第5話 猫 考える
数日後。
「あぁぁぁぁぁぁっ! つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらないっ!」
アリシアは宙に浮いたまま、バタバタと手足をばたつかせて暴れていた。ちょうど小さな子供が母親におもちゃをねだり、デパートの床で
「……おい、うるさいぞ」
俺は自分のベッドで丸くなって寝たまま、頭も動かさず、薄目を開けてアリシアを見た。
「つまらない! つまらないですよ、小鉄! 毎日毎日寝てばかりじゃないですか!」
アリシアは俺の前に降りてくると、俺の顔を覗き込んだ。
「そんなこと言ったって、仕方ないだろ……」
俺は猫。寝るのが仕事。猫の語源は諸説あるが、「
「小鉄、猫だからっていつまでも寝てて良いと思ってるんですか!?」
「ああ」
俺は目を閉じた。
「……ぐぬぬ……あなたは寝るために生まれてきたのですか!?」
「そうかもな」
「……わかりました。小鉄がそのつもりなら、ルシア様に報告します!」
「好きにしろ」
「…………小鉄ぅー……少しはかまってくださいよぉー……。私はあなたと違って人間なのですよ? そんな毎日何十時間も寝ていられませんよぉ!」
「お前……人間なのか?」
俺は目を開いてアリシアを見た。
「んー……どうなんでしょうね……。天界人……ではあるんですけど、人間かと聞かれると……」
アリシアは体を起こし、右手を
俺はそのまま目をつむった。
「って、ちょっと! 勝手に寝ないでくださいよ!」
アリシアは俺の脇の下を掴んで抱き上げ、俺をフルフルと揺すった。
「うおっ! おぉぉぉぉぉっ!」
「ほら、何かして遊びましょうよ」
「おぉぉぉおい! ちょ、ちょっと!」
「遊んでくれないと、このままフルフルの刑にしますよーっ!」
なんだその刑罰は。てか、すでにしているこれは違うのか!?
「こら、待て! 一旦止めろ!」
「じゃ、遊びますか?」
「わかった! 遊ぶ、遊ぶから!」
俺がそう言うと、アリシアはフルフルの刑を止め、俺を床においた。
「じゃ、何します!? 何します!?」
アリシアはしゃがみ込んで嬉しそうに俺を見た。
「いや、何がしたいんだ?」
猫と人で出来ることなんて、たかが知れてる。俺はそのままウーンと伸びをした。
「じゃぁ、テレビゲームでもしますか!?」
「いや、そんなものはない」
「無いんですか?」
「見たらわかると思うが、片桐家は裕福な家じゃない。そんなものは存在しない」
俺は手を舐めると顔をなでた。
「……確かに……」
アリシアはあたりを見渡した。
「片桐家って、貧乏なんですか?」
「んー、そうなんだろうな。記憶が戻るまではそんな意識はなかったんだが」
アリシアから記憶を戻されるまでは、そんな裕福だとか貧乏だとか、そんな思いは全く無かった。記憶が戻り、他のことを知って初めて「ああ、うちって貧乏なんだ」と気付かされた。
「じゃ、小鉄はこの家をお金持ちにするために生まれたんですかね?」
「俺が……?」
ってか、猫が?
「はい」
「どうだろうな……。てか、猫が家を金持ちにするって……看板猫的なアレか?」
猫といえば、招き猫。
「ああ、それもありますね。でも、それだと何か商売をしていないと出来ませんけど……。あ、
美月とは楓の母親の名前だ。
「知らん」
これまでの家での行動や、会話からはそれを推測できるものはない。時間的にパートっぽくはあるんだが、職種まではわからない。
「じゃ、どうやって看板猫になるんですか?」
「ノープランだ……ってか、看板猫になること前提なのか?」
「いえ……。でもそうでもしないと普通の猫と同じで、ご飯食べて寝るだけの
「
全国のペットに謝れ。
「ってか、猫だぞ? そんな普通の猫に家を盛り上げる的なことは出来なくないか?」
「いえ、あなたは普通の猫じゃないですよね」
「は……?」
「いや、は? とか言われても……」
「普通の猫じゃない?」
「はい」
「……どういう意味だ?」
「いえ、あなたは運パラ全開のお馬鹿さんで、でも知能は人並みのスーパー猫ですよ? 自分の立場、忘れていませんか?」
「おぅいえー(Oh、Yeah)……」
そう言えば俺、普通の猫じゃなかった……。
なんか「お馬鹿さんで知能は人並み」ってのが引っかかるが、まぁ、そこは猫だったらという前提で話しているんだろうからスルーしておこう。
「と言うか、私が! このスーパー美少女メイド天使、アリシアちゃんがつきっきりで一緒にいるのに、どうしてそれを忘れるんですか!?」
「ちょっと待て! 美少女は……まぁ置いておくとして、スーパーメイドで天使って、そうなのか?」
「え……何が疑問なんですか? って言うか、その質問は
アリシアは首を傾げると立ち上がり、人差し指を立ててそう言った。
「私は、スーパーで!」
アリシアは両手を挙げるとフンと右膝を曲げ、斜めの姿勢を取ると、左手をピンと斜め上に伸ばした。なんだこれ……砲丸投げ?
「メイドでっ!」
アリシアはメイド服のスカートの裾を掴み、クルッと回った。もちろん、少し首を
「天使な!」
アリシアは両手を斜め下に出して両足を曲げ、可愛らしいポーズを取った。
空中で静止できる、浮くことが出来るので、まるでジャンプ中にシャッターを切った様なポーズが可能だ。
「美少女です!」
アリシアはもう一回クルッと回ると、両足を開いて体を少し曲げ、左手を腰に当てて右手を顔の前に握って横に動かすと、横ピースを右目にあてて斜に構えた状態でピタリと静止した……。これ以上無いドヤ顔だった。
「…………」
俺はどこから突っ込んだら良いのか困った。
やっぱりそれが最後に来るのか……。しかも天使の意味が、「天使のように可愛い」と言いたいらしい……。だとすると、天使と美少女がダブってるぞ。
「って言うか、そこを疑問に思うっておかしくないですかぁー?」
「いや、お前のおかしいおかしくないの基準は知らん」
俺は座ったまま、薄目でアリシアを見た。
だが、俺がスーパー猫……というのは確かにそう、疑いようのない事実だ。ルシアの意図なのか、はたまた
だとすれば。理由がどうであれ、俺にもすべき事が、出来ることがある。
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