第3章 『何も望まなかった中の上』
第33話 白い部屋、再び
『ようこそ。私は魂管理システム「ルシア」です』
「知ってる……」
『ここは魂の間。あなたは、これより第六千六百六十六万六千六百六十七回目の魂パラメーター設定を行います』
「ああ、それも知ってる……。久しぶりだな、ルシア」
俺はまた、真っ白で何もない、ただ、だだっ広い空間に居た。
これまた前回同様、俺の体は何もない。魂だけの状態だ。
『はい、久しぶりですね。そう言われましても、これは私の使命、挨拶の様なものですので』
「ああ、だろうな。なぁ、今回は前世の記憶がまだあるんだが……?」
『はい。今回のパラメーター設定を含め、あなたにはあと九回。アリシアが補助としてついている間は、魂に刻まれた経験に加え、過去の記憶の経験による魂パラメーターの設定を許可します』
「そうなのか」
『はい』
「お久しぶりです。ルシア様」
隣にアリシアが居た。俺とは違ってこれまで通りの容姿で、これまで通りのメイド服を着ていた。
『よく戻りました、アリシア。初めての補助はきちんと果たせましたか?』
「も、もちろんです!」
アリシアは苦笑いした。
「……それは通用しないと思うぞ」
俺はアリシアを見た。
「な……。ちょ、ちょっと! ルシア様の前でそういう事を言うのは止めてください!」
アリシアは俺に小さな声で耳打ちした。
「いや……その耳打ちも意味が無いと思うぞ……」
第一、今の俺には耳など無い。むしろその行為は反感を買うんじゃないか?
『いえ、そんな事はありません』
「……読まれた!?」
ま、そうだよな……。
「……ほら、意味ないだろ?」
「え?」
「ルシアは今、俺の心の中の声に、思いに返事をしたんだ」
「……えぇっ!?」
アリシアは驚き、ルシアを見た。
『アリシア。私には言葉にしなくても通じます』
「そ、そんな……」
「お前、ルシアのこと、なんだと思ってるんだ?」
「え……私の上司。というか、最高位の上司ですよ」
「いや、ってことはだ……」
「はい……」
「まだわからないか……?」
「え……? 私は天界人で、天界人の最高位の上司だから……あ」
アリシアはルシアを見た。今頃気づいたらしい……。
「だから、今までのことを話す必要もないし、報告する必要だって無い。だよな? ルシア」
『はい』
「……どうして小鉄のほうが詳しいんですか? それにルシア様を呼び捨てにするとか、天罰ものですよ!?」
「いや、それにはちょっと事情があってな……話せないんだ……。てか、俺はまだ小鉄なのか?」
体は現世に置いてきたし、今の俺は「誰」とは言えない状態だ。
「小鉄は小鉄ですよ! って、ルシア様と親しい個体って、おかしくないですか!?」
アリシアは俺に向かってそう言うと、ルシアを見た。
『アリシア、それはまだ言えません。ですが、私と彼、この個体は一つの約束で通じているに過ぎません。決して特別扱いをしているという訳でもありません。そこは理解してください』
「ルシア様が、個体と……約束?」
『はい。それはあなたの為でもあるのです』
「……私の?」
『はい。どうか、その感情を収めてください』
「……わかりました。小鉄、次の一生でガッツリ、バッチリ、聞きますからね」
「いや、言えないって言ってるだろ……」
ルシアが許可しない限り、これは言えない。
『他に前世での問題や質問はありますか?』
「ある。ルシアの天罰を呼び出せる能力を、もう一回継続させてくれ」
これはアリシアのために必要だ。
『わかりました』
ルシアは俺の心の内を読んでくれた。
「え!? どうしてそこで、ルシア様が承知するんですか!? しかも、二つ返事って……。前回限りの特典だったはずじゃ……」
アリシアはルシアを見た。
『そのかわり、次はあなたがアリシアに対して行う時に限定して許可します』
「ああ、それでいい」
「いやいやいや、私に対して限定って……私以外に落としたことなんか無いじゃないですか!」
「まぁ……そうだな」
と言うか、そんな必要他にはないし。
「くぅぅ……小鉄、またしても私の上位に立つつもりですね……?」
「いや、前世でも話したが……どちらが上とか、必要なのか?」
「え? そりゃもち」
「じゃ、その必要性を説明してみろ」
「いいですよ! ……わた…………。小鉄…………いやいや。仮に……」
アリシアは何かを言いかけては、言葉に詰まった。
「な? 必要ないだろ?」
「…………はい」
アリシアはしゅんとなった。
『とてもいい傾向ですね』
「ああ」
「傾向?」
「気にするな、こっちの話だ」
「そうですか……なんだか、ルシア様と小鉄が仲良さそうなのがちょっと腑に落ちませんが……」
「そう言うな。悪いようにはしない。それだけは約束できる」
「……何ですか? その上から目線は……」
「……そういうところを直せ」
アリシアは本気でそう言っていないことは分かっていたので、敢えてそう言った。
「……はい」
『話は済んだようですので、あなたの第六千六百六十六万六千六百六十七回目の魂パラメーター設定を行います』
「おう」
「はい」
『それでは、魂パラメーターを選択してください』
「すんごい
ルシアは前回やった、ながったらしい説明を、大きく
『説明は必要ですか?』
「いや、いい。ちょっと驚いただけだ……」
『一つ、伝え忘れていました』
また!? ルシア、忘れっぽい機能とかついてんの?
『いえ、そのような機能はついていません』
あ、聞こえてた。
「す、すまん。それで、忘れてたことって?」
『はい。あなたの前世の一生を評価し、今回は魂ポイントを二ポイント追加します。よって、あなたの魂ポイントは十二ポイントです』
「え……それって、いい評価をされたってことか?」
「そうなんですか?」
『はい。運にすべてを任せたという、軽率な行為により、あなたは猫に転生しました。ですが、その環境を最大限に活かし、あなたは周囲に幸福を与えました。よって、あなたの魂ポイントを二ポイント追加します』
「ちょ、ちょっと待て。それって、楓と美月はあの後、幸せになれたって……そういう事なのか!?」
『…………』
「ルシア?」
「ルシア様?」
『それはお答えできません』
「何故だ?」
『未確定事項だからです』
「未確定?」
『はい。評価はあなたの前世のみを評価し、その前後を
「そうなのか……」
できれば知りたかった……。もちろん、俺が死んだ直後の二人は見たくないが……。
『次に、アリシアの登場は前回同様。あなたが十六歳になった時です』
「前回同様……? あ、あれって人間で言うところの十六歳くらいだったのか」
『はい。アリシアはあなたの個性、趣味趣向が形成され、影響が与えられなくなってから送り込まれます』
「なるほど……」
アリシアに誘導されない様にする為……ってことか。
『はい』
「あの……。なんか所々、理解できないんですけど……」
アリシアはルシアを見た。
「心配するな、お前の悪口を言っているわけでもなければ、お前に不利な内緒話をしているわけでもない。ルシアが俺の心の中の思いに反応しているだけだ」
「……そうなんですか?」
『はい』
「……わかりました」
「って事は……また、十六歳になるまでは、これまでの記憶が全部消えると?」
『はい。その通りです。あなたが十六歳になった時、再びアリシアが現れ、あなたに記憶を戻します』
「今までのことを全部?」
『はい。私が与えた基礎知識と、前世の記憶のすべてです』
「わかった。あ……俺って……次は人間になるのか?」
『お答えできません。何故ですか?』
あ、答えられないんだ……。
「いや、人間になった時……アリシアとどうやって会話しようかと……」
俺はアリシアを見た。
「普通に話すんじゃダメなんですか?」
「いや、猫だから周囲の人にはわかられなかったが、人だとするとアリシアと内緒話をすることが出来ないだろ?」
これまで何度もアリシアとしか出来ない会話の中で、色々と助けられていた。
「おや……小鉄は私と内緒話がしたいんですねぇ……ちょっと意外です」
「そうか? 俺は事実、お前に何度も助けらた。それに天界のことを知られちゃいけないんだから、お前との会話を他の人に聞かれると困る」
「……そうですか」
『では、アリシアにはあなたの心が読める能力を与えましょうか?』
「あ、考えるだけで伝わる……テレパシー的なものか?」
『はい』
「ううん……」
「どうして悩むんですか?」
「いや……。それってなんでも伝わってしまうのか?」
「嫌なんですか?」
「じゃ、お前は俺に内緒にしておきたいことはないのか?」
「……アリマセンヨ」
「よし。ルシア、俺にアリシアの心の中を覗かせろ」
「ちょ! ダメですよ! そんなのダメ! 絶対ダメ!」
アリシアは両手で胸を押さえると、俺に背中を向けた。
いや、多分それ、全く防御効果ないから。
「な? 誰しも秘密にしておきたいことはある。例え俺とお前の関係でもな。ってか、ルシアがそんな事を許可するわけ無いだろ?」
「…………」
アリシアは怪訝そうに俺を見た。
「で、どうなんだ? ルシア」
『あなたが出来るのであれば、あなたがアリシアに伝えたいと思ったときだけ、アリシアに伝わるように出来ますが』
「出来ない個体もいる……ってことか?」
『はい』
「それって、実際にやってみたら出来なかった場合、どうしたらいいんだ?」
『出来ると思います』
「出来なかったら?」
『わかりました。それでは十六歳から十八歳になるまでは、これまで通り、私を呼び出す能力を与えます』
「ああ、そうしてくれると助かる」
二年間の保証付きだ。
『そうですね』
「いや、そこに反応してくれなくても良い……」
『わかりました』
ルシアは前回とは比較にならないほど、
『そうですか?』
「だから、いいっちゅうに!」
『…………』
「ああ……違う。冗談だ……本気にするな」
『……わかりました』
「小鉄、ルシア様と漫才するとか、罰当たりですよ?」
「いや、違うんだ……本当にそんなつもりじゃ……」
『それでは、魂パラメーターを設定して下さい』
「あ、ああ。種類って……寿命、健康、知力、経済力、職業、運の六つだっけ?」
『はい』
「わかった」
十二ポイントか……。
「なぁ、ルシア。もしかして、色々なパターンでやってみて欲しかったりするのか?」
『いいえ。これはあなたの一生。私の判断で選んで良いものではありません』
「そっか……」
ルシアは何かを探している、そんな気がしていた。
「もう一つだけ聞かせてくれ」
『何でしょうか?』
「前回、運にすべてを注ぎ込み、他のパラメーターはマイナスになったんだよな?」
『はい』
「だが、それほどマイナスの効果を感じなかったんだが……」
健康と寿命だけはハッキリと体感していたが、それ以外のマイナス面を感じることはなかった。
『それはあなたの一生、生活の中の行動により、補正がかかった結果です』
「ああ、努力によって……ってやつか」
『はい』
「よし! 全てに二ポイントずつ、平均に振り分ける」
「それって、何も特徴がない、普通の一生って事ですよ?」
「ああ。それでやってみたい」
逆に前世以上の努力が必要かもしれない。普通とは、そういう事だ。
『わかりました』
そう言うと、ルシアは強く光り始めた。
『それでは、良い一生を』
ルシアの光がどんどん強くなり、そのまま視界が真っ白になって何も見えなくなる中、ルシアの声だけが響いていた。そんな「よい旅を」みたいな軽いセリフで、俺は再び現世に送り出された。
──
こうして俺の、六千六百六十六万六千六百六十七回目の新たな生活が始まった。
今度は人間になれるのだろうか……?
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