Answer12・約束
ちえりの身体から出る事ができて数日後。
本当なら自宅へ会いに行けばいいだけの話だけど、何となく自宅には行き辛く、こうして学園の屋上でちえりを待っていた。
ちえりの身体から抜け出てからは一度も会っていないから、ちえりが今どうしているかは分からない。でも、私が憑依していた時は身体の調子も良かったし、多分大丈夫だと思う。ううん、大丈夫じゃないと困る。
「ちえり、早く来ないかな……」
街を明るく照らし始めた太陽を見ながら、私は屋上の扉を開けてちえりがやって来るのを待った。
「――桜花!」
太陽が昇り始めてからしばらくした頃、息を切らせたちえりが勢い良く屋上の扉を開けて現れた。
「ちえり、久しぶりだね」
「ハァハァ……良かった。ちゃんと居てくれた」
ちえりは息を切らせながらも、私を見た瞬間にこっと笑顔を浮かべてこちらへ歩いて来た。
「もちろん待ってるわよ。だって私は、ちえりのお姉ちゃんだもん」
「えっ!?」
そう口にした瞬間、ちえりは今まで見た事が無い程に驚いた表情をして一歩後ずさった。
「……思い出したの?」
「うん、全部思い出した。自分の事もちえりの事も、家族の事も。そして私が何で死んだのかも」
「ごめんなさい、お姉ちゃん……」
記憶を取り戻した事を告げると、ちえりはすまなそうに表情を暗くして俯いてしまった。
「どうしてちえりが謝るの?」
「だって、お姉ちゃんの事を知ってたのにずっと黙ってたから……」
申し訳なさそうにそう言いながら、ちえりは様子を
昔からちえりは、言い辛い事を隠す癖があった。そしてその隠し事がばれたりすると、いつもこうしてしょんぼりとした表情で私を見ていた。そんな事すら今は懐かしく感じてしまう。
「そんな事は気にしなくていいの」
「でも……」
「そんな事よりちえり、身体の調子は良いの?」
「えっ? う、うん。もう平気だよ、しっかりと身体は休めたから」
「そっか。良かった」
それを聞いて私は安心した。何はともあれ、妹のちえりはしっかりと命を繋ぎ止め、こうして生きているんだから。
私の中にあった心残りの一つは解消された。それと同時に、自分の身体がふわりと軽くなったような感覚があった。
「ねえ、お姉ちゃん。記憶を取り戻したって事は、お姉ちゃんはもう消えちゃうの?」
「うーん……今すぐに消えちゃうって事は無いと思うけど、いずれはそうなるかな」
「嫌だよそんなの……ずっと一緒に居てよ……」
私が苦笑いを浮かべてそう言うと、ちえりは今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべた。
普段は快活な妹だけど、昔から甘えん坊さんだったから、こんな表情を見るのも懐かしい。
「ちえり、私はもうこの世には居ない存在なの。だから私は、次のステージに行かなきゃいけない」
「次のステージって何? 天国の事?」
「それは私にも分からないけど、少なくとも、ここは今の私が居るべき場所じゃないから」
そう、私はもうこの世に生きている存在じゃない。事故で死んでしまった人間。この世界に留まっていてはいけない存在。
「お姉ちゃん……」
「だからね、ちえり、協力してほしいの」
「協力って?」
「私が次のステージに進む為の協力をしてほしいの」
「それってつまり、成仏する協力をしてって事?」
「簡単に言うとそういう事になるのかな」
「でも私は…………」
ちえりは不服そうに表情を歪めて俯いてしまった。その気持ちは分からないでもない。
私だって、できるならちえりと一緒に居たいから。でも、それは考えてはいけない事。私とちえりはもう、住んでいる世界そのものが違うのだから。
「ちえり、私達が一緒に居られる時間はそう長くはないと思うの」
「でも、未練があるからこうして幽霊になってるんでしょ? だったら未練を解消しなければ、ずっと一緒に居られるんじゃないの?」
確かにちえりの言っている事は理屈としては分かる。だけど、それはやってはいけない事だと思う。
「それは無理よ。確かに私みたいな幽霊は生前の未練があるからこうしている事は確かだけど、私は自分の生前を、未練を知った。後は私自身がその未練に対して答えを見つけて、そして納得すればそれで次のステージへ進めるはずなの」
「そんな……」
「だからちえり、辿り着く結果が同じなら、私はちえりに協力してもらった上で次のステージに向かいたい。でもね、これは私の我がままだから、ちえりがどうしても嫌だって言うなら無理強いはしない」
「…………分かったよ。お姉ちゃんに協力する」
「ありがとう、ちえり」
「でも、その代わり一つだけ約束して」
「何?」
「黙って私の前から居なくならないって約束して」
静かに、それでいて力強くちえりはそう言った。
私は突然の事故でちえりの前から居なくなってしまった。その事がいったいどれだけちえりの心を痛めていたのかを考えると、本当に申し訳なく思ってしまう。
「うん、分かった。黙って居なくならないよ。だから安心して」
「約束だからね? さくらお姉ちゃん」
そう言うとちえりは、私の目の前に右手の小指をスッと差し出してきた。
「うん、約束ね」
実体の無い私には、その差し出された小指に自分の小指を絡める事はできない。それでも私は、ちえりの小指に自分の小指を絡めた。
その指は決して触れ合う事は無いけど、私は感じるはずもないちえりの温もりを感じた気がした。
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