Answer6・本音
季節の移ろいは早いもので、期末試験を無事に乗り越えたちえりは夏休みが目前へと迫っていた。
「ちえりは夏休みはどう過ごす予定なの?」
「んー、多分大した事はしないとは思うけど……今のところ予定としてあるのは、こうして桜花に会いに来る事くらいかな」
ちえりは明るい声でにこっと微笑みながらそう言ってくれる。その言葉は私にとって何よりも嬉しい。
放課後の屋上。
夏の空は未だに明るく、街が茜色に染まり始めるにはまだしばらく時間がかかる。そんな中、私達はいつものように二人で話をしていた。
本当ならお昼休みにもお話をしたいところだけど、ちえりは生きていて、私は幽霊。その領分はわきまえないといけない。
彼女が生きている人間として生活を送る上で、周りの人達との付き合いは必須。それを私の我がままで壊すわけにはいかないから。
「ありがとう、ちえり。でも、無理はしないでね? 私は幽霊で、ちえりは生きている。ちえりには普通の生活を大事にしてほしいから」
「……もう、桜花は心配性だなあ。大丈夫よ、これでも私は要領いいんだよ? 普通の生活を犠牲にして桜花に会いに来てるわけじゃないし、そんな事を気にしなくていいんだから。ねっ?」
「そっか……うん、分かった。ちえりがそう言うならもう言わないね」
「うんうん! それでいいのだよ」
ちえりは腕を組んでから満足そうに頷いていた。
それにしても、ちえりと話をしていると、時折言動がおじさん臭く感じるのは気のせいだろうか。そんな事を気にしつつも、いつものように他愛のない話に華を咲かせる。
「そういえばちえり、ちょっと聞いてみたかった事があるんだけど、いいかな?」
「ん? 何?」
ちえりは興味津々と言った感じで身を乗り出してくる。
いつもの事だけど顔が近い。そのあまりの距離の近さに、時々ドキッとしてしまうくらいに。
「あのね……前にも一度聞いたけど、どうしてちえりは私に声をかけてくれたの?」
「ん? それは前にも言ったけど、屋上に来たら儚げな美少女が居たからだよ?」
「それは確かに聞いたけど」
「うーん……まあ、仲良くなった今だから言っちゃうけど、桜花が幽霊かもっていうのは薄々分かってはいたんだよね」
乗り出していた身体を元に戻し、少し遠くを見るようにしてちえりはそう言った。
「えっ!? な、何でそう思ったの!?」
先程とは違い、今度は私が身を乗り出してちえりに迫っていた。
しかしちえりは私とは違い、動揺する素振りも無く続けて口を開く。
「実はね、入学式の日に桜花を見かけてからずっと気になってたの。何でこんな所に居るんだろう――って」
私は思い返すようにしながら話をしてくれるちえりを黙って見つめながら、その話に耳を傾けていた。
「最初は幻かなとも思ったけど、部活動の新入生勧誘の時、体育館で私がバスケットをしてるのを見てたでしょう?」
「うん」
「あの時ね、試合が終わった後で近くに居たクラスメイトに聞いてみたの。『ステージの上に女の子が居ない?』って。そしたらその子、『ううん、誰も居ないよ』って答えたんだ」
――なるほど。あの時にじっと私の方を見ていると思ったのは、やっぱり気のせいじゃなかったんだ。
「それで私が幽霊だって事を確信したの?」
「うーん……正確にはあれから何度か校舎内で桜花を見かけてたから、幻じゃなさそうだなあって思ってたの。それで幻じゃないなら、幽霊って事なのかなって思っただけなんだけどね」
「なるほど」
「それでね、あの日屋上へ上がって行く桜花を見つけたから、真実を確かめようと後を追ったってわけ」
「それで私に声をかけたって事?」
「うん」
「幽霊かもしれないのに怖くなかったの?」
「ん? 全然怖くなんてなかったよ?」
私の問いかけに対し、ちえりは何の迷いも
普通なら幽霊なんて得体の知れない存在は、生きている人間にとって怖いはず。そんな存在であるところの私を、『全然怖くなかった』と言える事に対し、私は少なからず驚いてしまった。
「何で怖くなかったの?」
「何でも何も、こんな美少女が怖いなんて思うはずないじゃない」
平然とした表情でそんな事を言ってのけるちえり。その様はまるで、女の子を口説いている男の子のように感じてしまう。
「あ、ありがとう……」
「んんー? なーに、桜花。もしかして照れちゃってる?」
「そ、そんな事ないわよ……」
「本当にー? ちょっと顔を見せてよ~」
「だ、だめっ! 見ちゃダメ!」
「んふふ、桜花は可愛いな~」
両手をワシャワシャと怪しげに動かしながら迫るちえり。
私に実体が無い以上、ちえりがその手で私に触れる事はできないけど、それが分かっていても何となく逃げてしまう。
そして誰も居ない屋上でしばらくの間、私とちえりの追い駆けっこは続いた。
「――ねえ、桜花は未練を見つけちゃったら消えちゃうんだよね?」
屋上での追い駆けっこが終わってから再び話をしていた時、ちえりが唐突にそんな事を聞いてきた。
「うん。多分そうなると思う」
「多分?」
私の返答にちえりは不思議そうな表情で首を傾げる。
ちえりには出会った当初に私が幽霊である事、未練探しをしている事、自分が何者だったのかを知ろうとしている事は話した。しかし、自分の未練を見つけ出した後の話をした事は一度も無い。
「だって、成仏したらどうなるかなんて私にも分からないもん」
「あっ、そっか。そうだよね……」
そう、幽霊となった今でさえ、私には分からない事ばかり。
ちえりには領域の話をしたりもしたけど、そこがいわゆるあの世と言っていい場所なのかも正直分からない。かと言って、天国や地獄とも違う気はする。
一見した感じでは現世と領域の違いはほとんど感じない。そう思う程に領域の世界は曖昧だ。だから私には、ちえりの問いかけにちゃんと答えてあげられない。
「でもね、何だか不思議なんだけど、こうしてちえりと一緒に居たら答えが見つかりそうな気がするんだよね」
「そうなの?」
「うん」
別に確信があるわけじゃない。ちえりに言ったように、何となくそんな感じがするだけ。
でも私の本能のようなものが、ちえりと一緒に居る事を強く望んでいる。それにはきっと意味があるんだと思える。だから私は、ちえりと一緒に過ごしながら答えを探そうと思った。
「そっか……でも私は、桜花に消えてほしくない……」
「…………」
「……あっ、もうこんな時間だ。私、そろそろ帰るね」
「う、うん……」
ちえりは『またね』と言うと、そのまま振り向かずに屋上から去って行く。
そして屋上から校庭を見つめていると、初めてちえりがこちらを振り返る事無く、走って校門を出て行く姿が見えた。
「ちえり……」
そんなちえりの行動にちょっとした寂しさを感じつつ、『消えてほしくない』と言ったちえりの気持ちを考えながら、私は茜色に染まり始めた空を見つめていた。
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