第79話 家族の形




 そして俺が二十一歳になった時。


 俺は楓にプロポーズした。


 俺は家の車を借り、楓をドライブに誘った。と言っても俺達には休みがないので、仕事帰りに家に寄ってもらい、そのままドライブをした。車を近くの海まで走らせ、美しい夜景を見ながら安い婚約指輪を渡した。最初の告白と同じように、思った通りの最高のものではないが、それでも今できる精一杯のことをした。理想と現実って、案外同じには出来ないものなのかも知れないと……現実を突き付けられたようだった。


 それでも楓は喜んでくれた。

 目から涙を溢れさせ、「もちろん!」と力強く答えると、俺に抱きついて泣き続けた。


 この時点で既に約束からは一年遅れていた。それでも俺なりに急いだつもりだった。楓は泣いた。もちろん、嬉しかったというのもあると思うのだが、それに加えて「遅くて待ちくたびれたよ」と言った。

 今の俺の中の時間の経過速度と、楓の中の時間の経過速度は違っているのだろうか?

 アリシアは斜め上からそれを見ていた。

 楓はアリシアを呼び、三人で抱き合った。

「これからは家族だよ」

 そう言った楓の嬉しそうな顔と並び、アリシアの目からは涙が止まらなくなっていた。


 ──


 その数日後……。


婿むこ……?」

「うん。あ、でも、櫻井って名字が嫌なわけじゃないの。それにお義父さんもお義母さんも、恵美ちゃんも好き。ただ……片桐って名字に……思い入れが強いんだ……」


 俺は楓に「婿むこに来ないか?」と相談されていた。


「婿か……」

「それにね……勝手な言い方なんだけど……」

「なんだ?」


「お母さんを一人にさせたくないの……」


「……美月か……。一緒に暮らすのはかまわないぞ? いや、もちろん婿になることに抵抗があるわけじゃない」

「ありがとう……。でもね、蒼汰のご家族はもう私が来ると思ってるでしょ? それを覆すっていうか、世間体を考えると……婿に来てもらうのが一番良いのかなって……どう思う?」

「……それが一番いいのかもな……どう思う?」

 俺はアリシアを見た。アリシアを楓に紹介してから、俺は事ある毎にアリシアに相談していた。別に心を許したとか、そう言うんじゃない。ただ、家族の一員として、話に加わってほしかったのだ。

「良いんじゃないですか? じゃ、私は『片桐アリシア』になるんですかね?」

「あ、それ良いな」

「良いね!」

「まぁ……『櫻井アリシア』って言うのも悪くはないんですが……」

「片桐のほうがなんかしっくり来るな」

「あはは……どうだろうね……」

 楓は言葉を濁した。

「後ろめたく思う必要はないぞ?」

「……そうかな?」

「俺達が決めることだ、胸を張れ。何も悪いことはしていない」

「……うん」

「そうですよ、楓。三人が同じ意見なんですから、何も悪いことはありません」


 そう。三人が……と言うのが重要なのだ。


 その後、その話を楓を交えて俺の家で相談すると、俺の両親は二つ返事で了承してくれた。……まぁ、自分たちの老後はどうする? みたいな話しはあったのだが、父親は「お前達の世話にはならん」と強気な発言をし、それが功を奏して無事、家族全員に了承された。ありがたかった。


 ──


「え……? お前達も婚約したのか?」


 藤崎が子犬のペロちゃんに会いに来ていた。

 藤崎はやっと心の整理がつき、次の子犬を引き取ることにしたのだ。名前はペロちゃん。レンコントの中で生まれた柴系の雑種のメス、三ヶ月だ。


「うん。……って、櫻井くんもなの?」

「ああ。つい先日な」

「そうなんだ! おめでとう!」

「ああ、ありがとう。藤崎もおめでとう」

「うん、ありがとう」

「じゃ、ペロちゃんはそういう意味か……」

「あ……うん……丁度いいかなって……」

「増やすってことだよな?」

「うん。でも、一回産んだら去勢するよ」

「そっか……」

「なんかね……私達の子供と、この子の子供が一緒に生まれて、一緒に育ってくれたら……どんなに楽しいだろうなって……」

「……妊娠したのか?」

「え? ……あ、違う違う! まだしてないよ!」

 藤崎は顔を赤らめた。

「そ、そっか……」

 急に恥ずかしくなり、顔を背けた。

「あ、し、式はどうするんだ?」

 俺は藤崎を見た。

「結婚式?」

「ああ」

「うぅーん……難しいんだよね……二人共、まだ学生だしさ……」

「だよな……」


「あ、藤崎さん。来てたの?」

 楓が四階にやってきた。

「あ、こんにちは」

「楓、藤崎たちも婚約したんだと」

「え……? 藤崎さんたちも!?」

「はい。先日、伊織から申し込まれてOKをしました……あれ? 楓さん、その指輪……」

 藤崎は楓の指についていた指輪を指差した。

「あ、これ? これは……婚約指輪兼結婚指輪……あはは」

「婚約指輪兼結婚指輪?」

「ああ。俺はまだ高い指輪が買えん。だからこれで我慢してもらってる」

「我慢なんかしてないよ! と言うか、高い指輪なんて必要ありません」

「あ、これが婚約指輪で、結婚指輪でもあるんですか?」

 藤崎は楓を見た。

「ああ。だからほら」

 俺の手の指輪を見せた。

「あ……櫻井くんも」

「なんか、普通じゃないんだけどな……色々と……」

「普通である必要なんてありませーん。それに、うちは蒼汰にお婿に来てもらうことにしたの」

「お婿に……? そうなの?」

 藤崎は俺を見た。

「ああ。それがベストだということになってな」

「……あ、楓さんのお母さんの……」

「ああ、そういう事だ……あれ? お前んちはどうなったんだ?」

「うちも少し揉めた……。でも、私が田辺姓になって、お母さんが弱って来たり、寂しくなってきたら一緒に暮らすことになってる。そう言う意味では最初の一年だけが二人だけなのかも」

 藤崎は笑った。

「そっか」

「……そっちが良かった?」

 楓は俺を見た。

「いや、そうは思わない。って、まだ気にしてるのか?」

「うぅーん……気にしていない、って言うと嘘になるかなぁ……」

「ですよね。そう言うのって、結果的に双方の家族の世間体みたいなものになっちゃいますから」

「そうなんだよねぇ……」

「お前ら、ますます似た境遇になってきたな……」

「だね」

「ですね」

 楓と藤崎は顔を見合わせて笑った。


 ──


 二週間後。


「うん。大丈夫そうだね」

「ですね」


 その後、ペロちゃんを連れて藤崎の家を訪れると、田辺がゴマちゃんを連れてきていた。ゴマちゃんとペロちゃんの相性を見るためだ。ペロちゃんはこのままトライアルに入り、田辺が繰り返しゴマちゃんを連れてくることで相性を試す。元々ペロちゃんはゴマちゃんをレンコントに連れてきて相性を見てから選んだ子犬。なので、心配はしていなかった。


「お茶が入りました」

 藤崎のお母さんが俺達に声をかけた。

「あ、ありがとうございます。このままで大丈夫そうだな」

「うん。このまま様子を見よう」

 俺がお礼を言って楓に確認すると、楓はそう言ってテーブルに座った。

 俺と藤崎と田辺がテーブルに座ると、一緒に茶をすすりながら二匹の様子を見ていた。

 

「あ、藤崎、田辺」

「なに?」

「なんだ?」

「俺達、神前結婚にしたぞ」

「え……? あ、そうなんだ……」

「そうなのか……」

「ああ。いろいろ考えたんだが……何しろ金が無い。それで、一番安上がりなものにした……。美月や俺の両親には悪いんだが……」

「悪くないよ! 二人が選んだものでいいんだってば!」

 楓は俺を見た。

「そうですよ。主役は二人。最初に決めなくちゃいけない二人の人生の門出。ならば両親がとやかく言うものではないわ」

 藤崎のお母さんが言った。

「お母さんは、それでも良いの?」

 藤崎はお母さんを見た。

「悪いなんて言ってないわよ?」

「言ってないけど……良いの?」

「もちろん良いわ。あなた達の結婚式を見られる……それだけで良いわ」

「うん。じゃ、伊織……」

「わかった。俺も言ってみる」

 藤崎が田辺を見てそう言うと、田辺が答えた。

「櫻井、お前ら……いつ、どこでやるんだ?」

 田辺は俺を見た。

「え? 近所の神社で、夏くらいに……」

「まだ空いてたか?」

「……ああ」

「彩……どう思う?」

「良いよ!」

「え……。お前らも同じところでやんの!?」

「良いね! 楽しそう!」

 楓は喜んだ。

「いやいや、楽しそうって、別に同じ日に一緒にやろうって言うわけじゃないだろ」

「え、違うの?」

 楓は藤崎を見た。

「違うの?」

 藤崎は田辺を見た。

「違うのか?」

 田辺は俺を見た。


「え……? そう思っていなかったのは俺だけ!?」


「良いですか?」

 藤崎は楓を見た。

「もちろんだよ! やろうやろう! 一緒にやろう!」


 なんだか、相当大変な気がするぞ……。




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