第82話 私、肌を触られるの嫌いなの
雪ちゃん希望の、海で泳ぐことはできそうにないので、この別荘近くの街をぶらぶらすることにした。
着替えた雪ちゃんと3人で外へ出ると、そのタイミングで誰かがこちらにむかって走ってくるのが見える。
「ちょ、ちょっと待ってくださ~い」
その人物はなんと杏蜜ちゃんだ。
なんでこんなところにいるんだろう。
「あら杏蜜さん、なんでいるの?」
私が心の中にとどめていた言葉を、芳乃ちゃんはあっさりと口にする。
「芳乃ちゃんが呼び出したんでしょうが! 特急代返してくださいよ~!」
呼ばれてわざわざ特急乗って来てくれたのか。
ここまで2時間くらいかかると思うんだけど。
この時間に来れてるということはかなり早い時間帯の特急だな。
というか、おそらく一緒に来た方が楽だったと思う。
なんで誘わなかったんだ、芳乃ちゃん。
「杏蜜ちゃんこんにちは」
「あ、苺さん、こんにちは」
私が話しかけると、ぱっと表情を変えてくれる。
杏蜜ちゃんと夢と希望の街で一緒に過ごした時間が懐かしいな。
まあこの杏蜜ちゃんにはその記憶ないんだけどね。
「これから遊びに行くんですけど、せっかくなので杏蜜ちゃんも一緒に行きませんか」
「行きます行きます! やっぱり苺さんはやさしいですね~」
こんなんでやさしいって言うのだろうか。
チョロイな。
「雪ちゃん、よろしくお願いしますね、あと一応芳乃ちゃんも」
「よろしくお願いします杏蜜さん」
「なんで私は一応なのかな?」
なんか杏蜜ちゃんと雪ちゃんが一緒にしゃべってるのって新鮮な気がする。
あまり見ない組み合わせだよね。
まあそもそも元の世界だと、杏蜜ちゃんが知り合いになるのは働き始めてからだけど。
「じゃあとりあえずお店のある所まで出ましょうか」
雪ちゃんは私の手を握りながら言った。
「そうですね、何かおいしいものでもあればいいんですけど」
私はそう言いながら、雪ちゃんの手を握り返す。
まるでラブラブな恋人みたいだ。
そんな私たちの様子を見ながら、杏蜜ちゃんが芳乃ちゃんに提案する。
「私たちも手をつなぎましょうか」
「ごめんなさい、私、肌を触られるの嫌いなの」
「初めて聞きましたよそんな話!」
杏蜜ちゃんはあっさりと断られていた。
最近いろんな世界でこの場所にはよく来るので、今日はいつものとは逆方向にある商店街に来てみた。
といっても、エリアとしては同じなので大体扱っている名物などは似てくるものだけど。
でも違うところの方が別の発見ができるかもしれないし。
あ、たい焼き屋さん……じゃなくてかに焼き屋さんだ。
そのまましばらく道をまっすぐ進んでいると、なにやら人がたくさん集まっているところがあった。
「あれなんでしょうね」
「なんか屋台がいっぱい出てますね」
杏蜜ちゃんと雪ちゃんがそれを見つけて吸い寄せられていく。
とりあえずここに寄っていこうか。
入り口に立ててある旗にはカレーフェスタと書かれていた。
「カレーフェスタということはいろんなカレーが食べられるってことですかね?」
「そうだと思うよ」
確かこの辺りでは定期的にカレーのイベントをやっていたはずだ。
多分これがそうなんだろう。
いつか行ってみたいと思ってたけど、偶然来れてしまうなんてラッキーだ。
私も楽しみだけど、それ以上に珍しく芳乃ちゃんがわくわくを隠せていない。
そんなにカレーが好きなのだろうか、知らなかった。
「じゃ、行ってみますか」
「うん、そうだね」
会場の中に入ると、カレーを提供しているたくさんの屋台があった。
さらに肉じゃがや、カレーが全く関係のないホットドッグの屋台まである。
提供されているカレーは、海上自衛隊の各艦のカレーを再現したものらしい。
いろいろ食べてみたいけど、そんな何杯も食べれるものじゃないし、どれにしたものか。
……よし、カツカレーにしよう。
1杯の量がそれ程多くないため、食べようと思えばあと2杯くらいはいけそうだ。
でも別にお昼ご飯を食べにきたわけじゃないし、この後も食べ歩くことを考えてこれだけにしておこう。
と、私はそう思っていたのに他の皆さんはたくさんのカレーを持ち帰ってきた。
「みんなはそんなにたくさん食べるんですか?」
「えへへ、全種類制覇したよ~」
芳乃ちゃんは今までで最高クラスの笑顔を見せながら、テーブルにカレーを並べていく。
4人分を合わせると、この会場の全カレーがここに集結した模様。
私たちはそれぞれのカレーを少しずつ食べ合い、余裕で完食。
大満足の私たちは、しばらくここでおしゃべりに花を咲かせ、帰りにかに焼きを買って別荘まで戻った。
戻ったところで、すぐさま芳乃ちゃんが杏蜜ちゃんにむかって笑顔で言う。
「杏蜜さん今日はありがとう、楽しかったよ、もう帰っていいからね」
「いい笑顔でひどいこと言いますね!」
ふたりのやり取りに思わず笑ってしまった。
なんで芳乃ちゃんって杏蜜ちゃんにはきついんだろう。
それだけ仲がいいってことなんだろうか。
しかしこのまま帰ってもらうのはあまりにも悪いので、とりあえず助け船を出す。
「まあまあ、今日は杏蜜ちゃんも泊まっていってもらいましょうよ、雪ちゃんどうですか?」
別荘は私の所有物ではないので、雪ちゃんに同意を求める。
「はいっ、その方が芳乃さんも喜ぶと思いますよ」
「なっ、私は別に……」
芳乃ちゃんはツンデレか?
と思ったら割と本気で嫌そうな顔をしていて判断に困った。
仲いい……んだよね?
普段のふたりを見ている限り、あれで嫌っていたら誰も信じられなくなるよ……。
お泊りされることに何か嫌なことでもあるのだろうか。
「苺さ~ん、ありがとうございま~す!」
杏蜜ちゃんは喜びを全身で表現するかのように、私もお股目がけてとびかかってきた。
私はとっさに回避し、空中で杏蜜ちゃんの後頭部に手刀をいれる。
杏蜜ちゃんは地面に墜落し、その場で動かなくなった。
私としたことが人を殺めてしまうとは……。
「うひょぉおおおおお」
「生き返った!」
うわああ、気持ち悪いよ~!
今の動きはまるでG……。
……。
いやさすがに女の子相手にその表現はひどいか。
結局杏蜜ちゃんはその日、別荘に泊まっていくことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます