3.4 ”地底の頭脳”の回答


 玉座のように絢爛な装飾はないが、大きさはそれと同じくらいの椅子がある。それには細身の男が腰掛けていて、側近と思しき者が傍らに二人立っていた。 ヴァネッサは早速剣を持つ手に力を入れる。前回のように全方位を敵に囲まれてはいないので、前方のみに集中して。


「やめよう、そんな野蛮なことはさぁ。ほら、ボクたちは闘う気なんてつゆほどもない」

「あんたがかの“知識人”とやらか。なら物申すが、無駄な悪計はやめた方がいい。無駄だ、あのような子供だましなど」


 会って間もない他人に駄目だしされるなど思ってもいなかったその盗賊長は、瞬間明らかに動揺していたが、目に手を当ててこう発した。


「まあ、殺すつもりはなかったからねぇ。君たちは、すでにダレクのだから」


 今度はヴァネッサ側が動揺する番だ。その言葉は意外性と信頼を孕んでいた。彼女が剣を肩の鞘にしまうと、ラクトも警戒を解く。ここに、密かに物語は進行する。



「まさかダレクの奴が負けるとはね」

「奴も同じ感想を漏らしていたぞ」

「まあ、彼が一番衝撃を受けたのかな」

「そうだ、僕はラクト。レガリアの魔術研究員だ。宜しく」


 おそらく彼の知識を試したいであろうラクトは、余計な会話を飛ばすために進んで自己紹介をする。魔術研究員という語を強調することも忘れていなかった。ヴァネッサもそれに続く。


「うん。ボクはイグトルの首領の一人で、みんなはバルークって呼んでる」


 最も必要な情報を提供し合ったところで、鼎談が始まる。


「私たちのことはダレクから聞いていたらしいが、では、私たちの目的は知ってるのか」

「いや。でも君たちのような二人組も珍しいしね、きっと、もしてるんだろう?」


 ヴァネッサは意図せずため息をつき、ラクトにいたっては急に焦り、何かを否定し始める。


「ち、違う! 僕たちは魔消事件の根源を辿る身であって、そんなことは断じてない、恥ずかしい人だね、君は!」

「まあまあ、分かったよ……。しかし、魔消事件ねぇ。盗賊には全く関わりないことだから、首を突っ込むことはないと思っていたけれど」

「何か知っているか? 犯人に心当たりがあるとか、どんな情報でも……」

「恐らくだけど、エラノーじゃないかなぁ、この規模の騒動を起こすといったら」


 ついに、調査が進展しているという事実を深く感じることが出来た。これは彼らにとって、大いなる進歩であるはずだ。ラクトは聞きたいことが多すぎて、逆に何も質問できないでいるようなので、ここは必然的にヴァネッサが担当することになる。


「エラノー……」


 相手から必要な情報をうまく聞きだす時には、感情など無用。彼女の信条である。腕を組み、その声色からはいかなる表情も感じさせないが、一方体は少しだけ前のめりになってしまっている。


「どんな奴だ? どうしてそいつが犯人だと見る」

「彼はね……、参加国を股にかけていた奴隷商ギルドの重鎮だったんだよ。もともと裕福な家庭に生まれた彼は、その資金と辣腕で多くの奴隷商を合併して、この大陸で最大のそれを作った……」

「それでレガリアの奴隷解放にいきどおって、送魔装置を壊したっていうのかい?」


 バルークの言い分は、断片的な面から考慮すると確かにもっともらしく聞こえるが、決定打がない。こちらがいくら手探りで捜しているのを知って、わざと浅い手がかりしか出さないつもりなのだろうか。


「そうそう。それと、私たちの追っている者は、物凄まじい黒魔術を使うんだった。青黒いのをな」

「凄まじい? 青黒い? それは変だね。エラノーのやつ、魔法は使えたとはいえ、そこまで得意じゃなかったはずだ」

「どうやら人違いのようだ」

 ヴァネッサは早々に相手の提案を蹴り、新たな段階に進もうとする。「他に思い当たる者は?」

「いや、待ってくれよ。少なくともエラノーしかいないはずだ。ボクの勘ではね」

「勘じゃ、困っちゃうよ。裏付けされた証拠みたいのがあれば……」


 バルークはお手上げといった様子で肩をすぼめた。


「盗賊の”勘”は図書館さ。信用できるか出来ないかじゃないよ。それに、ダレクがどうしてわざわざ人脈のあまり広くないこのボクを紹介したか、わからないかな? つまるところ、彼もエラノーのことが怪しいと思っているんだろうね」


 おそらく彼らには専用の交流や情報流通がある。下手をすれば国警よりも横の連結が強い。また、その伝達速度もあなどれない。現にヴァネッサたちがここへ来る前に、目の前の男はダレクからの言伝を預かっていたのだから。

 思えばバルークの言う通り、二人にはもう、そのエラノーとやらを捜すしか他に道がなかった。ヴァネッサとラクトは顔を見合わせ、無言で頷いた。


「では、エラノーについて、詳しく話を聞かせてくれるか?」



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