第20話 再出発

 クライトは、ギブライドと共に倉庫の入り口に行った。

 いつの間にか日光が射しこんでいる。

 眩しさに眼が痛かった。しかし、痛みは心に届いてこない。これで良い。余計なことを感じている暇はない。

 シアルを救う。それだけが全てだ。

「裏切り者の馬鹿は始末した」

 ギブライドが声を出すと、傭兵たちの注目が集まった。

「そして、クライトが改めて仲間になった。以前とは違い、前線で魔法を振るって暴れてくれるそうだ。お前ら、戦功を掻っ攫われないように気を付けろよ」

 反応は悪かった。ナーノがおもむろに口を開く。

「クライトのあれこれはここまで聞こえていた。大体の事情は分かってる。でも、私たちがクライトを信用するかどうかは別物だろ?」

 ギブライドが威圧するように笑った。

「何言ってやがる。この中の誰か一人でも、隣の人間を信用してる奴がいるのか」

 途端、傭兵たちから微笑が起こった。

「な、いねえだろ。お前たちは金を稼ぐ為に戦う。俺は働きに見合った金を払う。必要な信頼関係はこれだけだ。分かったら自分の獲物でも研いでおけ」

 傭兵たちの視線が一斉に逸れていく。ギブライドがクライトの傍から離れると、前に助けた傭兵が近寄ってきた。

「顔色が悪いぜ、大丈夫か」

「大丈夫です」

 クライトは答えながら歩き出す。傭兵は何も言わず追ってこなかった。数人の傭兵が不躾な視線を向けてくる。イビが唾を吐く真似をした。

(後であいつら殺そうぜ)

 無視してギュラスに歩み寄った。ギュラスは誰からも距離を置いて座り、さり気なく辺りを窺っている。

「俺が捕まっている間に何かありましたか」

 ギュラスの視線だけが動いた。

「他の奴に聞け」

(ひえぇ、何この態度。こういう奴に限って、裏では滅茶苦茶好きもんなんだぜ恐ろしい。一人になった瞬間とんでもないもの出すぜ、こいつぁ)

 今やレスダムールに繋がる手掛かりは、女の魔法使いたちと共にいた謎の男だけだ。

 そして、ギュラスは女の魔法使いたちを追っている。ギュラスは何かしらの情報を握っている筈だ。

「まあ、そう言わないでください。感謝してるんですよ。見張りがギュラスさん以外だったら、俺は間違いなく乱暴されてたと思いますから。それに数少ない魔法使い仲間です。少しぐらいは仲良くしましょうよ」

 鼻で笑い、ギュラスはクライトに向き直った。

「良いだろう。俺も、お前に興味が無いわけでもない」

「良かったです」

 クライトも座った。イビは警戒するようにギュラスの足を小突いている。

「それで、俺が捕まっている間に何か動きはありましたか。グルピアリスとの戦闘とかは騒ぎになってそうですけど」

「昨日の襲撃に関してはそうでもない。ただ、その後直ぐに天側の代官が地側との交通規制を命じた。そっちの方で街は大騒ぎだな」

「そのせいで、グルピアリスは追ってこなかったんですか」

「いや、それは少し違う」

「どういうことですか」

「こっちに来るだけなら方法はいくらでもある。交通制限が掛かるまでに時間もあった。追ってこなかったのは、予め地側の役人に止められていたと考えるべきだな。街の地側はグルピアリスの領地ではあるが、それ以前にガシェーバとして独立している。直属の工作員だからこそ、好き勝手には動けない」

「だからわざわざ地側の宿で待ち伏せして、俺たちを一網打尽にしようとしたんですか」

「どうだかな。奴らの目的は不明だ。追撃しなかった理由は別にあるのかもしれない」

(駄目じゃねえか!)

 イビがギュラスを蹴った。呆れたように首を振って戻ってくる。

「例えば、この倉庫の場所を突き止める為とかですか」

「可能性としてはそうだろうな。ただ、そこまでしなくてもこの場所は分かる。地側の代官に止められたと考えるのが妥当だろう。現に天側と地側の代官が話し合いの場を設けようとしている。状況から見て、これはギブライドとアストリートの争いが発端と見て、まず間違いない。それ自体を問題視したのか、グルピアリスの工作員が関わってきたことを問題視したのかは分からないがな」

 この話自体に興味はない。ギュラスの警戒心を少しでも解く、それだけの目的で話していた。そろそろ本題に入ろう。

「そういえば、ギュラスさんはグルピアリスの元軍人なんですよね」

 微かに、ギュラスの眼が細くなった。

「それがどうした」

「レスダムールという人について、何か知っていますか」

 ギュラスが見つめてくる。クライトは表情を変えず、眼も逸らさなかった。

「勿論知っている。五年ほど前にトルガードに亡命した、魔法研究の第一人者だ」

 やはり、レスダムールは大物だった。

 亡命したのが五年前、シアルの躰が弱ってきたのが三年前。レスダムールが亡命した理由にシアルが関係しているのか。魔法研究の一環としてシアルに呪いの魔法を掛けたのか。

「魔法研究というと、どんなことをしていたんですか」

「それは知らない」

 一足飛びに踏み込もうとする自分を、腹に力を入れて律した。

「そうなんですか。ギュラスさんは魔法の扱いに慣れているから、てっきり知っているかと思いました」

「俺は前線だ。後ろで行われている研究の中身は知らない。ただ」

「ただ、なんですか」

 ギュラスは息を吐いた。

「俺は、お前の目的に興味はない。お前が常人より早く魔法を発動できることにも、魔法使いとしての興味が少しあるだけだ」

 ギュラスは、焼き印の存在に気付いている。不意に、レスダムールの言葉を思い出した。

 焼き印の存在が公になれば、一生追われ続けることになる。

 あれは本当のことなのか。疑わしいのはそれだけではない。

 曰く、生物が死ぬと魂が抜け出て新たな肉体に宿らんと異界に飛んでいく。曰く、天の世界と地の世界を行き交っている魂に働きかけて超常の力を借りるのが魔法だ。曰く、魂を封じ込めた焼き印のお蔭で魔法を簡易に行使できる。

 今となっては、どこまで真実なのかは分からない。唯一正しいのは、自分は誰よりも魔法の行使に長けているということだけだ。

「勘違いするなよ」ギュラスは冷やかに言った。「お前が俺の邪魔をしなければ、他はどうでも良い。いや、俺に協力すると言うならお前に協力してやっても良い。とにかく、俺の邪魔だけはするな」

 ギュラスの瞳は、奥底まで昏かった。イビが嬉しそうに声を漏らす。

「俺も、似たようなことを思ってますよ」

 レスダムールが何を企んでいるかは分からない。しかし考えるべきは、シアルを助けることだけだ。それ以外はどうでも良い。

「それで良い。魔法研究の詳細は知らないが、噂では陣について研究していたらしい」

「陣、ですか」

 思い当たるのは背中の焼き印だ。陣という言葉は初めて聞いたが、焼き印を指している可能性は高いだろう。

「お前は天側の人間だな」

「そうです」

「魔法とは天の世界と地の世界を行き交う魂の力を借りるものだ。俺は地法しか知らないが、天法もそうだろう?」

「その通りみたいです。違いは良く分かりませんけど」

「俺もだ。根本からして違うだの、根本的には同じだの、色々説はあるがそこはどうでも良い。魔法というのは魂に働きかけ、力を貸してもらうものだ。その働き方の手段は大きく分けて二つ、言葉か動作だ。共に使用者が行動を起こさなくてはならない。これが大原則だ。だが、それには弊害がある」

(つまんないーよー。寝る。魂だから寝られないけど)

 高笑いして、イビはクライトの肩で横になった。

「特に問題なのが戦いの時ですね」

「そうだ。どちらの手段で働きかけるにしろ、どういう魔法を使おうとしているのか相手に伝わる恐れがある。仮に魔法の内容は分からなくとも、発動する瞬間が相手に伝わってしまう可能性は大だ。だからこそ、動作で働きかける場合は魂に働きかける片手を後ろに隠したりと、色々な小細工が必要になる。そして最大の問題点は、発動までに時間が掛かることだ。これを一度に解決するのが、その陣だと言われている。あくまで噂だがな。それ以上は知らない」

 やはり自分が焼き印──陣を使っていることを、ギュラスは勘付いている。

 これが、不利になるかは分からない。ギュラスを始末するにしても、場所を選ばなくてはならない。これからはギュラスの動向も注意するべきだろう。

(その調子だよ、クライト)

 イビが忍び笑いを漏らした。

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