移ろう季節

 3日後。

 メリィ・ウィドウの街。


 赤橙に色づいた桜の木の下に、数人の女性たちが集まっていた。

 新築のログハウスの前の庭には、4つの大鍋が火にかけられ、くつくつと湯を沸かしている。

 また別の場所には大きな水桶が3つ、なみなみと入った水の中に、艶々と光る丸い栗がいくつも沈んでいるのが見える。

 女性たちはその前に胡坐をかいて座り、せっせと栗の鬼皮を剥いては笊に移していく。

 時折吹く冷えた風に、種族もばらばらな女性たちの色とりどりの髪が靡く。

 薄紫。若草。玉蜀黍。臙脂。

 そして、ふわふわと風に揺れる栗色。


 やがて一際強く吹いた風に皆が首をすくめた時、ログハウスの戸が内側から開けられた。

「ほれ、小娘ども。茶が入ったよ」

 もこもことした茶色の尻尾を揺らし、獣人の老婆―シャオレイが、盆を抱えて現れた。

 女性たちの顔がぱっと明るくなる。


「ありがとぉー。シャオレイさん」

「一服しましょ」

「うあー。指が痛い」

「きゅーけー」

 真っ赤になった指先を揉みながら、めいめい盆に乗った湯呑を受け取っていく。


「ありがとうございます、おばあちゃん」

「あん? 何だい、ヒカリ。怪我したのかい」

 最後の湯呑を受け取ったヒカリの指先に巻かれた細い晒を見てシャオレイが目を見開く。

「ああ、いえ、怪我予防です。転ばぬ先の杖という奴ですよ!」

「はあん。けったいなことするね」

「えへへ」


 熱く湯気の立つ湯呑を両手で抱えて座る女性たちの輪に、シャオレイも加わって腰を下ろした。

「何だ、まだ半分近く残ってるじゃないか。おいおい。沸かした湯がなくなっちまうよ」

「それならシャオレイさんも手伝ってよー」

「結構大変なんだからね」

「ふん。あたしゃ焼いて割る以外の栗の食べ方なんざ知らないよ」

「もー」

「まあまあ、シズクさん。始めた時よりペース上がってますから、半分なんてすぐですよ!」

「え? ええ、そ、そうね」

「うふふ」

「??」


 勢い込んで言うヒカリを見て、戸惑ったような顔をする人族の女性と、それを見て微笑む魔族の女性に、ヒカリが首を傾げる。

「あの、私何か変なこと言いましたか?」

「いいえ。ただ何となく、ヒカリちゃん、最近ちょっと逞しくなったなぁ、って」

「そ、そうですか?」

 戸惑うヒカリに、周りの女性たちからも肯定的な声が上がる。


「前はしょっちゅう泣きべそかいてたのにね」

「それはそれで可愛かったけど」

「そんなにしょっちゅうじゃないですよぅ」

「でもほら、最近ハバキさんのトコでも、メイファンさんのトコでも、お皿割らなくなったじゃない?」

「あ、そうなんですよ。実はわたくし、今月まだ一度も食器を割っていないのです!」

「あら、すごいじゃない」

「ふん。割らないのが当たり前だろうが」

「シャオレイさんってば」

「ヨルちゃんとは上手くやれてるの?」

「最近は喧嘩もしてないみたいだけど」


 その質問に、ヒカリの眉毛が八の字に下がる。

「うぅーん。どうなんでしょう。確かに喧嘩はしなくなりましたけど……」

「何かあるの?」

 周りの女性たちが興味津々に身を乗り出す。

「今だから思うんですけど、私やっぱり、ヨル君に甘えてたんだと思うんです。喧嘩って言ったって、私がわがまま言ってたばっかりのような気もするし」

「あらあら」

「でも、最近はそれがなくなったなら、やっぱりヒカリちゃんが成長したってことなんじゃない?」

「そう、でしょうか。でも、でもですよ。私、今までヨル君に頼りにされたことって、ないような気がするんです。同じ便利屋の仕事をしてても、それって結局ヨル君の仕事を私が分けてもらってるって感じで……。このままじゃ、私、いつまでたっても一人前になんかなれないんじゃないか、って……」


「うーん」

「悩める乙女ねえ」

「若いわねぇ」

「いーわねー」

「ええ!?」

 自分の中では割とまじめな苦悩を微笑ましげな眼で返され、ヒカリが言葉を失う。

 シャオレイがつまらなそうな顔でふんと鼻を鳴らした。


 その時、剥かれた栗が入った笊の前に座る女性が、何かに気付いた。

「あら? この栗……」

「あ、それ私が―」

「渋皮傷ついちゃってるわね」

「え!?」

「あちゃー」

「これはアウトね」

「ふええ。す、すみませんすみません」

「あーあー。いいのいいの。一個か二個くらい、みんなやってるわよ」

「あうう。言ったそばから……」

「全く、しょうがないねぇ。どれ、ヒカリ。剥き方教えな。私も手伝ってやるよ」

「……おばあちゃぁん」

「あー。そうやってヒカリちゃんには甘いんだもんなー」

「うっさいね。いつまでも人んちの庭使われちゃあ迷惑なんだよ」

「はいはい」

「よっし、じゃあ残りもちゃちゃっと片付けますか」

「おー」


 ……。

 …………。


 聖都某所。

 とある茶屋の奥まった一室に、三人の新米聖騎士が顔を突き合わせていた。


「ねえ、聞いた、ヒカリのこと?」

「今度は帝国騎士から感謝状だって?」

「しかもまた無報酬で」

「さっすがヒカリね」

「私、先輩に何度も聞いて確かめちゃった」

「私、正直ちょっとうるっと来ちゃったわ」

「私も」

「だって、あのヒカリだよ?」

「やる時はやる子だったわよ。初めて会った時からずっと」

「でも、……あのヒカリだよ?」

「う、うーん」


「ねえ、ホントにヒカリの功績なのかな」

「え?」

「虚偽の報告をしてるってこと?」

「ヒカリがそんなことするはずないじゃない!」

「分かってるわよ。違うわ。そうじゃなくて、誰かに上手いこと利用されてるんじゃないか、ってこと」

「上手いこと?」

「だから、ほら。あの子の性格じゃ、報酬の請求なんかできないでしょ? それをいいことに無報酬で聖騎士が魔獣を退治したって前例を作って、教会全体の今後の報酬額を操作しようとしてるんじゃないか、って」

「え。そんな……」

「でも、それじゃヒカリが」

「だから、ちょっとやばいんじゃないかしら」

「ええ!?」


「あのね。実は、今度ヒカリの赴任先に私、行くことになってて……」

「え、何であんたが?」

「うん。あのね。私のお姉さ……先輩が―」

「ちょっと待ってあんた今何て言いかけた?」

「あんた一人っ子よね? やめてよ、洒落にならないわよ」

「いいから! 話聞いてよ! 私の先輩が、今度ヒカリに対して褒賞と注意を併せた指導に行くことになってて、私もお願いしてそれに着いて行けることになったの」

「へえ。……え、それってひょっとして……」

「ハズキ・サイオンジ様、よね、確か?」

「うん。サイオンジ家は、その、コノエ家とはあんまり仲良くないでしょ? あくまで貴族院での政治上の話だから、本来は聖騎士の職務とは無関係のはずだけど」

「そうは言っても、……そうね。ちょっときな臭いわね」


「ねえ、私、どうしたらいいかな?」

「ハズキ様は、その……どうお考えなのかしら。というか、ご活躍は私も聞いたことあるけど、実際にはどういう方なの?」

「素敵な方よ? お美しくて、仕草も優美で、後輩にも優しいし、司祭様にも信頼されてるし。その上気取った所もなくて市井の人たちにも人気だし。それに、なんと言っても次期勇者候補筆頭の妹君! 第2支部の女子全員の憧れで―」

「あああ。分かった。あんたがすっかりそっちの趣味に目覚めたのはよく分かった」

「とにかく、あんたも一緒に行くなら、あんたが取り成すしかないでしょ?」

「と、取り成すって?」

「そうねぇ」

「だから……」


「……」

「………」

「…………」

「分かった。私やってみる」

「頼むわよ。あの子が処罰なんかされたら、私堪んないわ」

「そうよね」


「でも、それはそれとして。いいなあ、私も会いたいわ」

「お土産持ってかないとね」

「でもねえ、あの子が熱心に読んでた、大陸グルメガイド、聖都の情報だけはないのよねぇ」

「美味しいスイーツいっぱいあるのにね」

「まあまあ、あの子なら甘いもの持ってけばとりあえず大丈夫でしょ」

「メリィ……何だっけ? そんなド田舎じゃ、美味しいものなんかないだろうしね」

「こないだのお肉、ヒカリにも食べさせてあげたかったなぁ」

「ショウリュウだっけ? 格付け第3位の高級ブランド牛」

「美味しかったよー。あれで3位なんて、1位の牛はどんだけ美味しいんだろうね」

「ハクホウなんてウチの大司教でも食べられないわよ」

「そうだよねぇ」

「でも、分かんないわよ? 意外と田舎の方が美味しいものあったりして」

「えー。あれでしょ? 素材の味を活かしました的なやつでしょ?」

「あはは」

「あ、そうだ、東門近くの菓子店、先週新作出してたよね?」

「とっくにチェック済み」

「えー、いいなあ、私遠出してたからまだ行けてない」

「初めに言っておく。……今回は大当たりよ」

「きゃー」

「この後行っちゃう?」


 ……。

 …………。

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