初夜編 利己的な爪跡12

 明朝 物見の報告があった。

 現状:コトウの家ならびに周囲の家屋を襲った魔獣は未だにとどまっている。異動する気配は無い。

 被害状況:コトウ宅のみ。魔獣が寝ていたと思しき場所に、人間の生首が3×3の大きさで並べられていた。中心部分が大きく凹み、外側が薄く凹んでいたことから察するに、魔獣は人間の頭を枕にして寝ていたそうだ。

 トリトン村に差し込む白い光。サラサラと山から流れる風。涼しい風。薄らと水色の空。まさに清清しい朝。

 朝の日差しをマルトは一身に浴び、大きく背伸びをし、首を右へ左へ動かす。ゴリゴリと首からほぐれる音がする。

 今度は、勢い良く、背中を右へ左へと回す。腰からミシッと軋む音がした。年なのか。認めたくないものだ。と心で毒づきながら、何食わぬ顔で机にもたれかかった。


「それで。生存者はおったんか?」

「わかりません。いたのかもしれませんが、そこまで深追いは……」

「よか。深追いして報告できんというヘマなんぞ笑うに笑えん」


 軽く笑ってみた。ジワジワと腰が痛む。


「マルト様」


 傍らに佇む団長がマルトの指示を待つ。本部の外には、出立を待つ兵士達の姿がある。皆、鈍色の鎧に身を包み、腰には大小様々な剣を下げている。彼らの多くは繊維に満ち満ちている。魔獣に対する憎しみ。また、この戦いで戦果を挙げ、出世することを望む者。一部不本意な表情を浮かべるものもいるが、一つの部隊の士気としては悪くない。

 マルトは顎を触る。扉付近には自分の鎧が用意されている。彼自身、退路は経たれている。今日の1回で魔獣を倒さなければ、マルトの命は無い。


「王都からは?」

「昨日、伝令使を出しております。本日、王都に到着するものかと」

「王都からの応援はどう考える」


 団長は口をつぐむ。スナイル国はヨナン国と交戦中だ。ヨナン国との戦争に勝利するため、多くの兵士が駆りだされている。このような小さな村に王都から十分な応援が用意されるとは考えづらい。


「予備の伝令使を用意しておけ。星の剣には、トリトン村自警団損害大と記載しておけ。あとは、風の剣も1本多く渡すのだ。この予備を使うときは、短い時間も無駄に出来ないだろうからな」


 団長は短く応えると、物見に指示を出す。

 マルトはヘーグを呼び出すか、一瞬考えた。万が一、マルトがトリトン村の指揮が取れなくなった場合、彼はヘーグに全権を譲渡する腹積もりでいる。

 マルトの子どもはまだ幼い。マルトの妻は政治事に明るくない。

 そう言う面でマルトが頼りにしているのがヘーグである。

 マルトはもう一度、窓からトリトン村を眺める。疲弊した村の者の表情。どす黒く変色しつつある田畑。青々としたトリトン村が嘘みたいだ。

 そして、トリトン村をこのように変えたのは、魔獣であり……。


「私が弱いせいか」


 小さく一人ごちた。彼ははユルユルと首を横に振る。

 弱気になりつつある自分を認めた。マルトは窓に背を向ける。普段どおり、気難しそうな表情を団長へ見せた。


「行くぞ。お待ちかねの狩猟の時間ばい」


 マルトは机の上においていた剣に手を伸ばす。そして、振り向きざまに剣を抜き、切っ先を朝日に向けた。剣は濁りなく、朝日を一心に浴び、キラキラと水晶のように輝いた。

 借りの合図に、団長は大きな返事を返す。マルトは、脳内盤上が大きく動かした。

 



  コトウの家の道のりは物見が先導とし、隊の中央にマルトと団長がいた。やはり、本日も馬は使えなかった。マルトの鎧兜は他の者より強い輝きを放っていた。

 集団は、歩くたび、ガリッガリっと鎧がこすれる音がする。ガチャガチャと耳障りな音が絶え間なく聞こえる。


「なぁ、団長」

 音を隠れ蓑にし、マルトは団長に囁いた。団長は、マルトが言っている意味をすぐに理解できなかった。だが、何度も同じ事を言う。団長は怪訝そうな顔を浮かべると、マルトの指示に従い、隊の後方へ移動した。そして、すぐさまマルトの元へ二人で戻ってきた。

 加わった一人。それは、昨日の会議の中、マルトに憤怒の表情を浮かべた兵士であった。周囲に止められたが、すぐにでも彼を殺しかからんばかりの勢い。マルトはその表情、仕草をよく覚えている。その彼を呼び出すよう、マルトは団長に命令したのだ。


「若造、お前はあの集落の出身だったとはな」


 マルトの投げかけた言葉に、兵士は目をまん丸に見開いた。彼の驚き方は及第点であったようで、マルトは鼻を鳴らした。


「見くびるなよ。若造。私は領主だ。お前の様子を見れば分かる」


 マルトはいやらしい表情で言葉を重ねた。


「団長から聞いた。聞いて納得した」


 兵士は頭を下げる。隣に立つ団長は、兵士に顔をあげるよう脇腹を小突く。剣の柄で突いた為、低く鈍い音がした。兵士は下唇を噛み締める。そして、仕方なくといった素振りで前を向いて歩く。

 彼が、マルトを許さない理由は十分に理解できる。「慰物」と愚弄された事への怒り。自分が「生きていた」事を知っている人たちを「慰物」と表現し、「死んだ」と断言した。死を侮辱した領主を認められないのは当たり前だ。

 マルトは「ふふん」と鼻を鳴らすと、腰に下げている物を差し出した。


「若造。これは当家代々伝わる水の上位眷属剣だ」


 差し出した剣は、出発前、彼が朝日に向かって剣先を向けたあの剣である。

 上位眷属剣は、聖剣から生み出された剣。希少価値のある剣で、おいそれと人に差し出すことは考えられない。ましてや、一般市民がそのような剣を持つことは恐れ多い。

 団長も兵士も何がなんだか理解が出来ないでいた。ただ、剣とマルトの顔を交互に見合わせ、口を軽く開いて当惑した声を漏らすばかりであった。


「マルト様、それは――」

「憎むべきは、魔獣。亡くなった者たちに尾成長した自分の姿を見せろ。弔え」


 兵士の手が水の上位眷属剣に伸びる。


「殺せ。冷静に殺すのだ」


 マルトの一言に、兵士はようやく反応を示す。


「すべては皆の為に」


 兵士の言葉にマルトは満足そうな表情を浮かべた。上位眷属剣を託された重み。兵士の顔に朱がともる。マルトは満足そうな表情を浮かべた。兵士も足取り軽く自分の場所へ戻った。

 一方、兵士は、マルトに頭を下げると、団長に促され、元の場所へ戻っていった。

 団長は、怪訝そうな表情でマルトを見つめる。彼の言いたいことはさすがのマルトでも理解できる。そして悪戯っぽい笑顔を浮かべ、また、斜め上の事を言い出した。


「あいつには先駆けを託す」

「あの者にですか!」


 団長の素っ頓狂な声に、前を歩いていた者たちが振り蹴る。団長は慌てて口元を押さえる。コホンと一つ咳払いをし、平常心を浮かべる。


「アイツはあの集落の者であろう。無念は晴らすべきだ。その機会をくれずに何が領主だ。憎しみの気持ちは、自らの手で果たすのが一番であろう」

「ですが、先駆けというのは……」


 さきがけ。敵に対して第1番として駆け出し剣を突き入れる者を言う。最初の巧妙と呼ばれ、皆、この魁を求め、戦場を駆け回る。


「良いだろう。別にトドメを刺させろ。と言っているわけではない。先駆けぐらいくれてやれ」


 不服そうな表情を浮かべる団長。マルトは語感を強めた。


「アイツには先駆けをくれてやる。無論、イヤと言えば無理に渡さなくとも良い」


 団長は力なく頷いた。山中を歩く兵士は皆、先駆けの誉を求め、馳せ参じている。このような出来レースに彼らを巻き込んだことは、団長にとって不本意な結果であるのだ。



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