第93話 賞を取ります!
恵美は両親と先生の勧める大学への進学を了承し、渋々短大へ入学した。実はこの時、既に恵美の志望は決まっていた。
「ペットトレーナーかペットトリマーになりたい」
「……それって、俺か楓を追いかけるって事か?」
「うん。悪い?」
「いや、悪くない。ってか、俺達がそれを否定できん……」
「そっかー……恵美ちゃんが私達を追いかけてくれるなんて……。なんか嬉しいね」
楓は喜んでいた。
「まぁな……」
悪い気はしない……。
俺が大学へ行かなかったこともあり、両親の恵美に対する期待は大きかった。恵美はそれを
そして短大での恵美の専門課程は「ペットトレーナー」だった。
「なんだ、結局俺を追いかけるのか?」
「なんかね、センスが無いの……」
「センス?」
「デザインセンスっていうのかな……。トリマーってさ、デザインなんだよ。私達ってそういうセンスは無いじゃない?」
俺達が結婚すると、恵美はちょくちょく俺達の家に顔を出す様になった。初めは「もう親戚なんだからいいでしょ?」と聞かれ、「別に構わないぞ」と答えると恵美がやって来た。その後一週間ほどは来なかった。だが、その後はどんどんやってくるスパンが短くなり、今ではそれこそ週に三日はこちらに通う様になった。うちにも恵美の服が置かれ、楓は恵美用のタンスまで購入した。
既にどちらが実家なのか分からない……。
そして今日も一緒に夕飯を食べていた。
「俺はセンスあるぞ?」
「嘘……」
「アニサポのポスターだって俺が作ったからな」
「え……あの犬と猫の写真を一杯並べたやつ!?」
「ああ」
「えーっ、凄いじゃん!」
「ふふふ……」
楓がそれを聞いて笑った。
「ちょっと……それ、楓さんが作ったんじゃないの?」
恵美は楓がほくそ笑むのを見て、俺に言った。
「え、違う、違うよ! ちゃんと蒼汰が作ったんだよ! 私は作り方を教えただけ」
楓がそれを否定する。
「本当に……?」
恵美は楓を見た。
「ほ、本当だってば! ねぇ?」
楓は俺を見た。
「おう、俺は作り方を教えてもらっただけだ……。まぁ、アイディアは楓だけどな……」
「ほら! やっぱりセンス無いじゃん! それは遺伝なんだよ」
恵美はそう言うと唐揚げを頬張って、うんうんと頷いた。
「ははら、おひいひゃんの」
「ちゃんと食ってから喋れ、行儀悪いぞ」
俺がそう言うと、恵美はモグモグと噛んで飲み込んだ。
「ごめん。だから、お兄ちゃんの真似なら出来る。ってか、お兄ちゃん以上になれると思う」
「その自信は一体どこから……」
「だって、お兄ちゃんに出来るんだよ!? 私に出来ないわけ無いじゃん!」
恵美は自信満々だ。もちろんそれが過信だとしても、自信が無いよりはあったほうが上手くいくだろう。でもなぁ……。俺が今、上手く出来ているのはコイツのおかげなんだよな……。
俺は恵美の隣りに座っているアリシアを見た。
「恵美に能力は与えられませんよ?」
アリシアは俺を見た。
「(いや、分かってる。だから全員微妙な顔なんだろ……)」
俺も楓も美月も苦笑いしていた。
「ですよねぇ……。あ、今、それは分かっているから全員微妙なんだろ。と言いました」
アリシアは俺がアリシアだけに伝えたことを、楓と美月に説明した。
「だよね……」
「そうよね……」
「でしょ!? やっぱり楓さんも美月さんもそう思います!?」
恵美は俺とアリシアとの会話をすっ飛ばし、楓と美月の言葉を、自分に有利に理解した。と言うか、俺とアリシアの会話は聞こえないのだから、当然そうなるわな……。
「え? あ、う、うん……」
楓は煮え切らない。
「あれ? 今、私に同意したんじゃないんですか?」
「……いや、恵美ちゃんなら出来るかも! だって蒼汰が教えてあげるんでしょ?」
楓は俺を見た。
「え……?」
俺に振りますか!?
「ううん。お兄ちゃんには教わらない」
「え、なんで? 蒼汰に教わったら、それこそ」
「だって、お兄ちゃんだもん」
「……どういう意味?」
楓は首を傾げた。
「お兄ちゃんに教わるなんて……」
「恥ずかしくてできないよ……」
うーん……恵美。それは二通りの意味に聞こえるぞ……。一つは、俺なんかに教わりたくないという「俺の方が下」という意味。もう一つは……。
「出ました! お兄ちゃん大好き宣言!」
アリシアは恵美を小さく指差した。
「いや、違うだろ!」
「そうでしょうか?」
俺が突っ込むと、アリシアは俺を見た。
「何が?」
恵美は不思議そうに俺を見た。
「あ……。えっと、それは……。それはだな……俺なんかには教わりたくない……そういう意味だよな?」
俺は恵美を見た。
「……私、そんな風に思われてるの?」
やべ……逆の地雷を踏んだ……。
「じゃ、じゃぁ……お前は俺のことが大好きだとでも言うのか?」
「え…………? いや……それは……」
恵美は驚くとすぐに目が泳ぎ、そのまま顔を真赤にしてうつむいた。
ちょっと待て! それだとそれが正解だという意味に……。
「ほら、やっぱり!」
アリシアは俺を見た。
「そっかー、大好きなんだねー。うんうん」
楓は嬉しそうだ……。
「いえ別に……大好きとかそんなんじゃ……。と言うか、そんなの気持ち悪いでしょ?」
恵美は楓を見た。
「え? 気持ち悪くないよ。だって、お兄ちゃんが好きなんでしょ?」
「え、だって。大学生にもなってお兄ちゃんが好きですとか……そんなの……」
「ん……? もしかして……異性として好きなの?」
「違います! 人としてです!」
「じゃ、問題ないよ。それにさ、日本でも指折りのトレーナーでもある、蒼汰に教わったほうがいい」
「日本でも指折りの?」
「うん。蒼汰は日本でも一二を争うペットトレーナーだから」
「え、そうなの!?」
恵美は俺を見た。
「いや、別に何か賞を取ったとか、そう言うんじゃない。だが、この業界ではそれなりに有名ではある」
「なーんだ……ダメじゃん……」
だ、ダメ!? それじゃダメなの!?
「いや、ちょっと待て! 確かに賞とかを取ってはいないが」
「いやいや、お兄ちゃん。世の中そんなに甘くないよ? ちゃんと誰かに認められて、賞を取らないと、一流とはいえないよ?」
「いや、確かに……それはそうなんだが……」
言われてみれば、肩書なんて何も無い。ペットトレーナーの国家試験でもない限り、俺は今でも「自称ペットトレーナー」なのだから……。
「それでも一応プロなんだけどな……人気もあるし、入学希望者は沢山いるし……」
「よし、決めた!」
楓は何かを考えていたが、突然そう言いながらパンと手を叩いた。
「……何をだ?」
俺は楓を見た。
「賞を取ります!」
楓は人差し指を立て、声高々に宣言した。
「……賞?」
「うん。確かにさ、私たちにはそれが足りないのかもしれないよ」
「それって、ペットトリマーやペットトレーナーとしてって事か?」
「ううん。メインはそっちじゃない」
「は……? だって、賞って言ったらドッグショーとか、アジリティーとか、フライングディスクとかで」
「うん、賞自体はそれで合ってる。でもね、賞をとるのは私達じゃない」
「……どういう意味だ?」
「保護動物が賞をとるの!」
楓は笑った。
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