第27話 面会

 部下に指示を出しに行ったヴァーミニスが、応接室に戻ってきた。

「今行かせてきた。トルガードが行方を晦ませてから遅くても半日は経っていない。上手くいけば先手を打てる可能性はある」

 可能性があるとは思えない。それでも、シアルの無事を願わずにはいられなかった。

「さて、クライト。次の行動はその報告が届いてからになる。それまで、君とレスダムールの関係について教えてくれないか。レスダムールがどのような方法を使って、天の世界の人間に地法を行使できるようにしたかを」

「分かりました」

 二人して応接室の椅子に腰を下ろした。

 話し始めようとして、ふと、クライトはレスダムールの言葉を思い出した。

 レスダムールによる魔法鍛錬が、他とどう違っていたかは分からない。思い当たるとすれば、背中の焼き印──陣の存在だ。これを、話して良いのか。レスダムールは、陣の存在が公になれば一生追われることになると言っていた。

 素直に従うなら、陣の存在を伝えてはならないことになる。ヴァーミニスの様子を見るに陣の存在は知らないらしい。そうなると、本当に陣の存在は秘中の秘なのか。

 事実であれば、陣の存在は切り札になる。

「どうした、私たちはクライトの味方だ。安心して良いぞ」

 ヴァーミニスが穏やかに言った。怪しまれているのか、クライトは直ぐに口を開いた。

「いえ、魔法鍛錬は二年前から始まったので、思い出すのに時間が掛かって」

 ヴァーミニスは小さく笑った。

「そうか、急かして悪いな。時間はある、ゆっくり話してもらって構わないぞ」

「分かりました」

 レスダムールの魔法鍛錬を思い出せる限り話した。しかし、最後に焼き印を入れられたことだけは伏せた。

 しばらくして大方のことを伝えると、ヴァーミニスは腕を組んだ。

「普通の魔法鍛錬と変わらないな」

「そうなんですか」

「ああ、地法も天法も大きくは変わらない。多少私たちと方法は違うが、通常の魔法鍛錬の範疇だ。クライト、本当にそれしか習っていないのか?」

「はい。それだけです」

 少し事情が分かってきた。自分が地法を使える原因は、背中の焼き印──陣のお蔭と思って間違いない。

 やはり、陣の存在は切り札になる。

「すみません」

「いや、良い。クライトも騙された側だ。気付かない内に何かされたんだろう」腕組みを解き、ヴァーミニスは立ち上がった。「ご苦労だったな。報告が来るまでは、外にさえ出なければ好きにして良い。用があれば、この街の役人ではなく部下に声を掛けてくれ。ある程度の融通は利かせる」

「分かりました」

 ヴァーミニスが応接室を出た。

 一人きりになった途端、落ち着かなくなってきた。無性に不安が込み上げてくる。

 まだシアルは無事なのか。もうシアルはギブライドに攫われたのか。シアルの両親は殺され、シアルは強引に攫われていく。その光景が、頭から離れない。

 動かずにはいられなかった。廊下に出て当てもなく歩いていく。

 それからずっと代官所を歩き回っていると、昼過ぎにヴァーミニスに出会った。

「シアル君は連れ去られた後だった」

 予想通りの結果だった。それでもため息が漏れる。イビが笑っていた。

「だが、まだ無事だ」

「本当ですか!」

 咄嗟に詰め寄った。ヴァーミニスは安心させるように笑みを浮かべる。

「本当だ。異界転換が起これば、近辺にいる異界の人間は全て神隠しに遭って大騒ぎになる。だが、今のところそれはない。おそらく想定より早くことが進み、異界転換の準備が整っていないのだろう」

 緩みそうになった心を、きつく引き締めた。

「どうするつもりなんですか」

「当然、トルガードを倒してシアル君を救出する。トルガードの大方の居場所は分かっているから心配はない」

「どこですか」

「世界の境目の近くだ。これは異界転換に必須の条件だから間違いない。そしてこの地域にある境目は、ガシェーバの街を通る河だけだ。シアル君が連れ去られたのが昼前、君の村の場所を考えると、捜すだけの時間的猶予はある」

 それだけ分かれば十分に探せる。とてもじっとはしていられない。

「俺も探しに行きます。外に行っても構いませんね」

「いや、クライト一人が加わっても捜索に影響は出ない。それよりこの奪還作戦を成功させる為には、天側の代官──モレット・スローマンの協力が不可欠だ。クライトにはこれから、その交渉の場に立ち会ってほしい」

 とにかく躰を動かしたい。不安を紛らわせたい。しかし、時間の無駄なのは分かっている。衝動を抑え込んだ。

「分かりました。何かすることはありますか」

「特にない。だが気を付けてくれ。あの男はクライトを狙っていた。それは、グルピアリスとトルガードの一部の者しか知らない、異界転換の方法を知っていたということだ。私たちがいる以上危険はないが、代官として国を守る為にクライトを殺そうとするかもしれない。一応、油断だけはしないように」

「分かりました」

 頷き、ヴァーミニスは身を翻した。

「では行こうか。もう代官が来る時間だ」

 部屋を出て、横並びになって応接室に歩いていく。

「ああそれと、村はシアル君がいなくなったことで騒ぎになっていたが、君やシアル君の両親、村の人は全員無事だった」

 気休めにはなったが、気休めでしかなかった。イビが笑いながら耳元に近づいてくる。

(あぁ、良いよこの感じ。やっぱりクライトはこうでなくっちゃね。イビちゃん嬉しくて、シアルが死んだって歌を歌い出しそう)

 怒り。イビを掴もうとした。当然のように、イビは手をすり抜けていく。

(無駄だって。ほら行くよ。シアルが死んだぁ、シアルが死んだぁ。クライトのせーいでシアルが死んだぁ)

(黙れ)

(やだよー)

 イビが笑いながら歌う。クライトは舌打ちして、ヴァーミニスの後に続いた。


 品のある外套を着たモレットが、応接室に入ってきた。後から三人の女が続く。地側の代官──フィデンス・スタルエンが気の抜けた声を上げた。

「中々良い趣味ですな」

「優秀な護衛です」

 言って、モレットはクライトの背後にいるヴァーミニスの部下を一瞥した。フィデンスは顎を撫でながら、女たちを舐めるように見回す。

「羨ましいですなあ。こちらには男しかいないのでむさ苦しくて仕方ないですよ」

 イビも同じように女たちを見る。

(そちもすけべよなぁ。その証拠が頭部に現れ始めているぞ)

 モレットが、ヴァーミニスの正面に腰を下ろした。

「早く用を済ませましょう、スタルエン殿」

「……そうですな、とっとと本題に入りましょう。ヴァーミニス殿、あとの話しはよろしくお願いします」

「任せてください」一礼して、ヴァーミニスはモレットを見据えた。「行き違いがあったとは言え、アストリートの店にギブライドが籠った際は言い争いになってしまい、申し訳ありませんでした」

「それはもう済んだこと。遺恨があればここには来ていません」

(うーん、この茶番。早く隠し持った一物を晒せよー)

 イビが退屈そうに宙をふらついている。ヴァーミニスの表情が柔らかくなった。

「ありがとうございます。では、スローマン殿はどこまで事情を把握しておられますか」

「この街で騒ぎを起こしていたアストリートとギブライドは、共にこの街からいなくなった。そう認識しています」

「では、ギブライドがトルガードの人間として暗躍していたのはご存じありませんか」

 モレットの右の眉が、ちょっと持ち上がった。

「それはそれは。わざわざこの場が設けられたということは、我が国に不利益が生じようとしているのですか」

「その通りですが、不利益を被ろうとしているのは我が国も同じ。ですので、共に事態の解決を計りませんか」

「不利益とは具体的にどういうものですか。それが分からなければ、私としては答えようがありません」

 ヴァーミニスは、異界転換の理解に必要な情報を手短に話した。その間、モレットの表情にほとんど変化はなかった。

「事情は理解しました。このような国家機密を話して頂いたことに感謝します」

「貴国とは同盟を結んでいます。当然の行動です」

「しかし、問題が二つ。一つはクライト殿です。彼の存在は我が国の不利益となります。彼の処遇はどうなるのですか」

「天の世界の人間でありながら地の世界の魔法である地法を使う。本来なら有り得ないことです。おそらく、レスダムールの影響を受けているのでしょう。それについては後々解明が必要です。しかし現状、彼の危険度は限りなく低い。後日話し合っても問題はないと考えています」

(絶対売られるね。異界転換の話をした以上、相手のご機嫌取りをするのに使われるのが落ちだって)

 モレットは背もたれに躰を預けた。

「確かに。では、もう一つ。レスダムールを捕縛した場合はどうするのですか。貴国は異界転換の詳細を知らないと言いましたが、貴国にレスダムールの身柄が渡ればその詳細を知ることになります。我々の同盟は、住む世界が違うことから大規模な侵略は起き辛い、という点で結ばれたところもあります。もしレスダムールの身柄が貴国の手に渡れば、その前提が崩れることにもなりますが」

「レスダムールの身柄については、グルピアリスの国民ですから我が国で引き受けさせて貰いたい。知識については、両国で共有して共同研究を進めたいと思っています」

「……なるほど、良い案だと思います。しかし、何かしらの形で確約を頂けなければ現地で争いが起きる恐れもあります」

「私の言葉は、国王の言葉であるとお考え下さい」

 ややあって、モレットは頷いた。

「その点については了解しました。共同研究はどのように進めていくおつもりですか」

「貴国との同盟が結ばれてから数年、魔法使い育成を目的にこちらから魔法使いを派遣していました。不運にも担当者の事故死を境に中断していましたが、これを下敷きにしようと思っています。おそらく、両国が共同で運営する組織を起ち上げることになるでしょう。改めて、一から始めようではありませんか」

 モレットが、少し前のめりになった。

「改めて、一からですか」

「全てを改めて、一からです。異界転換だけではなく、魔法を総合的に研究する世界に誇る組織になるでしょう」

「個人的な見解になりますが、素晴らしい考えだと思います。何故世界は二つに分かれているのか。本格的に交流するようになって日が浅いこともあり、謎は尽きません。研究が進めばそのような謎も解明されるでしょう。そうは思いませんか、スタルエン殿」

「えっ? あ、はい、そうですね」

 女を見ていたフィデンスが、慌てたようにモレットを見た。

「話は聞いておられませんでしたか」

「そんなことはありませんよ、ええ」

(清々しいすけべだな、好きだぞ。顔は嫌いだけどな)

「魔法研究、大変素晴らしいと思いますよ、ええ。ただ、私はこの街の代官ですから、この街が平穏であればそれだけで満足ですよ。それというのもですね」

 誤魔化すように、フィデンスが生い立ちを語り始める。モレットは、前のめりなった上体を起こした。

 不意に、女たちが両手を突き出した。

 クライトの背後から血飛沫が上がる。

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