第78話 知っているのに出会えなかった二人



「俺がどうこう言うよりも、お前が実体化リアライズして直接話した方が早いだろ? お前らも色々話したいだろうし……」

 それに俺が通訳するのも面倒だ……。元々この二人は会話できないから、これまで俺は適当にアリシアを無視をしたりはしていた。だがそうじゃなくなるとなれば、それはそれで面倒……。それに……。

「いえ、あれは緊急時のみに使って良いものであって」

「でも、楓は覚えてるぞ? それって違反じゃなかったって事なんじゃないのか?」

「でも……」

「嫌か? (ルシアは理由が正当であれば、誰かを幸せにするためなのであればって、言ってたぞ)」

「いえ、そうなんですけど……」


「蒼汰?」

 楓は俺を呼んだ。

「ああ、すまん。そういや楓。お前、あの時のこと、お前が露天風呂でアリシアを見た時のこと……覚えてるんだよな?」

「うん。とっても綺麗な子だった……まるで天使みたいな……この世のものとは思えない美しさだったよ……」

「ほら、明確に覚えてるぞ……?」

 俺はアリシアを見た。

「楓は……私とお話がしたいんですか?」

 そんなの聞くまでもないと思うが……。

「楓」

「ん?」

「アリシアが、楓は私と話したいのかって」

「もちろん!」

「なぜですか?」

「どうして? だと」

 俺はアリシアを見ると、楓を見た。

「どうして……? アリシアちゃんさ……。これまでずっと……それこそ小鉄時代から蒼汰を支えてきてくれたよね? 先日だって、子猫を連れ出してくれたり……多分、私の知らないところでも、蒼汰だけじゃなくて、私のお手伝いもしてくれているんでしょ? 私はそういうお手伝いをしてくれる人を認識できない、感謝することが出来ないっていうのは……なんか嫌だな……」

「……な、何故それを!?」

 アリシアはたじろいだ。

「どうして知っているんだ? だと」

 俺はアリシアを見ると、楓を見た。

「なんかね……分かるんだよ……。あ、今、お友達がお手伝いしてくれたんだ……ってね。探していたものが見つかったり、上手く行かないなと思っていたら、急にうまくいき始めたり……。だからずっと会いたい、話がしたいって……そう思ってた。……あれ? でも、どうして今話してくれるの?」

 楓は俺を見た。

「え……?」

「ずーっと『そんな人は居ない』って、内緒にしてたよね? なのに、どうして今、話してくれるの?」

「あ……えっと……あ! 時が来たんだ」

 俺は楓を見た。

「今、あ……って言った」

「嘘は言ってない。その内ちゃんと分かるよう説明するから、今はその話は置いといてくれ」

 今は知られたくない。

「そうなの?」

「ああ。それでアリシア、どうする?」

 俺はアリシアを見た。

「結構気づかれていたんですね……」

 アリシアは宙を見て考えた。

「そうだな。それにアリシア……」

「何ですか?」

 アリシアは俺を見た。


「出来るのにやらないってのは、ズルくないか?」


「ズルい……!?」

「あ、空の受け売りだ」

 楓が笑った。

「ああ。(ルシアはやってもいいと言った。ダメならもとに戻すとな。ならば、試さないほうが悪いことじゃないのか?)」

「でも……そうしたら、私達のこの一生の評価、下がっちゃうかもしれませんよ?」

「嫌か?」

「……私は構いません……でも、蒼汰は……」

「俺も構わない。それがお前達二人の為になるのならな」

「……ふぅ、あなたには勝てません。と言うか、勝ったことはありませんけどね……」

 アリシアはそう言うと、ふてくされた様に俺を見た。

「じゃ、やりますよ?」

「ああ」


 ピッ。

 アリシアは楓を見ると、スマホのボタンを押した。


「楓、初めまして。……あ、初めてじゃないですか……。私はアリシア。蒼汰の小鉄時代から一緒にいる、お付きの者です」

 アリシアは空中で両手を後ろに回し、身体を少し折り曲げると、楓に向かってそう言った。

「あ……」

 楓はそれまでアリシアが居ると思って見ていた方向と、実際にいる方向がずれていたことに気づき、アリシアを見た。確実に見えていた。

「楓? 聞こえますか?」

「あ、ごめんごめん……。久しぶりだね、アリシアちゃん」

 楓は少し呆けて固まっていたが、そう言うと笑った。

「はい。私はいつも見ているので、そうは思えませんが……」

「あ、そうか。アリシアちゃんからは見えてるし聞こえてるんだった……。なんかズルいね……」

「あはは、そう言われましても……」

「会いたかったよ……アリシアちゃん」

 楓は両手をアリシアに伸ばした。

「ありがとうございます……楓……。大きくなりましたね……」

 アリシアは楓の両手をつかむと、そのまま楓の腕の中にスッと抱かれ、抱き返した。

「そっか……本当はずっと、今ままでずっと、アリシアちゃんも一緒だったんだね……」

「はい。ずっと見てきました……」

「なんかズルい……」

「かも知れません……」

「ふふ……でもアリシアちゃん……ありがとう……」

「……何がですか?」

「姿を現してくれて、私とお話してくれて……。それに、私の知らない所で色々としてくれて……」

「勘違いかもしれませんよ?」

「そうかな……? そうは思えないけど……。なんだろうこの感じ……初めて会った気がしないよ……」

「何故でしょう……私も懐かしい気がします……」


 二人はそのまま、お互いの感触を確かめるように暫く抱き合っていた。


「ねぇ、アリシアちゃんって天使じゃないの?」

「ああ……正確には違います。それに、天使と名乗る事は禁止されています」

 ……確か自分はスーパーメイド使だとか何とか言ってた様な気が……まぁ、前世の話だが。

「そうなんだ……。じゃ、やっぱり守護霊的な?」

「そうですね。日本なら守護霊という言い方が一番ぴったりなんじゃないですかね」

「そっか……うん。これからも宜しくね」

「はい」

 二人は離れると笑った。


「あれ……?」

 俺は楓を見た。

「なに?」

「……それだけか?」

「ん? 何が?」

「いや……俺の時は散々聞きまくっていたが……アリシアにはそれだけなのか?」

「うん。アリシアちゃんの事は薄々分かっていたし……それに、感謝を伝えたら聞きたいことがなくなっちゃった」

「そっか……」

「それに、これからはいつでもお話できるんでしょ?」

 楓はアリシアを見た。

「いや、いつでもではない」

「え、そうなの?」

「ああ。楓はアリシアが実体化リアライズしたときにしか話ができない。そうじゃない時は……あ、もちろん楓の話はアリシアには伝わるぞ。だが、楓はアリシアを見ることも出来なければアリシアの声を聴くことも出来ない。そこは変わらない」

「そっか……」

 楓は寂しそうにアリシアを見た。

「見られるようにしますか?」

 アリシアは俺を見た。

「え、そんな事できるの!?」

「え……できるのか!?」

「ええ、多分……」

 アリシアはスマホを取り出して俺に見せた。

「ああ、それでか……。でも、俺以外の人間に能力をつけたりして……良いのか?」

「いえ、楓に能力をつけるのではありません」

「……は?」

「私に能力をつけるんです。と言うか、設定の変更……みたいなものですかね」

「設定の変更……? あ、あれか!」

「はい。思い出しましたか? 私を見ることが出来たり、喋ることが出来たりする人は、蒼汰限定になっているので、そこに楓を追加します」

「……それってペアリングされているから云々の……」

「あ、そこは変わりません。あくまでも視覚情報と聴覚情報を書き換えるだけで、物理接触は出来ません」

「……お前……ちゃんと勉強してるんだな……」

「うーん……勉強はしているのですが、どうにも物覚えが悪くて……」

 いや、必要な時に思い出せるのであればそれで十分だ。

「あ、これですね。じゃ、やりますよ?」

 アリシアは俺を見た。

「おう、やってくれ」

「えいっ」

 ピッ。とアリシアはスマホのボタンを押した。


「……変わったのか?」

 何も変わったようには感じないが……。

「ええ。今はもう霊体状態です。ほら」

 アリシアが楓に近づくと楓が両手を広げ、アリシアを抱きとめようとすると、アリシアの身体は楓の身体をすり抜けた。

「えっ……すり抜けた!?」

 楓は自分の体の中を通過して後ろへ移動したアリシアを見て驚いた。

「成功ですね」

 アリシアは笑った。

「よし、楓。今アリシアは元の霊体状態だ。アリシアが見えるんだな?」

「うん、見えるよ。声も聞こえる」

「なら大丈夫だ。じゃ、これまで以上にアリシアの事は内緒にしてくれ」

「これまで以上に?」

「ああ。楓はアリシアが見えるようになった。だとすれば、ふとアリシアに話しかけて変に思われるはずだ」

「あ、そうか……。アリシアちゃんが見えるってことは内緒なんだ……」

「ああ」

「こ、これって……他の人にバレちゃったらどうなるの!?」

「うーん……正直わからん……」

「え……アリシアちゃんが居なくなっちゃったり、蒼汰が居なくなっちゃったりするの!?」

「しないとは思う。ただ、本当に何が起こるかわからない……。それ程重要な事だってことだけは覚えておいてくれ」

「わ、わかった……気をつけるよ……でも、できるかな……?」

 楓は首を傾げた。

「できるさ」

「できますよ」

「……どうしてそう思うの?」


「楓だから」

「楓ですから」


「……それ、根拠が薄くない?」

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