第4話 私刑
特務部隊が到着するより前に、村人たちは入口すぐの広場に集められた。
この寒い時期に何事かと、老若男女を問わず誰もが怪訝そうに、そして面倒くさそうに顔を歪めて広場へとやって来た。
だが、極東軍の軍服に身を包んだ僕の姿を目にすると、途端にかれらはその背筋を伸ばす。
事情を村長が説明するよりも早く、彼らは事態について把握したらしい。
そして、村長や、僕を最初に歓待した匹夫と同じように、一様にその表情は明け方の空のように冷ややかに青ざめていた。
いずれ、その罪が暴かれるだろうことを、彼らは予想していたのだろう。
ならば最初からするなというものだが、人の欲というものには、そうそう簡単に蓋をすることはできはしない。
仕方のないことのように、国家主義者でない僕には、彼らの行いは感じられた。
もっともその教義の忠実なる僕であるニーカは、村民たちの裏切りを許さないだろう。
すぐに、軍靴の音が街へと近づいてくる。
それと同時に、村民たちの沈黙はいっそう深まるのであった。
「……あの」
「はい?」
気がつくと、浅黒い肌をした乙女が、いつの間にか僕に近づいていた。
黒毛をした彼女は、生来そのような肌をしているのだろう。あまり、大陸のことについては詳しくない僕だったが、西の方の土地からの流れ者という感じであった。
エメラルドの瞳をした彼女は、僕を真っすぐに見て問う。
「私たちはどうなるのでしょう」
「……さぁ」
全員、国家反逆の罪により、ニーカの手によって銃殺――。
ということは流石にないだろう。
だがしかし、あの娘がただで彼らの行いを赦すことはしないはずだ。
まず、そんなことはあり得ないと思っていいだろう。
なにより、ニーカにはこの村でやらねばならないことが多くある。
それを成すための手段として、精々、その罪を人質にされて、さんざ利用されることになるに違いない。
少し、肌が震えた。
軍服――『晶ガス』が封入されて、完璧な断熱が施された――を着ていても、その悪寒は防ぐことはできなかった。彼女の残酷さ、苛烈さは、傍で嫌と言うほど見てきた。
それを思い出せば、自然、体は震えてしまうのだった。
やめよう。そんなことを考えるのは。
それよりも――。
「……君は朱国の人間のようには見えないが。どうしてこんな村に?」
僕は問いかけてきた、乙女の姿の方へと興味が行った。
そんなことを問えるほどに、僕が場にそぐわない人間であることは、十分に理解していた。しかしながら、そういう境遇にあるからだろうか、かえって、僕は、同じ境遇であろう彼女に対して、それを問わずにはいられなかった。
暗い表情のまま、褐色の乙女は僕に答える。
「祖母が、放浪の民でした。母の代で、この地に根を張ったのですが」
「……なるほど」
そういう人間も少なくないと聞く。
血が薄まるには、まだ、時間がかかるということらしい。
すまないことを聞いたと返すと、いえそんなと乙女は恐縮する。
そんな中、栗毛の馬の嘶きが、寒村の空へと響いた。
どう、どう、と、馬の手綱を引いて私の主が現れる。
熊の皮をなめして作ったコートを羽織り、集まった村人たちを馬上から尊大に見下ろす少女の姿は、青い空を背景にしてよく映えていた。
しかしながら、あまりにも若い。
そして女――少女である。
予想外の将校の登場に、村民たちは一様にその目を瞬かせた。
小隊とは名をつけてあるが、ガス田開発のために集められた少数精鋭の部隊である。
総勢にして二十余名ほどだ。
それらが縦に三列になって並ぶ。
彼らはその士気と練度を示すように、白い息も吐かずにぴったりと静止すると、その場で馬上の隊長の言葉を待った。
さて、ニーカ。
真っ先に何をするかと思えば、彼女は村民たちの中に紛れ込んでいた僕を見つけてほくそ笑んだ。
よく集めたと、銀狼の娘は、紅色をした瞳を揺らしてこちらを見ている。
彼女の異様に気が付いたのか、褐色の少女は僕から言葉もなく離れた。
僕は、主人に向かって敬礼する。
「村民全員、ここに集まっております」
「うむ、でかした、私の黒い走狗よ」
そのまま、僕は駆け足で、彼女の隣へと移動した。
ニーカ付きの下士官という立場である僕の立ち位置はそこである。馬の手綱を彼女から預かると、鞍から降りようとする彼女に手を貸した。
ご機嫌のようだ。
僕の手を握りしめて、彼女は凍った土の上に足を着けると、雪で汚れていないブーツを鳴らして村人たちの前に歩み出た。
「極東軍特務部隊少佐ニーカである。この村に隠しガス田があると聞いてやって来た」
単刀直入に、少女は村人たちに対して本題を切り出した。
一度喋り出せば、この狼娘の言葉が止まることはない。
「ガス田――とり分けて『晶ガス』については、国家の所有物である。何人も、これを私有化してはならない。同志たちよ、私は君たちの行いに憤慨している。この紅服を見よ。私は『偉大なる同志』の代弁者としてここに来ている」
父の意を借りて、彼女は尊大に振る舞う。
その父が、国家主義の正道を説き、その権威の下に、多くの政敵を謀殺していることを彼女は知っているのだろうか。
また、このような寒村の生活がいかに厳しいものであるか、中央育ちの彼女は理解しているのだろうか。甚だ、疑問である。
もちろん、そんな疑問は村民たちにも湧いたのだろう。
「私たちはそのようなものを持った覚えはありません」
唐突に、叫んだのは村長であった。
つい先ほどまで、村民の中で最も青ざめた顔をしていた彼は、どうしたことか、その頬に生気を取り戻して、目の前に立つ苦労知らずと思われる少女に向かい、憎悪の視線を投げかけていた。
ほう、と、ニーカが村長を見上げる。
幸いなことは、対格差のこともあってか、村長に助太刀しようとする輩が出なかったことだろう。もし、そんな輩がいたならば、事態は大変なことになっていた。
「お前が、村長か」
「いかにも。元極東軍第三師団所属、砲兵科のバ」
「臭い息を吐くな。死ね」
その言葉と共に、三列になって整列していた兵士たち。その戦闘に立っていた兵が、拳銃を一斉にホルスターから抜くと、村長に向かって発砲した。
背の低いニーカの頭の上を掠めて飛んだ、ガス弾は、村長の眉間と、口、そして喉を貫いて、即座に彼を貫いた。
ひゅっ、という、音が喉から抜けたかと思うと、村長が凍った土の上に膝を着く。
ニーカよりも低くなったその背丈。それを待っていたというように、彼女は毛皮の中から、小さな――弾丸一発だけを打ち出すことのできる護身用の銃を取り出すと、彼の胸に当てて発砲した。
「堕落した者に与えられるものは鉛弾だけである」
老人の返り血を浴びて、銀狼の髪が揺れた。
いやぁ、と、つんざくような悲鳴が、村内に響き渡る中、沈まれ、と、世間知らずのはずのお嬢様は、野性的な声を張り上げた。
「堕落者せし者には死を。私のやり方はよく理解してくれただろう。『偉大なる同志』が説く言葉こそが全てである。諸君、それではもう一度だけ問おうではないか、この村にガス田はあるな?」
すぐに、それに答えられる者はその村には居なかった。
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