決着

「ぬん!」

 ぎゃりぃ!

 振り下ろされた巨大な鉤爪とジンゴの袈裟斬りが火花を上げる。


「でやぁ!」

 空中で一瞬静止した魔獣に、アヤの飛び蹴りが突き刺さる。

 赤い閃光が炸裂し、巨体が空中へ押し戻される。

 しかし、その体はいつの間にか石塊に変じ、軽くひび割れた程度でダメージには至らない。


 ぎぎゃあ!!


 押しつぶすように落下。

 ジンゴとアヤが左右に跳んで避ける。

 その先には。


「『這蕨はいわらび』!」

「ひぃぃ!」

「お前がびびんな!」

「だ、だってぇぇぇ」

 群れよる小型の蝙蝠を纏めて絡め取ったヨルの拘束魔法の、その動きの気持ち悪さに引いたヒカリが、涙目に引け腰のまま聖光を振るい、雑魚をまとめて切り払った。


「そっち行ったわよ!」 

 アヤの掛け声。

「え? きゃあぁ!」

「『硯樹』…………あ、駄目だこれ」

「ええ!?」


 立ち塞がる樹木の拘束をものともせずに引きちぎる巨体に、いち早く諦めたヨルがとぷん、と自分の影に潜る。

 置いてけぼりを喰らったヒカリが慌てて木剣から陽光を撒き散らし―

「ば、ばかあああああ!!!」

 渾身の力で振り下ろす。


 ぎぎぃっ


 それを見た母体はこちらも全力で羽を撃ち、急停止と共に爆風を生み出す。

 陽光が巨体を切りつけ、石化した体表がぼろぼろと剥がれ落ちる。


「ひゃああああ」

 もろに風を喰らったヒカリがごろごろと後ろに転がる。

「おおっと」

 それを、いつの間にか後ろに回っていたアヤが抱きかかえた。


「だいじょぶ、ヒカリちゃん?」

「らいじょうぶれすぅぅ」

 目を回したヒカリを支えて立たせるアヤの影の中から、するりとヨルが立ち上がる。

 それを見たヒカリが目を剥いて怒った。


「な、何で自分だけ先に逃げるんですか!」

「いや、俺の魔法でお前運べるわけないだろ」

「ずるいです! あほー!」

「お前に言われたくねえんだよ! ばかすか聖気撒き散らしやがって!」

「なんですと!?」

「こらこら喧嘩しないの」

 アヤが苦笑する。


「あの動き回る巨体に当てられる魔法だと、拘束するには威力が足りないですね」

 冷静に分析するヨルの傍らにジンゴが立つ。

「ふん、貴様がちゃんと足止めしておけという話だ、新聞屋」

「はああ!? 前衛はあんたもでしょ! なに人のせいにしてんのよ!」

「俺の剣ではあの硬化魔法は抜けん。大体、体を張るのは赤魔法の使い手と相場が決まっているだろうが。さっさと行ってこい」

「か弱い乙女に何言ってんだ!」

「ふははははは、面白い冗談だ」

「ぶっ殺す!!」

「け、喧嘩しないでくださいぃぃ」

 

 ぎぃぃやあああああああああああ!!!!!


 再び、巨体が急降下してくる。

 魔法で体の前面を硬化させ、周囲の木々をなぎ倒しながら滑空する。

 ヨルが影に潜り、アヤがヒカリを抱え、ジンゴは単身で飛び避けた。

 木の影に隠れたジンゴの傍らにヨルが顕れる。


「ふむ。どうやら頃合のようだ」

 一度納刀したジンゴが呟くように言った。

「いけそうか?」

「ああ。見ろ、もう雑魚はあらかた始末したにも関わらず、新たに生み出す様子もなければ呼び寄せる様子もない」

 巨大な魔獣は爆風をまき散らしながら、上空へと羽ばたいていく。

「おそらく、森の眷属はもう打ち止めなのだろう。かといって新たに生み出そうとすると、あの巨体を維持できないのだ」

 ヒカリを抱えたまま、アヤが男二人の後ろに飛び降りた。


「何こそこそ話してんの」 

「おい小娘。お前、さっきあの母体を切ったとき、手応えはあったか?」

「え、ええと、何かこう、石垣の苔をタワシで擦ったみたいな……」

「「んん??」」

「つまり、表面の硬化魔法は削ぎ落せたけど、本体にダメージは入らなかったってことか」

「そ、そんな感じです」

 ヒカリの表現に首を傾げたジンゴとアヤに、ヨルが注釈する。


「ふむ。ならば順番を変えるしかないな。ヨル、お前、あいつを拘束する魔法を何秒で用意できる?」

「10……いや、5秒くれ」

「いいだろう。新聞屋。お前は何とかしてあの硬化魔法を破れ」

「……仕方ないわね」

「聖騎士。お前はトドメだ。タイミングを間違えるなよ」

「は、はい!」


 よし、とジンゴは短く頷き、急降下の体勢に入った母体の元へと駆け出した。

 全員の顔が引き締まる。

 戦況はクライマックス。


 ぎぎゃあ!!

 その巨体で押しつぶすように、鉤爪がジンゴの脳天を狙う。


「ふんっ」

 全身の筋力全部を使い、バックステップで躱す。

 躱しきれなかった爪が胸板を掠め、鮮血が舞う。

 ジンゴはすかさず刀を上空に放り投げ、同時に両手で鞘を握り締め大上段から振り下ろす。


 がん。

 硬質な音が鈍く響き、石化した魔獣の頭部に鞘が弾かれ、ジンゴの胴がガラ空きに。

 魔獣の鉤爪がそれに掴みかかり。

 そして―


 ぎゃぎっ。


 時間差で落下した刀が回転しながら魔獣の翼を破いた。


 一瞬怯んだ巨体に、ジンゴは弾かれた勢いを殺さずそのまま鞘を逆に振り回し、大きく開かれた顎をかちあげた。

 潜もった悲鳴が上がり、白銀の牙がぽろりと溢れた。


 ―5秒。


 ジンゴの足元から、光を飲み込む無明の闇が蠢く。

 両手を地に着いたヨルが魔力を込める。


「『剣菱積標けんびしつみしるべ』!!」


 刀が生える。

 光を反射しない、暗黒の刀。

 一本。

 二本。

 四本。

 八本。

 十六本。

 三十二本。

 倍々に増殖する影刀が地面に生い茂り、左右に分かれて魔獣の両翼を貫き、縫い留めた。


 ぎ。

 ぎぎゃああああああああ!!!!!


 絶叫と共に魔獣が暴れるが、今や百本を軽く超える大小様々の複雑に折り重なった刀はびくともしない。

 そして闇の刀に飲まれた魔獣の眼前に、赤い鳥が羽ばたいた。


「舞え! 『芳心孔雀ほうしんくじゃく』!!!」


 猛る怒声に呼応し、アヤの桜色の髪が、眼が、赤く輝き、発火した。

 ごう。

 熱風を巻いて繰り出される炎塊と化した右拳が、石化して身を守ろうとする魔獣に打ち込まれる。


 づどん。


 重い衝撃が地を走る。

「ああああああ!!!」

 逆の手が握り締められ、打ち込まれる。

 左。

 右。

 左。

 

 ぼ。

 ぼぼ。

 ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ。


「ああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

 最早アヤ自身でさえ自分が何処を殴っているのか分からなくなるほどの炎拳のラッシュ。

 ヨルの拘束魔法と、魔獣の硬化魔法がみしみしと軋む。

 魔獣の悲鳴もその咆哮に埋もれ。


「うおらあぁ!!!」


 一際大きく振りかぶられた一撃。


 ばきぃ!!

 真っ直ぐ振り抜かれた右拳に二つの魔法が砕け、アヤの背後に、大輪の炎の花が咲いた。

 アヤの体が前に倒れる。


 その、炎の輪を―


「行きます!!」

 陽光を振りまく木剣を携え、ヒカリが走り抜けた。


「やあああああああああああ!!!!」

 剥き出しに晒された魔獣の皮膚へ、光の剣が突き立てられる。


 ぎょあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!

 

 それまでの絶叫とは明らかに異なる断末魔の悲鳴。

 穴だらけの翼が暴れまわるが、巨体を飛ばせるだけの浮力を生み出せない。

 その体が地べたを這いずり回る。


「きゃああ!!」

 木剣を突き立てたままのヒカリが振り回される。


「うわわわわわわ」

 ぎいいいああああああああ

 陽光をまき散らしながら巨体がのたうち回り、ヒカリの体が木の葉のように舞う。

 それでも、その小さな手は離れない。


「は、なす、もんかあぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 その輝きがさらに増し。


 きゅごっ。


 真昼の太陽のような閃光と共に、魔獣の体が爆発した。

 ヒカリの体が吹き飛ばされる。


「ヒカリちゃん!」

 膝をついたアヤが叫ぶが、足が震えて咄嗟に動き出せない。

 ヒカリに受身を取る余裕は見受けられない。

 このままでは地面に激突するかと思われた、その時。

 漆黒の影が、腐葉土を巻き上げて駆け抜けた。


 白煙を引いて放物線に飛ぶヒカリの体を、ヨルが空中で受け止める。

 しっかりと抱きしめ、着地。

 そして―


「ぐふ」

 陽光の残滓をまともに浴び、ヨルの意識が刈り取られた。


 ……。

 …………。

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