第96話 苺さんの香りに包まれにきたのよ

「あれ? ミュウちゃん寝ちゃった?」

「みたいですね、ここまで飛んでくるのに疲れてたのかもしれませんね」


「ふふ、そんなに苺ちゃんに会いたかったのかな?」

「だと嬉しいんですけどね」


 私は雫さんから眠ってしまったミュウちゃんを預かり、しっかりと抱きかかえる。


「寝顔かわいいわね」

「そうですね、こどもの寝顔は天使みたいってよく聞きますもんね」


「いつか私たちにもこどもができて、こんな気持ちにさせてもらえるのかな……」

「こどもが欲しいんですか?」


「え? い、いや別に私たちふたりのって意味じゃないよ? ほら、いつか私たちにもそんな日がくるのかなって思っただけで……」

「そ、そうですか」


 そりゃ私たちの間にはこどもはできませんよ雫さん。

 やっぱりなんか様子が変だな。


 あ、でもこの世界なら私たちふたりのこどもだってできちゃうんだっけ。

 こどもを生むなんて、考えるだけでも重圧に潰されそうな話だ。

 私にはちゃんとできる自信なんて全然ない。


 それにしても雫さんが誰かと結婚するなんて考えたくもないな。

 裏から手を回してでも絶対に阻止したくなる。

 ……なかなかわがままだな私。


 ちゃんと雫さんの幸せを一番に考えられる大人な思考をしないとね。

 とりあえずミュウちゃんは私の部屋のベッドに寝かせておこうかな。

 そう思って自室に戻ると、なぜか私のベッドで結乃さんが丸まっていた。


「……いったい何をしてるんだろうこの人は」

「おかまいなく」


 起きてたのか。

 なんかこういう状況、アニメで見たことがあるな。

 だいたいこういう時は何かをとっさに隠していたり、ベッドの持ち主のにおいをかいでいたりすることが多い。


 さて、結乃さんはいったい何をしていたのだろうか。


「あの、ミュウちゃんをそこに寝かせたいので、少し場所をあけてもらってもいいでしょうか」

「むう、仕方ありませんね。というかミュウちゃん来たんですね」


「さっき私の上に降りてきました」

「真っ先に苺さんのところに来るなんて、懐かれてますね」


「えへへ、それはうれしい限りですよ」


 結乃さんはさっと布団からでて、ミュウちゃんのためにベッドを譲ってくれる。

 何か隠している様子はないように見えた。

 ということは、まさか私のにおいを……?


 いやいや、他の可能性もあるし決めつけないでおこう。

 だいだい私のにおいなんて嗅ぐ意味がわからないし。

 私がベッドにミュウちゃんをおろしている間に、部屋に雫さんも入ってきた。


「あれ結乃さん、なんでいるんですか?」

「ふふふ、苺さんの香りに包まれにきたのよ」


 やっぱりか! 何かの間違いであってほしかったよ!

 私なんかそんないい香りとかしないし。


 でも気持ち悪いはずなのに、どこか嬉しいと思ってしまう自分にびっくりする。

 私も相当変だな。


「結乃さん、そういうのは私を通してもらわないと困ります!」

「なんで!?」


 なぜ雫さんが事務所のマネージャーみたいなこと言ってるんだ。

 私のことなんだから私に聞いてほしいところなんだけど。


「それで本当は何の用事だったんですか?」

「え? だから苺ちゃんの香りを……」


「え……」

「え?」


 この人、本気でそんなことのために来てたのか。

 しかも留守中に勝手に上がりこむなんて。

 さらに言えば、雫さんが出てきてさっき私たちが戻ってくるまでの間にこの犯行におよんでいる。


 たまたま私がいなかっただけなのか、留守になる瞬間を狙っていたのか。

 偶然だと信じたいが、もし計画的なものだったら……。


 なんかうれしい。


 私のためにそこまでしてくれる人がいるなんて、それは幸せなことだ。

 ちょっと気持ち悪いけど……。


 さて、結乃さんも雫さんも暇そうだし、何かできることないかな。

 ミュウちゃんが起きてきたら、雪ちゃんや桃ちゃんのところに連れて行ってあげたいし、辺りを探検するのは今日はやめておこう。


 だとしたら、何か栽培でもしようかな。

 この前ゲットしたハートの実を育ててみたい。

 正体不明だけど、いったいどんなものなのか。


 ハートの形をした果物か何かかな?

 そもそも食べたりできるのだろうか。


「あの、これを育てようと思うんですけど、時間あるなら手伝ってくれませんか?」

「はい、いいですよ。……ってこれ育てるんですか?」


「そうですね、なんかレアなものらしいので。うまく育ったらおすそ分けしますね」

「え!? これを私に? そ、そうですか、覚悟しておきます」


「覚悟? あ、雫さんにもちゃんとお裾分けしますからね」

「二人同時に!? しかも私たち一応母娘なのに……。苺さん元気ですね」


「元気? まあ最近は割と元気ですね」

「よしっ、わかりました、大切に育てましょうね」


「はい」


 結乃さんの顔が少し赤くなっているのはなんでなんだ……。

 もしかしてこのハートの実ってなにかいやらしいものだのだろうか。


 雫さんはきょとんとしてるし、何も知らなさそうだ。

 これ育ててしまって大丈夫かな……。


 私たち3人は家の隣にある、現在レトルトカレーを育てている栽培エリアに移動する。

 新しいこの世界では何を育てるにもこの栽培エリアとなっている場所で行う。

 方法は簡単で、育てたいものの種などを適当にまいて、1日に決められた回数、育成用のじょうろで水をあげるだけ。


 こんな方法だから、スイカが木に実っていたりするのは当たり前にある。

 初めてこの世界に来た時に驚いたあの光景も、やっぱりこの世界ではただの日常だということだ。


 私はさっそくレトルトカレーの隣にハートの実を植えてみる。

 こんな風に、すでに持っている実を植えてさらに数を増やすという方法もとれるようになっているらしい。


 さっと穴を作ってハートの実を埋め、じょうろで水をあげる。

 正直手伝ってもらうこともないくらい簡単で楽な作業だ。

 本当に生きていくのが簡単な世界なんじゃないだろうか。


 これならみんな好きなことに時間を使うこともできる。

 そしたら私は雫さんたちとずっと遊んだりしていられる。

 私が夢見ていた生活にかなり近いと思う。


 どんどんいろんなものを育てて、これだけで生きていけるようにしてみたいものだ。

 私が幸せな未来を夢見ていると、私の隣で結乃さんがニヤニヤした笑みを浮かべていた。


「ふふふ、これが無事育ったら、きっと苺さんは私の食事にこっそり混ぜて私を惑わせ、あんなことやこんなことを……」

「結乃さん?」


「ぐふふふ」

「……」


 私がよく引かれるときはあんな顔してるんだろうな……。

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