第108話 動物ヘルパー
その後、ホームページにも「動物ヘルパー」という言葉を多用した。実はこれによって俺の仕事が激増した。
「蒼汰、猫が木から降りられなくなったって!」
「おう! 行ってくる!」
これまでのしつけ教室に加え「動物に関するなんでも屋」というカテゴリーで認識され始めると、様々な動物関連の悩み事が寄せられるようになったのだ。そこでこれまでの「出張しつけ」の二万円という料金設定に、車で三十分以内で行ける場所に限定し、さらに三十分以内で終わるものとして一万円のお手軽なコースを作り、ガソリン代と出張手数料のみで利用してもらえるようにすると……。
「はぁ……手が足りん……」
俺は出張から戻るとサロンの椅子にうなだれた。
「(全然足りないわね……)」
クラウディアは俺の足元に伏せた。
「ああ……」
俺とクラウディアの出張回数はこれまでの十倍以上になり、しつけ教室の時間までに戻れなくなることが多くなった……。猫の手も借りたいとは正にこの状態……。
「お疲れ様ー。はい」
楓が麦茶をもってきてくれた。
「おぉ、サンキュー」
俺は麦茶を受け取ると一気に飲み干した。
「ぷはぁ……生き返る……」
「それにしても、大盛況だね」
楓はクラウディアの前に水を入れた容器を差し出した。
「(ありがとう、楓)」
「ああ、動物と人の役に立つという意味では願ったり叶ったりなんだが……」
「うん、本来のお仕事に影響が出始めてるよね……」
「だな……どうするか……せめて動物ヘルパーの方にもう一人居れば良いんだが……」
「だよね……でも、このお仕事って蒼汰以外の人でもできるかな?」
「うぅぅん……出来るんじゃないか? 楓なら出来るだろ」
「どうかなぁ……? 私はしゃべれないし……」
「そこだよな……でも、楓には出来ると思うぞ?」
「……私にやれと?」
「いや、それはできん。お前には保護動物の引き取りと譲渡という最も重要な役割がある」
「まぁね……。でもさ、他に動物ヘルパーができそうな人って、知り合いにいる?」
「知り合いにかぁ……」
俺は
「こんにちはー!」
入り口のドアを開け、私服姿の小玉さんが入って来た。
「いた!」
俺と楓は小玉さんを見て同時に言った。
「……は? いた? 何が?」
こだまさんは呆けた。
「ああ、突然すみません。……って小玉さん、どうして平日なのに私服なんですか?」
「あ、あの会社。辞めちゃった」
「え、辞めた……!? いつですか?」
「昨日」
「昨日……。聞いてませんけど……?」
小玉さんは昨日もスーツを着てここに来ていたが、そんな事は一言も言っていなかった。
「言ってないもん」
「…………」
俺は固まった。
「え、小玉ちゃん。あの会社を辞めちゃったって事は……いつものテストフードと普通のフードの提供はどうなるの?」
楓はそちらが心配だった。今では小玉さんの会社……あ、元小玉さんの会社から毎週提供されるフードがレンコントのフードの一部となり、それがなくなるとかなりの痛手となりそうだった。
「あぁ、そちらはご心配なく。ちゃんと後任が来てくれますよ」
「あ、そうなんだ……良かった……」
楓は胸をなでおろした。
「そんなことより、私をここで雇ってもらえませんか?」
「え……どうして?」
「どうして……? いえ、私の目的は最初からここで働くことなんですけど」
「え、最初から……?」
「最初って、どういう意味ですか?」
楓が呆け、俺が聞いた。
「どう言う意味も何も、高校生の時からここで働きたいと思って色々やって来たんだけど」
「それって……アニサポからですか?」
「そう、アニサポから」
「一度もそんな話、聞いたことがありませんけど」
「言ってないもん……って、流石にこれは失礼か……。内緒にしてたからさ」
「内緒に……。何故ですか?」
「私さ、きちんと準備をしてから本当にやりたいことを始めたいの。でもそう言うのって『私はこれがやりたいです』って宣言してやるものじゃないと思うし、出来なかった時の痛手も大きいし……そういう理由」
「なるほど……」
小玉さんらしい理由ではある。
「じゃ、本当に最初からやりたかったと?」
「うん」
「なら、俺が
「うん。蹴落としてでもなってやろうと思ってた」
「け、蹴落としてでも!?」
怖い人だ……。
「あぁ、ゴメン。片桐くん相手だとつい本音……いやいや、気を許しちゃうからそういう言い方になっちゃうけど……許してちょ」
小玉さんは俺に向かって両手を合わせ、可愛らしく笑った。
というか、初めて小玉さんが謝るところを見た。嘘はついていないようだ……「つい本音」と言ったが……。
「ねぇ、小玉ちゃん」
「なんですか?」
「今、手伝って欲しい仕事があるんだけど、やってみる?」
「え、いいんですか!?」
「最初は試用期間って事でも良いかな? 普通の人には難しそうな仕事だけど、小玉ちゃんなら何とかなると思う」
「いいですいいです! 是非、お願いします!」
小玉さんは楓に頭を下げた。
「蒼汰も良い?」
楓は俺を見た。
「ああ、小玉さんなら出来そうだ」
「うん。じゃ、最初は蒼汰について回って」
「はい! 宜しくお願いします、先輩!」
小玉さんは俺に頭を下げた。
「せ、先輩……」
……なんだろう……こんな素直な小玉さん、気持ち悪い……。
その後、空さんとボラさんたちに小玉さんを紹介すると次の動物ヘルパーの仕事が入り、俺と小玉さんとクラウディアは早速車に乗って現場へ急いだ。
「先輩、動物ヘルパーってどんな事をやるんですか?」
「……小玉さん、その先輩っての止めてもらえませんか?」
「嫌なの?」
「うーん……なんかこう、気持ち悪いです……」
「きも……でもさ、普通に喋ってたらお客さんからしたら私のほうが上に見られない?」
「あぁ……それもありますけど、上下関係は問題ないと思います」
「そう? じゃ、これまで通りでいいの?」
「はい。そうしてください」
「じゃ、片桐くんもその敬語止めてくれる?」
「え、どうしてですか?」
「年齢は私のほうが上だけど、仕事上の上下関係はしっかりしたい」
「うーん……努力します」
「うん。急がなくていいからさ、徐々に慣らして行こうよ」
「はい……」
確かに仰る通りだが……。既にどちらが上かはハッキリしていた……。
「(間違いなく、
「そうだな……」
「え、何が?」
小玉さんは俺を見た。
「あ……。えっと……」
俺はこれまで車の中ではクラウディアが話し相手だった。これから行く先で起こっていることを説明し、俺とクラウディアでどのように解決しようかと話す場所でもあったのだ。ところが小玉さんが来たことでそれが行えなくなっていた……。
「なんでもありません」
「そう……? あ、クラウディアが何か言ったの?」
「え!?」
思わず小玉さんを見た。
「ちょ! 前、前! 危ないから運転中にこっち見ないでよ!」
「え、あ、あぁぁ……! すみません……」
俺は慌てて前を見た。
あれ……? 小玉さんって俺が動物と喋れること、知ってたっけか?
「どうしてそんなに慌ててんの?」
小玉さんは俺を見た。
「え……えっとぉ……」
俺は困った……。あれ……どっちだっけ?
「
アリシアが言った。
「(え、そうだっけか?)」
「はい、喋れるって話はドイツに行く前、蒼汰が来海を試そうとしたとき、チャイちゃんを仕掛けたときに言ってました」
「あー、そうだったっけ……?」
「だから、何が!?」
小玉さんがキレれかけた。
「(ほら、あなたがちゃんと覚えていないから、来海がキレかけてるわ……)」
「ねー、蒼汰がちゃんとしてないから……」
そこにクラウディアとアリシアが輪をかけた。クラウディアはアリシアの声が聞こえないのになぜか二人は同じことを言った。
「うるさい! お前ら少し黙れ!」
「…………」
「…………」
「うる…………!?」
小玉さんはすっかり怒り、黙り込んでしまった……。
あ……。
「い、いや……いやいやいや、今のは小玉さんに言ったんじゃないですよ!?」
「…………じゃ、お前らって、誰に言ったの?」
「え?」
「私に言ったんじゃないとしたら、『お前ら』ってのは、クラウディアと誰に言ったのよ!?」
「……あ」
「あららー……墓穴を掘りましたねぇ……」
「(あら、墓穴を掘ったわね……)」
アリシアとクラウディアはまた同時に言った。
ってお前ら、口裏を合わせてるんじゃないんだろうな……?
「ちょっと、聞いてる!?」
「聞いてます、聞いてます! それはですね……つい……そう! つい、そう口から出てしまっただけで、小玉さんに言ったわけじゃないんですよ!」
「…………」
って、ちょっと無理があるか……?
「まぁいいや……。で、クラウディアが言ったの?」
お……悪くない反応……。
「はぁ……なんか色々すみません……」
「いいよ。で?」
「え、で?」
「クラウディアが言ったの?」
「え? あ、あぁ! そうですそうです、クラウディアが言いました」
「なんて?」
「……なんだっけ?」
俺はちらりとバックミラーを見た。
「(墓穴を掘ったって話かしら?)」
「いや、その前だ」
「(あなたがちゃんと覚えていないから)」
「いや、その前」
「(……上下関係で言ったら、間違いなく来海のほうが上ね……かしら?)」
「ああ、それそれ!」
「どれよ?」
小玉さんは俺を見た。
「さっき、上下関係はしっかりしたい。少しずつ慣らしていこうって、言ったじゃないですか?」
「言ったね」
「その時、クラウディアが『間違いなく小玉さんのほうが上だね』って、そう言ったんです」
「そうかな?」
「……俺もそう思います」
少し小声で言った。
「……そっか、クラウディアがそう言うのならそう見えるんだ……気をつける……」
小玉さんはそう言うと前を向き、そのまま黙り込んだ。
俺はそのままいつもの様にクラウディアとこれから行く先で起きていることを相談した。
──
そしてその日のヘルパーの仕事三件としつけ教室を終えると小玉さんは「これから宜しくお願いします」と頭を下げて帰っていった。
「ふぅ……終わった……」
「どうだった?」
小玉さんを送り出し、サロン椅子にうなだれた俺に楓が後ろから抱きついた。
「問題ない。と言うか、俺より凄いと思う」
「そうなの? 蒼汰よりも凄いって、どんな風に?」
「まず頭がいい。理解が早くて機転が利く。だから教える度に勝手に次のことを想像して進歩していくのが目に見える。あの人は普通じゃない」
「なるほど……負けちゃいそう?」
「うーん……そうかもな……。でも、だから嫌だとかそういうんじゃない。あの人は間違いなく俺達の強い味方になる」
「だよね」
楓は笑った。
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