一本目 暑さと温度差の夏大会

第一幕

 ―カンカンカン…―

「せんぱーい。この椅子バラしちゃってもいいですかー?」

 どこかふわっとした声が日曜大工のような音とともに青空の中に響く。

「あーそうだね、バラしちゃおっか。」

「りょーかいでーす。」

 もうすぐ夏になるこの時期に外で大工作業する三人。工業科のある高校なら日常風景なのだろうが、残念ながらここは普通科の高校だ。そんな普通科の高校でも、私達演劇部のある高校なら案外日常風景なのかもしれないが。


「やっほーゆめー、ちゃんと元気にやってるー?先輩方もお疲れ様です!」

「あーゆっちゃーん!ジュース!」

「開口一番にねだるなっての。」

小野おのさんが来たってことは向こうもそろそろ休憩入ったの?」

「はい!入りました!」

「てことは、小野おのちゃんはもりちゃんが気になってこっちに来ちゃったのかな?」

「もーゆっちゃんってば優しいんだからー。」

 私はさっきまで体育館のステージでキャストの一人として活動していたのだが、休憩で締め切った空間から外の空気を吸うついでに、中学の頃からの友達の夢の様子を見に来たのだが、今にもねだりそうな夢をみて、ここまで来ない方がよかったかもしれないと、少し思った。

「そうなんですけど、ちょっと後悔してますね。」

「なんでー!」

「あんたのせいだよ!」

「もー。」



「まぁそんなことより、そちらの様子はどう?」

 堀部ほりべ先輩の落ち着いた優しい声が私達の会話に入ってきた。ここぞとばかりに私は夢から離れた。

「今のところは順調ですね。相変わらず立夏りっか金山かなやま先輩がいがみ合ってますけど。『断然こっちの方が感情出せるー!』とかいって。今の休憩も二人のクールダウンのためですもん。」

「クールダウンになるといいけれど…。」

「お察しの通り全くなってないです。

 私が出る時も休憩中なのに話し合ってましたし。」

 次の夏の大会。私達一年生には初めての大会になる。そんな大会で私は、夢とともに中学からの友達である立夏とともに、役者キャストに選ばれた。中学の頃からの仲である、私と立夏と夢は、ここ、『松ヶ坂まつがさか高校』で演劇部に入った。



「相変わらずやってるねぇ。」

「そんな呑気な話じゃないですよー。」

「小野ちゃんなら、きっと二人を諌められるよ!」

「おー!ゆっちゃんなら大丈夫ー!」

「いや、あんなの立夏一人でお腹いっぱいですよ…。」

 のんびりとした口調で長谷部はせべ部長が言ってくる。いや、呑気すぎるでしょ。でもこんなところも含めてやっぱりこの人は、『お父さん』って感じだ。


沙也加さやかなら、すぐ熱は冷めるから大丈夫よ。」

「堀部先輩…。」

 この状況で私のことをフォローして励ましてくれるのかこの先輩は…!まるで『お母さん』みたいだ…!

 というか、この空間の親子感が強すぎる。私と夢は姉妹かな。夢、妹っぽいし。言ったら怒られるけど。


「まぁ、頭でも叩いておけばだけど。」

「誰がその叩く役やるんですか!?」

「頑張って。」

「やっぱり私なんですね!?」

 前言撤回。私の味方はこの空間に誰もいなかった。中学の頃からのこの役回り、『みんなのお姉さん』はどうやら健在のようだ。

「でもまぁ、小野ちゃんがキャストにいてくれて助かったよ。あのメンバーを収めるの、今は小野ちゃんか美咲みさきくらいしか出来ないからねぇ。」

「私もですか?」

「え、むしろ堀部先輩しか収められないと思うんですが…。」

「そんなことはないけれど…。

 でもそうなら、優希さんにも収められるようになってもらわないとね。」

「えぇ…。」


 これからあと一ヶ月、私はどれだけこの部活に振り回されるのか分からない…。

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