第32話 それは突然やってくる



 一ヶ月後。


 俺は死んだ。


 気がつくと、俺は天井近くに浮いていた。正確には、俺の体は俺のベッドの中で丸くなって横たわっており、それを天井近くから見下ろしていた。時刻はまだ夜も開けぬ真夜中。同じ部屋で楓と美月は布団を並べて眠っていた。


「小鉄、お疲れ様でした」

 隣でアリシアが浮いていた。アリシアは綺麗な笑顔で笑い、いつもとは違う優しい口調でそう言った。

「…………これは……何が」

 俺はアリシアを見た。

「あなたは寿命が来て、死んだんですよ」

「死んだ……? 寿命って……まだ四歳にもなってないぞ……!?」

「ええ。ここまでが、あなたの寿命でした」

「お前……知ってたのか?」

「はい、もちろん。でも、お伝えすることは出来ないんです。ごめんなさい……」

 アリシアはそう言って頭をさげた。

「…………」


 俺の寿命は……もう、終わったのか……。

 そして、もう……お別れだと言うのか……。


 俺は楓を見た。

 朝起きて、俺の死を知った楓はどうするだろう……? いや、想像することは容易だ。きっと泣きわめくに違いない。俺の名前を連呼し、ありったけの声を上げて、辺り構わず、声が枯れるまで泣き叫ぶのだろう。今日は月曜日なのに、学校に行くことは出来るだろうか? そして、美月は仕事に行くことが出来るだろうか? 俺の死を悲しみ、いたみ、生活に支障をきたしたりするんじゃないか? それが気がかりでならなかった……。


「なぁ……」

「はい」

「最後に一つだけ、残しちゃダメか?」

「それは出来ません。あなたの寿命が尽きた時、それは、あなたが現世に影響を与える権利がなくなったと言う事です」

「……アリシアなら出来るのか?」

「……ずる賢い人ですね……あ、猫か。で、何がしたいんですか?」

「最後に……」

 俺はアリシアに一つだけ、願いを叶えてもらった。


「さぁ、もう時間ですよ」

「……じゃぁな。楓、美月……」

 別れも言えずに去る俺を、許してくれ……。許してくれるとは思えないが……。

「楽しかったぞ……」


 シュン。と小さな音を立て、俺とアリシアはこの世を去った。


 現世に残された俺のむくろの前には、楓に向けて五十音表が置かれ、そこにはハードケースの上から五つの文字が、赤いサインペンで丸く囲まれていた。


『ありがとう』


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