お馬鹿な二人の真面目な恋愛(短編)

NEO

エリナとミカ

 いつもの放課後、いつもの正門 。私ことエリナは、いつものように待ち人の真っ最中だった。

 そこそこのレベルの公立共学校の校舎に、夕日が弱わしく差している。……寒い。

 先に帰ってしまおうかと思った途端、校舎から見慣れたポニーテールが飛び出てきた。

「ごめんなさい!!」

 勢いに任せて私に抱きつくようにして止まると、彼女の荒い息が耳をくすぐった。

「また、今日はお早いお付きで。ミカ様」

 たった今、弾丸のようにすっ飛んで来たのがミカ。友人というのが普通だろうけれど、これでもお付き合いしている関係だったりする。どっちが「彼氏」なのかといえば、告ってきたこの弾丸様だろうね……。


 もう三ヶ月なのか、まだ三ヶ月なのか……。

 私は人づてに、ミカから呼び出しを受けた。

 時刻は放課後、場所は屋上。ベタ過ぎて笑ってしまったよ。喧嘩にしろ告白にしろ、今日日こんな場所とね。

 でまあ、呼び出されて現れたのが、逆に私が呼び出したかのようにオドオドしたミカ。少なくても喧嘩ではないようなので、私はリラックスして構えていた。

 私は急かすような事はしなかった。逆効果だからだ。自然と切り出すまで待つのが一番早い。

「あ、あの……単刀直入に言います。揚げ出し豆腐は好きですか!!」

 ……。

「落ち着け。もう一回やろう。ね?」

 泣きそうな相手に、私はテイク2を求めた。コクリとうなずく相手の様子を見て、私はとりあえず安心した。ちなみに、揚げ出し豆腐は私の好物だ。

「じゃあ、もう余計な力入らないでしょ。大体予想は付いているけど言ってみ」

「はい」

 一呼吸おいて、うつむき加減ながらも相手は私に改めて告げた。

「単刀直入に、言います。好きです。付き合って下さい。女の子同士でこんなのおかしいと思いますが……」

 あらら、完全にうつむいてしまった。

 これのどこが揚げ豆腐になったのかは謎であるが、さて、これは茶化していい冗談ではない。嫌ではないのだが、そもそも恋愛経験が乏しいのでどう応えるべきか……。

「……ごめんなさい。やはり、引いてしまいましたよね」

「あっ、違う違う。嬉しいけどさ、私って男子ともロクに付き合った事ないから、なんて応えていいか分からなかっただけ」

 情けないけどそのまま言ってみた。

「えっ、そうなんですか。モテそうなのに」

 グッサリと何かが刺さった。い、今のは効いた……。

「あ、あの……?」

「ご、ごめん、なんでもない。即答もアレかと思ったんだけどさ、私って昔から考えると物事が悪く転がるみたいだから、今ここで言っちゃうわ。嫌じゃないし、あなたも本気みたいだから、私も本気で応える。付き合いましょう。そういや、名前は?」

 私は相手の名前すら知らなかった。

「ミカでいいです」

「じゃあ、私はエリナね。よろしく」


 とまあ、寒い現在に戻るわけだが、ミカとの交際は特に問題もなく続いていた。

 何かにつけ要領よく教室から出てくる私に対し、何かにつけ物事を押し付けられ、なかなか帰れないミカを、正門で待ちぼうけするのが私の日課となっていた。

「さて、今日はどうしようか?」

 私は小遣いなし、バイトは少々。ミカに至っては厳しいお家柄のようで、バイトすることも許してもらえないようだ。これでは、そんなに頻繁に遊びにも行けないので、大体ウチに溜まってなにかしている場合が多い。共働きなので、両親は夜遅くまで帰って来ないこともあって、絶滅したかと思っていた「門限」とやら一杯までぼんやり過ごして帰るのが常だ。

「そうですね、ローストビーフでも作りましょうか?」

 私と腕を絡めるようにして、少し先を行くミカがすっとぼけをカマした。

「なんでローストビーフなのよ。材料費考えなさいって」

 そんなお金があるなら、映画でも行った方がよほどいいだろう。

「えっと、それじゃ……」

「はい、時間切れ。今日は罰ゲームで宿題。以上!!」

 決まらないので、私は死の宣告をした。

「ええー!?」

 まあ、始終こんな感じだ。私たちは。


 罰ゲームの宿題もやり終えた一時、もはや私以上にこの家の台所を知り尽くしているミカが淹れてくれたお茶を飲みながら、私はこたつでぼんやりしていた。

 実のところ、私には密やかな悩みがあった。私の性趣向はノーマル。すなわち、大多数がそうであるように男性に対して異性を感じる。同性は抵抗がないくらいだ。

 しかし、現実はどうだ。同性であるミカに惹かれている自分がいる。それは、最初は友人の延長線だったが、今でははっきり恋愛感情を抱いている。これは、一体……。

「どうしたんですか? 難しい顔をして」

 私の悩みの元凶が現れた。全くニコニコ笑いおってからに。

「いや、別になんでも……」

 まあ、考えていても詮ない話だ。好きなものは好き。これでいいだろう。

「ああ、そうだ。この前、寝ぼけてヘッドフォンを踏んで壊しちゃってさ、買い換えなきゃって思っていたんだけど、もう門限か……」

 ちらりと時計を見やり、私はため息をついた。

 今から近くの家電量販店まで急いでも、ミカの門限ギリギリである。別日かなと思っていたら、いきなりガシッと右腕を掴まれた。

「へっ?」

「諦めたらそこで終わりなんです!!」

 ほわんとした顔に似合わず、無駄に熱いセリフを吐くミカに、気が付いたら二秒後にはこたつから引っ張り出されていた。

 ちょ、ちょっと!?

「はい、これ着替えです。行きますよ、約束の地に!!」

 いや、ただの家電屋さんなんだけどって、マジかい!!

「門限どうするのよ!?」

「まだ間に合います。間に合う限り、行くんです!!」

 どうした。なぜそこまで熱くなる!?

「行きますよ!!」

「ま、待って!!」

 全く、この私が振り回されようとは……それを可能にする存在がミカだ。

 すでに暗くなった道をひたすらマラソンである。自転車はあるが、二人乗りしていると止められかねないので、結局はこれが一番速い。

 私の家から家電屋さんまではダッシュで十分くらいなのだが、ミカの速いこと速いこと。

「ちょ、待って……」

 呼吸が追いつかない。ミカの謎の一つだ。

「待てません。牽引します!!」

 私の右腕をきっちり「連結」したミカは、また猛然と加速し始めた。

「ちょっと、コケる!!」

 つくづくアホなカップルではあるのだが、家電屋さんには標準タイムを大幅に上回る五分強で到着した。リパブリック賛歌の替え歌で有名な、某大手量販店の地方支店とだけ言っておこう。

「休んでいる暇はありません。標的は三階です!!」

 か、勘弁してくれ……。

「どんなタイプを探しているのですか?」

「ぶ……ぶるぅ……とぅーすで、一万円くらいまで……おんしつは、どーでもいい」

 上がりきった息で無理矢理声を出し、私はフロアにぶっ倒れた。

 ……も、もう、無理。

「分かりました。適当に見繕ってきます!!」

 私が何とか財布から差し出した一万円札を片手に、売り場に駆け込んでいくミカの後ろ姿は、妙に頼もしかった。

「おっ、村瀬じゃん。こんなところでなにしているんだ?」

 むっ!?

「あれ、先輩じゃないですか」

 妙なところで出会ってしまったものだ。見た目はまあ、それなりにいいのでモテモテ様ではあるのだが、それで調子に乗って全ての女は自分のもの的な態度を取る、我が校のアホ野郎筆頭の一個上の先輩である。私も入学したばかりの頃、うっかり告ってしまって痛い目を見た。

「なあ、真剣な話しなんだが、俺と付き合わないか?」

 なにが真剣な話だ。後ろに控えている、バカと愉快な仲間たちが吹き出しそうになっているぞ。

「あいにく満席です。他を当たって下さい」

 瞬間、バカ四人組が一斉に笑う。うるさいな。

「ほれみろ、フラれた!!」

「ざまぁ!!」

 幼稚園児か、お前らは。

 しかし、単細胞の先輩様はこれでムキになったらしい。私の右腕を手荒に掴んだ。

「お前、俺の方から……」

 その言葉が、最後まで告がれることはなかった。

「またお前らか。万引きに暴行、今度はなんだ? 次来たら警察に通報すると忠告したな……もう到着している。お前らが入店した時に、念のため呼んでおいた」

 声を掛けてきたのは警備員のお兄さんと、ゴッツイ警察官が六名。先輩たちの顔色が見る間に変色していく。なんだよ、安くてなんでも揃っているこの店は、こいつらの遊び場だったか。

「まっ、あとはこっちに任せて、お嬢さんはお買い物を」

「は、はい」

 取りあえず逃げ出してフラフラとレジカウンター方面に向かうと、心配そうにヘッドフォンの箱を抱えたミカが待っていた。

「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。私ってほら、変な男を引っ掛ける体質だからさ」

 右手をパタパタ振りながら、私はミカに返した。

「さて、急いで帰らないと。門限まで……過ぎてるし!!」

 あの馬鹿野郎のせいで、大幅遅延である。どうするのさ!!

「フフ、大丈夫です。少し小言を言われますが、まだこの時間ならば」

 ミカが小さく笑みを浮かべた。

「よし、急ぐぞ~!!」

 結局、さすがに申し訳ないので、ミカの自宅まで一緒に行って一緒に怒られ、事は一件落着を迎えたのだった。


 やっぱり、言わないといけないだろうね。

 こたつミカンで話す事でもないのだけれど、私はそれとなく流してみた。

「あのさ、私って別に女の子が好きなわけじゃないんだよねぇ」

 ミカンの皮をバリバリ剥きながら、私はつぶやくように言った。

「あらら。では、私とお付き合いしているのはなぜでしょう?」

 ニコニコ笑顔を崩さず、ミカがそっと隣に座った。変に恥ずかしい……。

「それが分からないから悩んでいるのよ。『別に抵抗はない』から『本気で好き』に変わってきてるの。不思議でしょ?」

 私が苦笑交じりに言うと、ミカは首を横に振った。

「不思議でもなんでもないですよ。別に、異性と恋愛しなければならないという規則はありません。その人が好きならいいのです」

 こたつの中で温めていた手に、ミカがそっと手を重ねてきた。

「ん?」

 手を繋ぐなんて今さらなのだが、なにか空気が恥ずかしい。

 そして……。

「末端冷え性ですね。確か……」

「それ今言う話!?」

 そう、どこまでも馬鹿なカップルの私たちなのだった。

 果たして、高校卒業までにキス一つ出来るのか。それはまた別のお話し。

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