距離があった。

 まっすぐ進み両開きの扉の前に立つと、今度は球体形の魔力駆動式のスイッチが壁に埋め込んである。

 フラムがその水晶に触れ微量の魔力を流すと、屋内でベルの音が鳴った。


「そのスイッチ、どういう仕組みで動いているんでしょうね」

「確か、魔力に反応してくっついたり離れたりする鉱石があって、その組合せで動かしてるって話だったと思う」

「なるほど、ご主人様は物知りなんですね」

「一応、故郷で学校には通ってたから。でも大したことないよ?」

「いえ、ご主人様はすごいです」


 ミルキットからフラムに向けられる信頼は、順調にすくすく育っているようで。

 本当に大したことのない知識でやたら褒められ、フラムは思わず赤くなった頬を指で掻いた。

 あくまで一般常識レベルの教養だ。

 それでも教育を受けてこなかったミルキットにとっては、初めて聞く、知的好奇心をくすぐる内容だったのだろう。

 それに――そもそもこんな疑問を抱いても、これまでの主は答えてくれなかったし、諦めきっていた彼女は最初から聞こうともしなかった。

 少しずつ、人間らしい心を取り戻しつつあるということでもある。

 興味津々に水晶を観察するミルキットを見て、フラムがほっこりしていると、屋敷の扉が開いた。

 出てきた初老の執事は、2人の顔を見て「お待ちしておりました」と丁寧に頭を下げる。

 そして彼の先導で、客間へと向かった。


 屋敷に入るのは2度目だが、相変わらずの大きさと絢爛さである。

 玄関を抜けて最初に目に入るのは、広々とした吹き抜けのエントランスだ。

 そもそも個人宅にエントランスという概念が存在する時点で、リーチが違う世界の住人なのだと痛感させられる。

 天井には定番のシャンデリアがかかっている、見上げるだけでフラムはため息が出てしまう。

 敷き詰められた絨毯も、土足で踏むのが申し訳なくなるほど鮮やかな色で模様が描かれており、踏みごこちも良い。

 壁にかけられた絵画は素人目に見ても上等なものばかりで、隅に置かれた花瓶や壺も、おそらく家が1個建つほどの値段がする高級品なのだろう。

 執事に先導され、階段を登ると――木製の手すりはよほど丁寧に磨かれているのか、顔が映り込むほどの光沢を放っていた。

 手を置いて指紋で汚してしまうのが申し訳なかったので、2人はそれに触れることができない。

 手すりの終着点には、細かな彫刻が施されており、細々とした部分にも上品さを感じさせる。

 ミルキットはその彫刻に興味があったのか、振り向いてまで観察しようとしていた。


 2階にあがり、廊下を進んですぐの所に客間はあった。

 フラムが手すり付きの椅子に腰掛けると、想像していた以上にふかふかの感触が返ってくる。

 これも2度目だが、彼女は思わず「おおう」と声を出してしまった。

 ミルキットは侍るようにフラムの斜め後ろに立っていたが、拒む彼女を「命令だから」と強引に座らせる。

 申し訳なさそうな顔をしていたが、いずれは何も言わずとも座るようになって欲しいものだ、とフラムは苦笑する。


 用意された、やたらいい香りのするハーブティと、手が止まらなくなるほど美味しいフルーツの混ぜ込まれた焼き菓子を食べながら、リーチが来るのを待った。

 彼が部屋にやってきたのは10分ほど後のことだ。

 額が汗でてかっており、直前まで忙しく動き回っていたことを察することができた。

 しかし、どんな仕事よりも、妻の病を治す薬草の方を優先したのだろう。


「お待たせしました、フラムさん、ミルキットさん。おや、セーラさんは……」

「用事があるからと言って先に教会に戻りました」

「そうですか、残念です。今度改めてお礼を言いに行かなければなりませんね」


 そう言って、彼はポケットから取り出したハンカチで額を拭くと、向かいの椅子に腰掛けた。

 そして、待ちきれないと言った様子でフラムに問いかける。


「それで、キアラリィは?」


 フラムは隣の床に置いていた袋から、さらに小さな袋を取り出し、それをリーチに渡す。

 受け取った彼は、すぐさま中身を確認し――満面の笑みを浮かべた。


「おお、これこそまさに……!」


 よほど嬉しかったのか、目の端には涙が浮かんでいる。

 あまりの感動に、しばし気持ちを落ち着ける必要があったのか、袋の中を見たまま止まってしまうリーチ。

 ようやく高鳴る鼓動が収まってくると、今度はフラムの方を見て、深々と、間にあるテーブルに額を擦り付けて言った。


「ありがとうございますっ! これで、これでようやく妻を救うことができます……! 本当に、どれだけ感謝しても足りないぐらいです!」


 想像以上の感謝っぷりに、戸惑うフラム。


「頭を上げてください、リーチさん。私たちは頼まれた依頼を全うしただけですから」

「それでもですっ! これまで、どれだけ探しても見つからなかった薬草だったのに。あんな偶然の出会いが導いてくれるとは、まさに奇跡! 神の御業です!」


 教会の作り出した化物を見てきただけに、フラムは神の御業と言いう言葉に複雑な心境を抱く。

 彼に悪気は無いのだろうし、巻き込むつもりもないので、あそこで起きたことを話すつもりはないが。


「それで報酬ですが、フラムさんの欲しい物をなんでも1つおっしゃってください。可能なものでしたら、なんでも差し上げますので」

「んー……いきなりそう言われても……ミルキット、何か欲しい物とかある?」

「私に聞かれても、困ります」

「だよね。普通にお金とかじゃ、ダメなんですか?」

「それでも構いません、いくらでもお支払いたしましょう」


 本当にいくらでも貰えそうだったので、フラムは少し怖くなってきた。

 これはむしろ、欲しい物を素直に言った方が良いのではないだろうか。

 そう結論付けると、とりあえず現状で必要なあるものを提案する。


「そうだ! 西区での活動の拠点になる、部屋を借りたいんです。どこかいい場所は無いでしょうか」

「西区で、ですか」


 なぜあんな治安の悪い場所で? リーチはそう思ったのだろう。

 彼の助力を借りれば、中央区でだって、ひょっとすると東区ででも、部屋を見つけることができるかもしれない。

 だが――フラムに逃げるつもりはなかった。

 デインに必ずツケは払わせる、その強い決意の現れでもあったのだ。

 目を見て、彼女の意思が確固たるものであると気づいたリーチは、ぽんと手を叩く。


「それでしたら、ちょうどいい物件・・がありますよ!」




 ◇◇◇




「……ここ、だよね」

「……ここ、ですね」


 フラムとミルキットは、手渡された書類に記された場所に来て、立ち尽くした。


「私は、てっきりどこかの一部屋ぐらいに思ってたんだけどさ」

「私もそう思っていました」

「まさか、これ、全部……」

「書類を見る限り、そういうことだと思います」


 困惑する。

 確かにいい場所は無いかと聞いたし、ここは西区でも中央区に近く、比較的治安の良い場所ではあるが。

 それでも、まさか――


「いや、一軒家だよこれ!?」


 ――木造2階建ての住宅ごと貰えるとは、想像もしてなかった。

 確かによく見てみると、書類の中には土地の権利書らしきものも混ざっている。

 リーチ曰く、


『以前、土地を転がしていた頃に売れ残ってしまった場所なので、どうぞ使ってください』


 とのことで。

 しかも、『これだけでは報酬としては安いので』とフラムは金貨が入った袋も手渡されていた。

 また、『せめてセーラさんにもこれぐらいは』と、上等なエンチャントの付いた指輪まで預かっている。

 今からでも自分の分だけは返したい気分だったが、そうはいかないのだろう。

 それだけ、彼の感謝の気持ちが深いということで。


「良いのではないでしょうか。ご主人様は傷ついて、苦しんで、頑張っていましたし、その対価だと思えば」

「苦労はしたけども、ここまでかなぁ」

「ここまでだと、私は思います」

「……そっか」


 報酬は、依頼を受けた人間が決めることではない。

 リーチがそれで満足していると言うのなら、気持ちよく受け取るのも冒険者の勤めなのだろう。


「じゃあ、とりあえず中に入ろっか」

「はいっ」


 玄関の扉を開け、家の中に入る。

 しばらく使ってないとのことで、ホコリや蜘蛛の巣でまみれた惨憺たる状態を想像していたのだが――


「あれ、意外と綺麗だ」

「そうですね、まるで誰かが使っていたようです」


 そう、家の中は存外に綺麗なものだった。

 テーブルや棚、ベッドなど、最低限の家具は揃っているようだし、すぐに住むことができそうである。

 2人が新居にわくわくしながら1階を探索した。

 すると、2階の方から何やらギシギシと音が聞こえてくるではないか。

 フラムは最初、小動物か何かかと思ったが、それにしては足音が大きい。

 玄関に鍵がかかっていても、誰かが隙間から勝手に侵入して、住み着いている可能性はある。

 不安げに瞳を揺らすミルキットの手を握ると、フラムは自分が先頭となり、恐る恐る階段を登った。

 2階も綺麗に掃除されていて、やはり放置されていたとは思えない。


「誰かが住んでるんだ……」


 フラムはそう確信する。


「そんな、勝手にですか?」

「西区だし、それぐらいあることなのかも」


 扉の向こうに居る誰かに気づかれないように、小さな声でひそひそと会話を交わす。

 そして、フラムは金属製のドアノブに手を伸ばし、握る。

 手のひらに伝わるひんやりとした感触が、緊張感を煽る。

 生唾をごくりと飲み込み、ぐっと力を込め、ノブをひねり――できるだけ音を立てずに、扉を開いた。

 彼女たちがそこで見たものは――


「……これだと駄目。じゃあこっちは……うわ、酷い匂い。失敗? いや、味は酷いけど成分は失われてない」


 椅子に腰掛け、怪しげな薬品を混ぜ合わせながら、ぶつぶつと呟く少女の姿。

 白いぴっちりとしたボディスーツに、ふよふよと室内を漂う謎の球体。

 そして、屋内なのに何故か鍔の広いエナン帽を被ったまま彼女は、フラムが知っている人物によく似ていた。

 というか、こんな特徴的な格好をした人物、1人しか居ない。


「も、もしかして……」

「んー? 誰かいるの?」


 気だるげな声とともに、彼女は振り返る。

 顔を見て、フラムは改めて確信した。

 そして大きな声で、彼女の名前を呼ぶ。


「エターナさんっ!?」


 そう、彼女こそ、魔王討伐の旅に参加した英雄の1人である、そしてフラムに初歩的な薬草の知識を教えた――“永遠の魔女”エターナ・リンバウであった。

 なぜこんな場所に住んでいるのか、旅はどうなったのか、などと気になることは沢山あったが、逆に多すぎて何から聞いて良いのかわからない。

 あんぐりと口を開け、驚愕するフラムを見てエターナは、


「あ、フラムだ」


 と、マイペースな調子で言った。





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