第97話 突然の出会い





 一週間後。


「あぁ、ヤバい……一体どうすれば……」

 そんな感じでパートナーを決められないまま一週間が過ぎ、俺は少し焦り始めていた。


「蒼汰、センター行くけど……行く?」

 楓が五階にやってきて俺に声をかけた。

「センターか……ここでウダウダしてても始まらないな……。よし、行こう!」

「うん!」


 俺と楓は動物愛護センターへと車を走らせた。


「こんにちはー!」

 楓は事務所のドアを開けて中に入る。

「あ、レンコンさん! いらっしゃい」

 センターの職員、瀬野さんは俺達を見つけて立ち上がった。

「今日は、何匹と何匹?」

「今日は……犬二匹と、猫一匹ですね」

 瀬野さんは机の上のパソコンを覗き込んで答えた。

「少ないね」

「レンコンさんを始めとする、動物保護団体の方々のおかげですよ」

 瀬野さんは俺達のところへ来るとそのまま前を通り過ぎ、俺達は瀬野さんの後を追った。

「そうなの?」

「ええ。それから前年度、当施設の犬の殺処分はゼロになりました」


「え……。本当に!?」

 楓は立ち止まった。


「ええ、本当です。本当に頭が上がりません……ありがとうございます」

 瀬野さんは振り返って深く頭を下げ、少しして頭を上げると笑った。

「そっか……やっとだね」

「はい。ここができてから五十年、最高の成果ですよ!」

 瀬野さんは振り返ると歩き出した。

「うん……」

 楓は瀬野さんの後を追いながら、嬉しさを噛み締めて歩いていた。それが手に取るように分かる……。

「良かったな……楓の努力が実を結んだ」

 俺は楓を見た。

「うん……ありがとう」

 楓は俺を見て微笑んだ。微笑みなのに、これ以上無いほど喜んで見えた。

 仮に女神が実在していたら、きっとこんな感じなんだろう……。


 俺達は犬舎に入った。


「この子と……あの子です」

 瀬野さんは二匹を指差した。

「わかりました。蒼汰」

「おう」

 俺が持ってきたケージの扉を開け、一匹目が入っている檻の扉を開こうとしたその時……。

「蒼汰、蒼汰!」

 アリシアが俺に声をかけた。

「(ん? どうした?)」

 俺は振り返ってアリシアを見た。

「あの子、蒼汰にラブラブ光線を送ってますよ?」

 アリシアはそう言って一匹の犬を指差した。

「(ラブラブ光線!?)」

 なんじゃそりゃ?

 アリシアの指差す先には、ボーダーコリーと柴犬が混ざったような、中型で長毛の犬が居た。茶色と黒と白が混ざった、まるで三毛みけ猫ならぬ三毛犬みけいぬのような感じの犬が、尻尾を吹き飛ばさんばかりに振り、俺を見ていた。

「ん? 笑ってる? いや、困ってる?」

 俺と目が合うとその子は笑い、すぐに鼻を鳴らし始めた。

「どうした? なんでそんな声で泣いてるんだ?」

 俺は立ち上がり、その子の檻の前に座った。

「(あなた、好き!)」

「いや、突然好きとか言われても……」

 初対面で告られたのは生まれて初めてだ。

「(連れてって!)」

「え……お前、俺に飼ってほしいのか?」

「(好き! だから連れてって)」

 その子はブンブンと尻尾を振って俺を見ていた。

「うーん……。瀬野さーん!」

 俺は振り返り、楓と話していた瀬野さんを呼んだ。

「はい、どうしました?」

「この子、物凄く人懐っこいんですけど……どういう経緯の?」

「ああ、この子ですか……。この子の飼い主さんは、先日交通事故で亡くなられたんですよ」

 瀬野さんは俺のところへやってきた。

「え、交通事故……?」

「はい。なのでこの子はこんなに若く、一番いい状態でここに預けられました。でもあれ……? 鳴いてない……なんでだろ?」

 瀬野さんは首を傾げた。

「鳴く子なんですか?」

「ええ。吠えるんじゃなくて、ずーっと寂しそうに鳴いていました……よっぽど寂しかったのでしょう。ここに来てからずっと、それこそ丸一日は鳴いていました……なのに何故……」

「この子、俺を呼んだんです」

「呼んだ? 吠えたってことですか?」

「あぁ……えっと……」

「蒼汰は呼ばれると分かるの」

 楓は瀬野さんを見た。

 え、言うのか……?

「分かる……ですか?」

「うん。蒼汰はドッグトレーナーだから、分かるの」

「あぁ、蒼汰さん、トレーナーなんですか?」

「え、ええ。まぁ……」

 それでごまかせるとは思えないが……。

「なるほど、それで……」

 瀬野さんはすぐに納得した。

 え……ごまかせた!?

「じゃ、この子が蒼汰さんに飼って欲しいと?」

「そう感じるんですけど、まだ俺が飼うかどうかはわかりません。でも、引き取らせていただきたいのですが、可能ですか?」

「うーん……この子、とても人懐っこいですし可愛いので、すぐにセンターからの譲渡対象になりそうだったんですけど……良いでしょう! 他でもない、レンコンさんの頼みです。そういう事なら、お譲りします!」

 瀬野さんは少し悩んでいたが、そう言って了承してくれた。

「ありがとうございます!」

 俺は瀬野さんに頭を下げた。

「それにしても蒼汰……珍しいね」

 楓は俺のところに来てススッと体を寄せ、耳打ちした。

「ああ。俺も初対面で告られたのは初めてだ……」

「は……? 告られた?」

「ああ、後でゆっくり話す」

「あ……うん」


 俺は持ってきたケージをその子の前に移動させ、その子をケージに入れて車に運ぶと次のケージを持って戻り、合計三往復して残りの二匹も車に積み込んだ。

 どうしても、最初にこの子を運びたかったのだ。


 その後一匹の猫を引き取ると、俺達はセンターを後にした。


「ねぇ、その子の話、詳しく聞いても良い?」

 楓は運転しながら言った。

「ああ……戻ってからでも良いか? あいつともう少し話してから、楓に話したい」

「あ、うん。良いよ」


 俺はレンコントに戻ると、連れてきた三匹を五階に運び、残りの一匹、俺に告った犬を三階に運んだ。まだ話したいことがあったのだ。


「よいしょっと……狭いだろうけど、まだそこで我慢してくれ。お前の検診が終わらないと出しちゃいけないんだ」

「(ええ、わかったわ。ありがとう)」

「お前、俺が喋れるの、驚かないんだな?」

「(ええ。あなたには、何か特別なものを感じていたから声をかけた。私の言葉を理解したのは驚いたけど、それも当然なのかと思ったわ)」

「へぇ……そんな子もいるんだな。それでお前、俺を好きだ、連れて行けとそう言ったな?」

「(ええ、大好きよ! だから連れてきてくれてありがとう!)」

 犬はまた尻尾をブンブンと振った。

「それ、嘘だよな?」

「(え……?)」

「お前、あそこから逃げるために俺を利用したんだよな?」

「(そんな事はないわ! 私はあなたが好きだから、連れてきてほしかった!)」

 犬はこれまで以上に尻尾を振った。


椚林くぬぎばやし郁夫いくお


「(っ……!?)」

 俺がその名前を出すと犬の身体はビクッと跳ね、目を見開いた。

「知らないはず無いよな。クラウディア……」

「(ど、どうしてその名前を……)」

「もちろん、センターの人に無理を言って聞いた。元飼い主の名前と、お前の名前だ……。なぁ、お前、知ってるんだろ? お前の飼い主さんが交通事故で亡くなったことも、それでお前がセンターに引き取られたことも、そして……あそこに七日間居ると殺処分されることも」

「(…………)」

「でも、安心しろ。ここ一年間、犬は殺処分されていないそうだ」

「(……そうなの? じゃ、それを知ってて、どうして私を連れ出したの?)」

「うーん……興味があったから、かな?」

「(興味……? 私はあなたの言う通り、ズル賢い犬よ?)」

「そこに興味があった。それ程までに賢い犬って、どれほど辛いんだろうって思ってな……」

「(どれほど……辛い?)」

「ああ。お前、他の犬はどうしてこんなにバカなんだろうって、思ったことあるだろ?」

「(…………ないわ)」

「……そこまで頭がいいのか……。お前、疲れないか?」

「(別に……)」

「なぁ、そんなに頭がよかったら……。だとしたらお前、生まれてから三ヶ月くらいした時……」



「『どうして自分は犬なんだ?』って、思っただろ?」


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