第109話 来海の実力



 次の日。


「おはようございまーす! あ、楓さんと片桐くん、ちょっと相談が」

 小玉さんは出勤するとすぐに俺と楓にそう言った。


「あ、小玉ちゃんおはよう! 相談?」

「おはようございます小玉さん。相談って何ですか?」

「レンコントのホームページって、片桐くんが管理してるんだよね?」

「ええ、そうですけど」

「じゃ、一部私に貸してくれないかな?」

「貸すって、どういう意味ですか?」

「サーバーにフォルダーを作って欲しいの」

「個人的なものとか、悪いことに使っちゃダメですよ……?」

「……ちょっと、私って片桐くんの中でどういうイメージの人間なのよ?」

「悪の大魔王」

「あ……悪の大魔王!?」

「いえ、冗談です」

「嘘つけ、絶対ホンキでそう思ってるでしょ?」

 小玉さんは俺の腹に軽く肘鉄ひじてつを食らわせた。

「げふっ、言われたことありません?」

「何度もある……って、それはもういい。楓さん」

「ん? なに?」

 小玉さんは俺への説明ではらちが明かないと思ったのか、楓に話を振った。

「昨日、片桐くんと一緒にヘルパーの仕事をしてて思ったんですけど、ヘルパー用の管理システムを作りませんか?」

「ヘルパー用の管理システム?」

「はい。ヘルパーの仕事って増えてるんですよね?」

「うん。それで小玉ちゃんに手伝ってもらいたいと」

「って事は、私と片桐くんで上手に回す必要がありますよね?」

「うん、そうだね」

「じゃ、私と片桐くんがここに戻る前に次の現場へ行ったりすることもあるんですよね?」

「うん、これからはそうなるかも」

「だとすれば、私達が連絡を取り合わなくてもそれぞれの仕事の内容とか場所とか時間を管理して、ダブらないように効率よく回せたほうが良くないですか?」

「その方が良いと思うけど……そんな事できるの?」

「はい、その為の管理システムなんです。今考えているのは……」


 小玉さんはヘルパー用の管理システムの内容を詳細に話してくれた。

 要約するとこうだ。

・基本的にホームページから受け付ける。

・電話で受け付けたものに関しては楓か誰かがシステムに入力する。

・現場の近さや緊急度を考慮して効率よく回れるようにする。

・俺と小玉さんがダブって受注しないようにそれぞれが「これは引き受けた」とフラグを立てる。

・現場での状況や結果を俺と小玉さんが入力してナレッジとして共有する。


「いいね! ……でも……」

「でも? なんですか?」

「そんなお金、ないよ?」

「あ、要りません!」

「要らない……? でも、そんな凄いもの作ろうとしたら、相当かかるんじゃない?」

「無料です。というか、私が作るので私の人件費だけです」

「は!? 小玉さんが作るんですか!? って言うか、作れるんですか!?」

 たまらず俺が口を挟んだ。

「片桐くん……私を誰だと思っているのかね……?」

 小玉さんは自慢げに、悪そうな顔で俺を見た。

「悪の大魔王」

「いや……それはもういい。私はさ、自分ができることを増やすために大学へ行って、外資企業のフード会社へ行ったわけ。何処へ行っても今はそういうシステム関連、ITに詳しくない人はやっていけないんだよ。だからそういう事も勉強したし、この程度なら一日あれば作れるよ」

「一日!?」

「うん」


「よ、宜しくお願いします!」

 俺と楓は一緒に頭を下げた。


 小玉さんは試用期間で時給千円。たとえ十時間働いたとしても一日一万円。それでこういうシステムを作るというのであれば、本当に一万円で出来てしまう……。


「わかりました。じゃーどうしよう? 今日やる? それとも今日もついていって、別の日にやる?」

 小玉さんは俺を見た。

「うーん、デバッグや運用試験もあるでしょうし、今日お願いしてもいいですか? 楓、それでいいか?」

「うん。蒼汰が良いなら良い」

「よし、じゃ今日お願いできますか?」

「わかった。事務所からアクセスできる?」

「はい、じゃこちらへどうぞ」


 俺は小玉さんを連れて三階の事務所に案内した。


「今日はこのパソコンでずっと作業していていいですから。今、ここにフォルダーを作ったのでこの中でお願いします」

「うん、わかった。いくつかソフトをインストールさせてもらうけどいいかな?」

「小玉さんが信用しているものなら構いません。後で何を入れたのかだけを教えてください」

「わかった」


 それから小玉さんはパソコンに向かうとものすごい集中力で作業を始め、周囲を寄せ付けない圧力を感じさせた。


 俺は空さんを始め、事務所に出入りする人に小玉さんがこういう作業をしているからと伝えると、クラウディアを連れて最初のヘルパーの仕事へ向かった。


 ──


 夜になり、俺達が一日の仕事を終えて事務所に戻ると、小玉さんはまだ作業を続けていた。


「小玉さん、どうですか?」

「あ、片桐くん、楓さん……。啖呵たんかを切ったのに申し訳ありませんが、もう一日いただけないでしょうか? なんかやり始めたら色々欲しくなって止まらなく……」

 小玉さんは困った顔をした。

「ん? もしかして……朝に話した内容をさらに拡張してます!?」

「うん、止まらなくなっちゃって……」

「どういう事?」

 楓は俺を見た。

「……小玉さん、朝話してくれた内容を作り終えてもっと良くしようと思ってさらに作業を追加してるんだ」

「え? あれじゃ足りなかったの?」

 楓は小玉さんを見た。

「ええ、朝の話の作業はもう終わったんですけど、出先で私と片桐くんがスマホでアクセスして色々出来るようにと思ったら、スマホのアプリがあったほうが良いなと思い始めて……それでアプリを作って、それをWebと連携させていたら……」

「は!? アプリを作った!? システムを作ってさらにアプリまで作ったんですか!?」

 俺は小玉さんの作業の速さに驚愕していた。

 あんたどんだけ手が早いんだ……!?

「ね、どういう事?」

「あ、うーんと……朝言ったシステムを作るという作業は普通に考えると一週間以上かかる。さらにそれでは事足りずスマホ用のアプリを作り始めた。こちらは……やった事が無いから分からんが、多分二週間以上はかかるはずだ。それを昼間だけ、十時間程度で作ったということだ」

「え……三週間の作業を十時間でやったの!?」

 楓は小玉さんを見た。

「いえ、実際には完成していないので、明日もお時間をいただけないかと……」

「い、いいけど……小玉ちゃんはそれでいいの?」

「へ? どういう意味ですか?」

「最初に言ったとおり、時給千円しか出せないよ……?」

「ああ、お金はいりません! 私はレンコントの役に立てればいいんです」

「……分かった。でも、今日はもう帰って。続けるのは良くないよ」

「ありがとうございます。助かります……」

 小玉さんは楓に頭を下げた。

「小玉ちゃん。ありがとね……」

 楓は頭を下げた小玉さんを起こし、抱きしめた。

「いえ、私が勝手にやっているだけですから……」

「それでもさ、ここの役に立ちたいって言ってくれて、頑張ってくれて……ありがとう。でもね、このお仕事は休めないの。だから、夜遅くまでお仕事しちゃダメ。きちんと毎日帰って毎日来てね」

「はい。ありがとうございます……」

 小玉さんは楓の腕の中で目を閉じた。


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