第83話 苺に本当のことを教えてあげる

 朝、目を覚ますと時刻は5時前だった。

 あいかわらず起きるのが早いな私。


 さて、せっかくここまで来たことだし、あの洞窟の温泉を見に行ってみるか。

 この時期でもユーノさんはあそこに出入りしてるかな?

 いなかったらいなかったでいいし、とりあえずむかってみよう。


 初めてここに来た時と同じように朝早くに別荘を出る。

 あ、しまった、そういえば鍵持ってないんだった。

 前も同じことをしちゃったなぁ。


 あの時は芳乃ちゃんが来てくれて何とかなったんだよね。

 今回も偶然来てくれたりしないかな。

 そう思っていたら、扉の隙間からひょこっと芳乃ちゃんが顔を出した。


「わっ、びっくりした」

「ふふ、おはよう苺さん、朝早いんだね」

「いえ、別に毎日ではないですよ?」


 私が早起きするといろいろ起きちゃうんだよねぇ。

 そう思うと今日も何かあるかもしれないな。


「ふ~ん、それでこんな時間にどこか行くの?」

「あ、えっと、ちょっとお散歩に、でも鍵を閉められなくて」


 なんだろう、芳乃ちゃんのまとっている雰囲気がいつもと違う気が……。

 何か探られているような、見透かされているような、心が不安定になる空気を感じる。


「そっか、鍵なら私が閉めとくね」

「ありがとうございます」


「ふふふ、前もこんなことあったよね」

「あはっ、そうでしたね」


 私がそう返すと、笑顔のまま芳乃ちゃんの目の色が一瞬変わった気がした。


「それじゃあいってらっしゃい」

「あ、いってきます」


 なんだろう、気のせいかな?

 ……いや待って。

 前もこんなことって、それ夢の世界に行く前の話じゃ……。


 後ろを振り返ると、それに気づいた芳乃ちゃんが笑顔で手を振ってくれる。

 私も手を軽く振り返し再び歩き出す。

 なぜだか背中が冷たくてたまらなかった。




 まだまだ暗い砂浜を歩きながら、洞窟の入り口にたどり着く。

 この洞窟の温泉も見慣れてきたなぁ。


 夢の世界ではひどい目に……、いやうれしい事件もあったけど。

 スマホのライトを使いながら奥へ進み、温泉の場所までやってきた。


「ユーノさ~ん、いますか~?」


 ……いないか。

 そんな都合よく出会えたりしないか。

 そもそも別の世界の存在だし、それにこの時期にここを訪れているかもわからない。


 もともと会える可能性が低かったわけだけど、やっぱり残念だ。

 せっかくだし、ちょっと足だけでも浸かっていくか。

 靴と靴下を脱いでお湯に足を入れる。


 あ~、これだけでも気持ちいい。

 そしてなぜかなんとなく持ってきた、詠ちゃんに夢の世界でもらったラブエナジーマックスを飲む。


 これだからなのかわからないけどちゃんと飲めるようになってる。

 心が癒えているのか、この体が拒絶反応を起こさないだけなのかはわからないんだけど。


 ラブエナジーマックスを飲み終え、天井の岩の隙間から見える空をボーっと眺める。

 ユーノさんと初めて出会ったときは、ここから見えた月がまぶしく光ったんだよね。


 今はそんなこともおこらず、やっぱり会えないのだろうとあきらめる。

 その時、背中から何か軽いものが私に巻き付いてきた。

 な、なんだ?


「ふふふ、ひさしぶりね苺」

「よ、ヨミちゃん?」


 私は今ヨミちゃんに後ろから抱きつかれている状態だ。

 しかも夢の世界で一緒だった、黒ユキちゃんの姿で。

 え? どういうこと?


「私はあなたの夢の中のヨミよ、あなたは今夢を見ているの」

「それはただの私の空想ってことですか?」


 私はいつの間にか寝ちゃってたってこと?


「さあ? 別になんだっていいんじゃない?」


 いつもそうやって曖昧にするんだから……。


「で、それを飲んだってことは私の力が必要なのかしら?」

「そうですね、そうかもしれません、でもどうして欲しいのかわからないんです」


 私は現状についてヨミちゃんに話をした。

 とにかく私には情報が足りないと思ったから。


 夢魔の女王のこともそうだけど、何をもって雪ちゃんを助けたと言えるのかもわからない。

 そもそも私がこういう状況になった理由も知らない。


 これをヨミちゃんが知っているのかどうかはわからないけど、可能性のありそうなひとりではある。

 今は夢の中らしいが、偶然出会えたのだからこれはチャンスだ。


「苺に本当のことを教えてあげる」

「本当のこと?」


 ヨミちゃんは何かを知っているのだろうか。


「今のあなたは前とは違う日々を過ごしていると思ってるでしょ」

「それはまあ、記憶がある限りはいろいろ変えられるところもありますし、知り合いとかも変わってますし」

「でもね、大きな流れは変わってないわ」


 うっ、確かに……。

 このまま流されていけば、細かいところに差はあるけど、私も雫さんも同じ道をたどりそうな気がする。


 ただ杏蜜ちゃんや芳乃ちゃんとの関係がかなり変わっているから、その影響は小さくない気がするんだけど。


「あなたはね、この後すべてを知ったうえであの会社に入るの」

「え? 今の私の未来が確定しているの?」

「いえ、前の時の話よ、でもこのままだと同じ事を繰り返してしまうわ」


 いくらなんでも未来を知っていれば回避できると思うけど。


「あなたはつらい日々に耐え、エナジードリンク片手に働き続ける」

「むむむ」


 でも私がこれからあそこに入ったとして、そんなにエナジードリンク飲まないだろうな……。


「あなたは自分の頑張りで世の中が変えられると信じて、自分の未来も変えられると信じて、頑張り続ける」

「……」


「でもそのエナジードリンクの効果と夢魔の力によって記憶を改ざんされ、あなたは自分が何をしているのかもわからないただの操り人形のように成り下がった」

「そんなばかな……」


 エナジードリンクの効果?

 夢魔の力?

 そんな非現実的なことが実際に起こってたの?


 でも確かに不自然に記憶があいまいなところがあるのは事実だ。

 自分が何を作っていたのか全く思い出せないのはそういうことなのか?

 もしかして前の私も詠ちゃんの話を知ってて、結局はあの会社に入社したってこと?


 そして詠ちゃんの用意したエナジードリンクの効果で自分を無くしていったのか。

 自分が何をしているのかもわからないくらいに。


「私が結局同じ人生を送っているとして、じゃあ何をすれば変えられるんですか?」

「そうね、まずはしばらく経ってから雪の家に誘われるので必ず行くように」


 雪ちゃんの家? そこで何か起こるっていうのか。


「雫ちゃんたちは用事ができて一緒にいけないけど、あなただけは絶対についていくこと」

「もしかして前の私は行かなかったんですか?」

「ええ、そして雪は夢魔との戦いで私と契約をすることになったの」


 そうか、確かに今は前の記憶があるから積極的に雪ちゃんと交流しているけど、それがなかったらひとりで家までは行かないだろうな。

 逆に今回の雪ちゃんとの仲は、変えることのできた状況のひとつではあるんだ。

 これは大切に使わないといけないな。


「雪の家に行ったらそこで一緒に夢魔を撃退するのよ、そうすれば私と契約する必要がなくなる、声も失わない」

「でも、私なんかが行ったくらいで撃退できるものなんですか? 雪ちゃんでも対応できないような相手に……」


「これから変えることだから絶対じゃないけど、でも前は雪だけだったし、苺にはあの銃もある」


 私はその魔法銃を取り出す。

 ユーノさんの大切なものっていうのもあるけど、これを持っていることに意味がある気がして、肌身離さず持ち歩くようにしている。


「これで雪ちゃんを守るんですね」

「そうよ、あと同じ日にクイーンオブナイトメアも夢魔に襲撃されるけど、今回はほっとおいて構わないわ」

「いいんですか」


 襲われてると聞かされていて無視するのはなんだか気分が悪いけど。


「大丈夫、むしろ前回はここにあなたがいたことが問題だったの」

「え……、私いらない子?」


「そうね」

「が~ん」


 というか、なんでそこに私がいるんだ?

 今年の出来事ならまだ学生なのに。

 もしかして雫さんか?


 いや、雫さんは私についてきてくれただけだ、私より先にあそこに行くことはないだろう。

 じゃあ事件の時期が前後しているのかもしれないな。


「それからエナジードリンクは飲まないように、あなたの周辺のドリンクはすべて中身が入れ替わってるから」


 へ? そんなバカなことが……。

 あの会社だけじゃなくてまわりのドリンクすべて?


「どうしてもというなら私があげたものだけにしなさい、3本ほど冷蔵庫に送っておいてあげるから」

「夢なのにそんなことができるんですか」

「だって夢だから」


 便利な言葉ですね……。


「これで大きく結果が変わるはず、その後どうなるかはわからないけど」

「とりあえずそこは頑張るしかないですね」


 それにしても私のまわりで起きてること、普通じゃなさすぎる。

 記憶の改ざんとか、ドリンクの中が入れ替えられてるとか、現実とは思えない……。


「それじゃあそろそろ消えるわ、また私が必要になったら、あげたラブエナジーを飲みなさい」

「はい、ありがとうございます、ヨミちゃん」

「じゃあ、頑張って」


 ヨミちゃんは軽く手を振って、それからスーッと消えていった。

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