砂漠の少年と水守の少女
ふじの
第1話
少年は村のはずれに近い、砂漠からの風が一番初めに届く家に、祖父母と暮らしていた。祖父は砂漠を渡る商人たちのための「案内人」だった。彼らの旅に同行して砂漠の道を案内する。少年の父親も案内人だった。何年か前に大商人の行列を案内するために村を出てそのまま戻ってこなかった。商人の娘と結婚して街の大きな家で暮らしているんだ、など噂を口にする人もいた。
父親がいなくなったのはさみしかったけれど、辛くはなかった。祖父母はいつだって少年のことを思ってくれていたし、少年はこの砂漠の中の小さな村を愛していた。
少年の朝は夜の終りをつげる「水守り」の歌で始まる。少年の家の前には水守りの一族が使う井戸があり、夜の最後の月の光とともに一族の少女が毎朝水をくみに来る。それがこの村の朝の始まりの合図だった。毎朝、少女の歌が聞こえたら少年は外に出て月光を浴びた水を少女がくみあげるの眺めていた。少女はとても美しいガラスの水入れに水を汲む。ひんやりとした砂漠の夜を閉じ込めたようなその色は、朝の光を浴びた後もきちんと夜を守っているようだった。
少年にとってその朝の儀式はこの世界で最も美しいものの一つだった。
そうして、ある日、少年が「案内人」としてこの村を出ることが決まった。今まで見たどの商隊よりも大きくて立派な隊に同行することになった。とても長い旅になるという。
旅立つ前日の晩、祖父と一緒に隊長である商人に挨拶に行った。そこには今まで見たこともない美しいものが山とあった。商人も元々は砂漠の男であったという。少年を見て、懐かしそうに彼は目を細めた。かつて、彼も商隊について砂漠を出て財をなしたという。ただ、たくさんの美しいものと引き換えに、砂漠の声を読む力を失ってしまったそうだ。商人は少年の力が羨ましいと言ったけれど、彼が代わりに手に入れた美しいものの大きさを見ると少年は自分がとてもちっぽけに感じた。
商人は一緒に旅する彼の家族も紹介してくれた。
彼女が入ってきた時、少年は息が止まりそうになった。黒々とした大きな瞳に長いまつげ、豊かな黒い髪、艶やかな赤い唇と真っ白な肌。商人の娘はとても美しかった。「初めまして」その声は聞いたこともない楽器の音色のようだった。
翌朝、いつも通り少年は水守りの少女の歌で目が覚めた。この歌を聞くのはもしかしたら最後かもしれない。少年はその日初めて自分がここに戻ってこない可能性に気づいた。今まで見えていた道が急に見えなくなったような奇妙な気持ちに包まれながらもいつも通り少女が水をくむのを眺めた。なんだか少女の器が砂で汚れているようにも思えた。
ふと、少女が動きを止めて少年を見る。そして、そっと器を差し出した。
「あなたにご加護がありますように」
歌の続きを歌うように少女が言った。彼女と口を聞いたのは初めてだった。戸惑いながらも少年は器を受け取り、その水を口にした。美しい砂漠の夜が少年の中に流れ込む。少年は、砂漠の歌が自分の中で響くのを感じた。
月とともに少年の中に美しいものが戻ってきた。
砂漠の少年と水守の少女 ふじの @saikei17253
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