クトゥルフQ
@nohouzu
2020年に囁くもの
2015年12月15日
父が失踪したのは、私が10歳にも満たない、夏の日だ。君も知っての通り当時私の住居は山の中にポツンとある和風建築の大きな屋敷だった。その日、つまり父が失踪した日は使用人は実家に、母は病院へ出掛けていた。そのため来客の対応は私がしなければならなかった。その時見たアレの顔を忘れることは一生ないように思う。玄関に立っていた父の友人を名乗る男は、黒いコートに身を包んで、青色としか言えないおかしな肌に、火傷を隠すように包帯を巻いていた。頭には提灯のような器官が生えており、先は漏斗のように円錐状になっていた。その器官からはダラダラと透明な液があふれてきていた。その神を嘲笑う異形の生き物は、左右が水平になっていない黄色の目を包帯越しに私に向けてきた。黒目は異常に小さく、眼球がぎょろぎょろと動くさまは、人間というよりも魚類に近かった。細長く伸びた手足は退化した人類のように木の枝に見えた。そして小さな口をもごもごと動かし、父に会いたいと言ってきたのだ。――その驚きを何といえばよいのか。漏斗から垂れる液体は、地面を溶かし、栗の花のような匂いを漂わせていた。私はそれが怖かった。もうここまで書けば懸命な君はわかっただろう、私は父を売った、この異形の者によって父は姿を消したのだ。
しかし私は自分の罪を告白するためにこの手紙を書いたのではない。これは君への警告の手紙なのだ。
私がすべての事実に気が付いたのは父の遺品整理をしている時だった。最初見たときは何のことない家系図に思えた。あの父が家系図なんてものに興味を持つのかという意外さすら感じられた。そこに書かれた私の祖先について記そう。
松村啓治1900年生1935年没、松村正義1925年生1955年没、松村長利1953年生1975年没、松村永徳1973年生、1995年没。死因はすべて失踪。
私は妄想にとらわれているだけなのかもしれない。二十年ごとに一族の男が死んでいるなど、ただの偶然に過ぎないはずだ。あの醜怪な生き物は、子供の見た幻想に違いない。しかし私はあの夏に見た男が我々一族の寿命を吸い取りに来ているようにしか思えないのだ。これを書き終えたのちに、私は命を絶とうと思う。君も薄いとはいえ松村家の血が入っている。私のことは狂人と罵ってくれてもいい、しかし君は身に気を付けてくれ。
2016年1月2日
命を絶つなどと書いた手紙を送った後にこのような手紙を送ることになって大変恥ずかしく思う。私はどうしても死ねないのである。先の手紙を書き終えたのち、私のもとにも青い男が現れた。奴は死よりも恐ろしい事実を私に告げた。ああ、なんたることだろう。考えたくもない。私はとんでもないことを見落としていた。たとえそれに気が付いていたとしても今を変えることはできなかっただろうが。件の私の先祖すべての死亡時期は、夏だった。私は、知らず知らずのうちに、死ぬはずだった夏を越えていたのだ。私が夏を越すことができたのは、奴が私の未来の姿だからだ。奴は、私は先祖たちの体を奪うことで未来において生きながらえているのである。奴は175歳の私なのだ。私はおぞましい松村家のループを作り出すのだ。
あと150年私は死ねない。
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