第63話 ここは私の夢の世界とは違うんですか?

 さて、とりあえず黒ユキちゃんは危険な存在ではなさそうだよね。

 いや待て待て、そういえば私はこの子に襲撃されて海に落ちたんだった。


「ねえ、あなたが私に襲い掛かってきたのはなんでなんですか?」

「う~ん、ちょっとムラムラしちゃったのよ」


「え? ムラムラしたからって海の彼方から飛んできたんですか!?」

「テヘ」


 キャラ変わってるぞ。

 これはきっと嘘なんだろうなぁ……。


 でもこの状況ではむやみに敵対したくないし。

 今はつつかないでおこう。


「それよりここはどこなんでしょうか」


 マップアプリを開いても情報が出てこない。

 どうやらネットワークに繋がらないみたいだ。

 端末自体は使えるみたいでちょっとだけ安心したけど。


「ここはもしかしたら、昔地上にあった島を海底に封印した場所かもしれないわ」

「え? 昔って、ここは私の夢の世界とは違うんですか?」


 ここは私の夢のはずだからそういう設定ということだろうか。

 それとも海に落ちて別の世界に行ってしまったとか?


 ま、まさか私、死んじゃったなんてことは……。

 夢の中で死ぬとかあるのかな。


「あなたはユーノを信頼してるのね」

「まあ、あの人は女神様で、私を夢の世界へ連れてきた人ですし」

「ふ~ん、でも気を付けた方がいいわよ、あの人は危険だと思う」


 危険と言われてもピンとこないなぁ。

 私だって最初から信頼してたわけじゃないけど、実際に話しててもやさしい女神様にしか思えなかった。


「もしかして結構悪い人で、私は閉じ込められて無理やりエッチなことをされたりするわけですか? グフフ」

「なんでちょっとうれしそうなの……」


「ち、違いますよ、そんなことで喜んだりしないんだからぁ!」

「……」


 わ~、すごい冷たい疑いの視線が。

 ああ、もっとにらんでください。

 あれ? 私Mっぽい?


「あの人はやさしいから閉じ込めたりとかしないわ、むしろあの人が結構Mっぽいし」

「確かに、見られると喜んだりしてましたね……」


 やっぱり変態なのかな、ユーノさんって。


「ユーノはね、本気で幸せなだけの楽園を作れるって信じてる」

「そうですね」

「でもね、不幸があるから幸せって感じることができるのよ」

「……」


 確かにそうかもしれない。


 生まれた時から当たり前のように水が飲めると、そこに幸せを感じたりはしない。

 でも水を飲めることだけでも幸せな人たちは確かにいる。


 病気になってから健康なことの幸せを感じたり。

 声を失ってから普通に話せることの喜びに気づいたり。

 大切な人を亡くしてからその存在の大きさを実感したり。


 幸不幸というのは全体でプラマイゼロになるゼロサムゲームのようなものなのだろうか。

 そうは思いたくないけど……。


「あとね、あなたが夢の世界と呼んでいるところは、あなたの夢というわけではないのよ」

「え? 違うんですか?」

「あれはユーノが作った夢の世界、あなたたちはそこに接続されているだけ」


 それじゃあ、ユーノさんは私たちに嘘をついてることになるの?

 いやでも、ここまで何度も私の夢だからと思ったことがあった。


 偶然でそんなことが起こるだろうか。

 やっぱり私の夢であることは嘘じゃないと思うんだけど。


 それに会ったばかりの黒ユキちゃんと、一緒に旅をしたユーノさん。

 ふたりのどっちを信頼するかと言われたら、やっぱりユーノさんの方だろう。

 でも一応注意はしておくか。


「あんまり信用されてないかな?」

「まあ、会ったばかりですしね」

「信用してくれたら、こことか触らせてあげてもいいのよ」

「なっ」


 そ、そそそそんなことで私がつられると思ってるのかな?

 でもでも、もったいないチャンスだ。

 試されてる、試されてるよ私!


「くぅ~、私はユーノさんを信じます!」

「ふ~ん、まあどのみち後で気付くことになるか……」


 勝ちました、自分に勝ちましたよユーノさん!

 ご褒美に触らせてくださいね!


「ところでここは本当に海底なんですか?」

「海に落ちて渦潮に巻き込まれたんだからそうなんじゃないかしら」


 いや、その時点で死んでる気がするけど……。


「でも海の中なら息できないはずじゃないですか」

「だって夢だもの」

「そんな理由で片付けちゃうんですか!?」


 その言葉はこの世界に来てから何度も聞いたけどさ。

 もしかすると夢って魔法よりも便利な存在かもしれないな。


 でも確かに辺りを見回した感じでは海の中っぽいかも。

 昔アニメで見た海底の様子に似ているから、私の夢と考えればおかしなことではないし。


「で、イチゴはこの後どうするの」

「どうするって言われても、早く戻って始まりの街にむかわないと」


「戻り方わかるの?」

「わかりましぇん~」

「泣かないでよ……」


 うう、とりあえずこんなところにいたって仕方がない。

 海にむかって『アイキャンフラーイ』してる人がいるくらいだから街とかあるかも。

 とにかく移動しようか。


「街を探しましょう」

「それならあっちの方にあるみたいね」

「うん?」


 黒ユキちゃんはスマホでマップを見ながらそう答えた。


「なんでマップ使えるんですか?」

「私の端末は最新のものにアップデートされているから」

「なにそれ、ずるいですよ」


 私のもアップデートすればここで使えたのかも。

 仕方ない、ここは黒ユキちゃんに頼るしかないか。


「さ、私を信頼できると思うならついてきたら?」

「別に疑ってなんかいませんよ」


 私はただユーノさんを信じてるだけだ。

 本当は黒ユキちゃんのことだってちゃんと信頼してるよ。


 しばらくしてスマホを見ながら歩き始めた彼女。

 その後を私は黙ってついていく。


 こんなところに街があったとして、ちゃんと人がいたりするんだろうか。

 いたとしても、アイキャンフラーイな人がたくさんいたら困るんだけど。


 あの時ミュウちゃんは幸せの国って言ってたっけ?

 それならまあいいかもしれないんだけど。


 もし黒ユキちゃんの予想通りなら、地上の島を封印した場所ということになる。

 わざわざ封印なんてする理由は何だろう。


 島に大切なものがあって、それを何かから守るためになのか。

 それとも島が危険なところで、封印することで世界の方を守ったのか。


 嫌な予感がする。

 この感じ、ブラックの頃から結構当たるんだよね……。


 あと私の予想だけど、この海底は私の夢の世界ではないと思う。

 もしかしたら黒ユキちゃんの言うユーノさんの作った世界なのかもしれない。

 ここは楽園なんかじゃなく、かなり危険な場所という可能性は考えておく必要があるか。


 そう思った矢先、私の真横の岩壁が崩れ何かが飛び出してきた。

 ほとんど反応する間もなく、私は突き飛ばされて地面に転がされる。


「いたっ」


 その際に擦りむいたところから血が流れる。


「血が、血が……」


 ひさしぶりに流れる傷口からの血に動揺してしまう。

 さらに上の方から押しつぶされるかのような威圧感があり、恐る恐る顔を上げる。

 そこには私たちより倍以上大きい、もやもやした黒い盾のようなものが浮いていた。


「何あれ……」


 逃げなきゃ。

 でも体が動かない。


 そうこうしている間に盾が真ん中で割れて開いていく。

 割れたところには大きな矢の形をしたものがあり、私を狙っているように見える。


 まずい、あれはまずい。

 逃げなきゃ確実にやられる。

 お願い動いてよ、私の体!


 なんで、なんでこんなことになったの。

 私はユーノさんのおかげで幸せな夢の世界に来れたはずなのに。どうしてこんなことに。


 何か私が悪いことした?

 ……したかもしれないな。


 わ~ん、ごめんなさい~、誰か助けて~!

 涙で視界がにじむ中、ついに矢が発射されるのが見えた。


 あ、死んだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る